幸せの暴威
「要約すれば、ギン係長の魔法って流用性があるということですか」
「そうなるな。では魔法の効果について一例ずつ説明してやろう」
ホワイトボートの画面にぴっちりした高級スーツを着た厳めしい顔の壮年が現れる。
どこかで見た顔。たっぷり贅肉をたくわえての禿頭。鷲のように鋭い目は何かを睨んでいた。
「彼は明民党の幹事長の飛海幸雄さんだ。元々は大学で教鞭を取っていたのだが、当時の総理大臣の娘であり非常に不細工な奥様と逆玉結婚し、政界入りして政治家となった。密かな野望が果たされ地位も名誉も手に入れたが幸せというわけではない。脱税したり、高級料亭に通ったり、国会で下品な野次を飛ばしたりの忙しい毎日が待っていた。やっと家に帰れば奥さんも不細工だし、政界は夢見ていたものと違うストレスだらけの世界だと知った。
それでも一応は……野心家だった彼の望み通り大金と権力は手にはした。だが奥さんは飛海さんを非常に愛していて、更には嫉妬深く女の影の欠片でも見つけると怒髪天を衝いた。せっかく国民の税金をちょろまかしてお金を手に入れてるのに愛人を囲えないのは悲しくて、飛海さんは毎日眠れない夜を過ごしていた。枕を抱きしめて泣きじゃくる夜もあった。こんなんじゃ悪徳政治家になった意味なんてなかった。大好きな賄賂を受け取っても心の隅にある微かな後悔は消えなかった」
ふわふわんは同情するように顔をしかめた。不条理を嘆くように首を振る。
思わず、俺は手の平を見せつけるように突き出した。
「全然、可哀相な話じゃないんですが。なんで悲しげな小芝居してるんですか」
「そこで彼は知人の勧めで『幸魔道』の製品の一つである『GOOD特濃イチゴ味』を愛飲することにした。すると見る見るうちに素敵なアイディアが浮かんだ。外国で愛人を作ればいいじゃん、ということだ。外交旅行と称して幾度も足を運び、わがままボディの現地妻をこさえることに成功した。家庭内では奥さんがアメリカ俳優に夢中になり、渡米して家を空けることも多くなった。お互いに接触がなければ夫婦仲は冷えきる。当然の理だな。
そうして彼はついに――別居を成し遂げたのだ。今では『GOOD特濃イチゴ味』は彼にとって欠かせない商品になった。それでは感想を聞いてみよう」
<とにかく最高ですね。別居を妻からいい出してくれたんです。世間では私は妻に放置されてる可哀相な旦那様扱いですよ。皆が同情してくれて気楽です。それに体調がよくなって贅肉が落ちて腰もキレッキレになってきたし、今では愛人が七人もいますよ。全部『GOOD特濃イチゴ味』のおかげです。来年には十人には増やしたいですね。ああ、心配ありません。ちゃんと全員の面倒を見てます。なんだか二十歳くらい若返った気分ですよ>
スポーツシャツを着た飛海さんは曇り一つない爽やかな笑みで感想を述べる。ここまで清々しいと俺も突っ込みきれない。
「なんか怪しい健康番組みたいな話になってきたんですが。しかも限りなく最悪な方向に向いてるんですが」
ふわふわんは俺の批評を意に介さず、次の画像を見せてくる。
今度も見たことのある顔だった。見かけは眼鏡をかけたどこにでもいる人の良さそうなおっさん。多くの若者に囲まれて中心的なポジションを取っていた。
「次の体験者はお笑い芸人の抹茶イワシさんだ。世間に親しまれ、何十年もお茶の間を席巻し、芸能界の歴史を築いた偉大なコメディアンだ。しかし一方で家族には恵まれず、結婚と離婚を繰り返していた。老年に差しかかり、財産は蓄えたものの寂しい一人暮らしの憂き目に遭っていた。抹茶さんはどうにかして自分を支えてくれる若い奥さんが欲しくなった。八十歳になっても二十代の奥さんがたまらなく欲しかったのだ。できれば十代がいいけどそこは我慢した」
「老醜を体現したような人ですね」
「そこで抹茶さんは金の力で若い女を引き寄せることにした。だがやはり、虚しかった。金目当ての女なんてゴミだと思った。金を持たないありのままの自分を愛して欲しかった。そこで登場するのが『GOOD 特濃メロン味』だ。これをごくごく飲むことによって抹茶さんは偶然にも街角でぶつかってしまった女子大生と恋に落ちることができた。彼女には正体は明かさず、ただの文無し老人だと説明した上で愛を手に入れたのだ。八十歳の老人が二十歳の無垢な花嫁を手にするという快挙だ。これが魔法でないのなら他に何を魔法というべきか。それでは感想を聞いてみよう」
<わしは諦めてた。だけど、この年にきて夢は叶うってことを知った。わしだけじゃなく、皆にこのドリンクの素晴らしさを知ってほしい。これがわしの妻だ。とんでもなく美人だろ。羨ましいだろう。今はとても幸せだ。夫婦円満の秘訣としてコレをずっと飲み続けてるよ>
ふわふわんはスパン、と指示棒の先端をホワイトボートにぶつけた。
ピーンッとふわふわんの帽子についた丸まっていた羊角が直線になる。なんだこのギミック。
映し出された画像はペットボトルへ。
「ここでミソなのは『GOOD特濃シリーズ』だ。もう察しの通り、これには大量の魔力が含まれている。魔力とはエネルギーであり、人の願望を叶えるウルトラパワーを秘めている。これを一気に百リットル飲めば宝くじで一等当たることも夢ではない」
「死にますよね。それって死にますよね」
「直ノ介がすぐに信じられないのは無理もない。だが面接にくる最中、ビルが爆発したときにお前はアスファルトの破片をもろに頭部に食らっても平気で動けた。傷はすぐに癒えただろう。市販品は千分の一ほど薄めてあるが効果がある。目に見えない作用、事象を連結させる力、すなわち幸運効果があるのだ。幸運とは万能の力だぞ」
頭を押さえる。側頭部にある傷痕を指でなぞった。怪我を気にした覚えもなかった。上半身を染めるくらい出血したというのに。
傍で黙っていた水原部長が付け加える。
「我々はMイオンと名付けました。その性質は恐るべきことに分子レベルで変化する魔性の因子でした。今のところ化学反応は複雑怪奇で幾つかのパターンしか掴んでいません。魔法という形を作ることは難しいですが、魔力だけなら使いこなせるのですよ。
ちなみに怪人はシルバーちゃんの副産物でもあるのですよ。これだけ高機能の人造ロボットは通常の媒体では維持できないでしょう」
水原部長が目を配った。ふわふわんは察して手首をひねって取り外した。ぎょっとしたが断面部は恐ろしくきめ細かい回路。骨の代わりに空洞ができており、筋肉の代わりにワイヤーが張り巡らされている。
俺にたっぷりと見せ終わるとホワイトボートの足先にあるバッテリーを手に取ってストローでチューチュー吸い始めた。懸命に頬を膨らませる姿はリスのようで愛嬌がある。エネルギーの補給の仕方はなぜかレトロだが。
なんてことだ。機械っ娘という属性がふわふわんに付与された。いくらくらいで買えるんだろうか? 多分狂信者のバンダナさんは全財産投げ出すぞ。ローンを組めるなら俺も少し考えてしまう。
「俺にこんなことを話していいんですか? かなりの企業秘密なんじゃないですか?」
「ありきたりないいまわしですが国家レベルで多くの方々が関わり、途方もない金額が動いてます。シルバーちゃんを要として動いている話でもあります。だからこそ彼女に信頼されている新木さんに説明しておく話でもあると思いませんか」
信頼されているのか――懐かれていることの実感はある。
「どうして玩具メーカーなんてやってるんですか?」
「勿論、ここはコア施設ではありますが本拠地というわけではありません。企業的に見ればグループの内に小さな歯車の一つです。シルバーちゃんはまだ子供なので身近に感じる玩具屋さんの方が居心地いいかな、って思ってそうしているだけです。必要があれば明日からお花屋さんにしてもいいですよ」
軽々しい発言に俺は肩の力が抜けるのがわかった。本当にそうするという確信が持ててしまった。前の会社でさえ芯があったのに、ここにはない。
「じゃあバトルをする目的はなんなんですか?」
「人々に崇めた奉られる華々しい舞台をあげてるだけです。それに魔力も回収できる。一石二鳥じゃないですか。誰もが幸せになっている。何か問題がありますか?」
ある――俺の感情が否定している。
大切な何かを見落としている気がした。喉のところまで出てきているのになぜか明確な言葉にできず、合理だけで俺は黙らされていた。
「新木さん。善も悪もないのですよ。怪人はシルバーちゃんを倒したりはしませんし、シルバーちゃんは怪人を倒すことに生き甲斐を感じています。それらを私たちは企業として商売にしていますが、利益を出すのが会社の役目。新木さんには前の会社の給料の倍をお出ししますよ」
水原部長は俺を丸めこもうとしていた。規模で圧して、理屈でなだめて、醜く思うことを誤魔化して、いうことを聞かせようとしている。
「勿論、アクシデントがあったときに誰かの生命や財産が傷ついた場合は組織としてきっちり補償はしています。表立って世間様には説明できないことをしていますが、莫大な利潤を生んでいます。魔法という力を解明できれば人類のためにもなるでしょう。世のため人のためになることです。苦しんでいる罪もない人々を救うことができるでしょう。いずれですが、シルバーちゃんなしでも魔力を量産できるようになるかもしれません」
研究者らしい歌い文句――小さなことには目をつむれ――大きなものを見ろ。
そういうことだ。そしてそれはきっと正しい。
正しいことだからこそ、俺は身が切られるように辛かった。
水原部長はギン係長に真実を教えてないともうわかってしまった。事情を話しているのなら、こんな回りくどいことをわざわざしている理由はない。傷ついてまで戦う必要などない。
問わずにはいられなかった。
「ギン係長にどうして協力してもらわないんですか。バトル以外でも魔力をもらえばいいでしょう。その方が絶対にいい」
「シルバーちゃんは魔法は滅多に使いません。一応は使用するときにはルールがあるのです。無理やり使わせようとすると飛んで逃げられるか、怒っちゃって撃退されます。怪人方式は苦肉の策でもあるのですよ」
「ルールというのは?」
水原部長は胸襟を摘まみ、困ったように顔を逸らした。いいたくないルールなのだろう。きっと会社としては都合の悪いこと。
「私はピザポテトを食べるときは必ず『GOOD特濃マンゴー味』を飲んでます。魔法の力により間食でカロリーを気にしなくてよくなったんです。この体型と美貌の維持には欠かせないものとなりました。上流階級の奥様にはバカ受けで購買層は広がっています。そして新木さん。これからもシルバーちゃんを楽しく幸せな気持ちにしてあげてください。なんならずっと遊び相手をしてくれればいいんです。別に悪い話じゃないですし、悪いことなんてしなくてもいいんです。そうしてくれれば」
水原部長は嫣然とした仕草で小首を傾げ、立てた人指し指を俺の眼前に持ってきて、吐息が吹きかかりそうな距離で柔らかい微笑を浮かべた。
「貴方にも素晴らしい魔法の恩恵を享受させてあげましょう」
どうしてだろうか。
どうして、こんなにも――誰にでも都合のいいことで、利益を成すことが邪悪に感じるのだろうか。
☆ ★
駅前の雑居ビルの地下に店を構える『居酒屋ガン見やん』の個室テーブル席。和風のインテリアが主体で木柱が並び、壁面も木壁模様。和紙の灯籠が光源となっている。俺とギン係長は赤い座布団に腰を落ち着け、テーブルの下の空いたスペースに足を伸ばした。
メニューを開くとギン係長は悩むように「んん」と唸って目を見張った。コートを脱いでハンガーにかけ、黒のヒートテック姿が目の前で露わになっている。そのせいでボディラインがくっきりと。肩から腰にかけて女性らしい丸みを帯びていながらも盛り上がりは発展途上であることを告げている。
特徴的な艶やかな銀髪は丸めてあってお団子ヘヤ。頬は紅色でやや興奮気味。酒精が充満し、ガラ声が鳴り響く猥雑な雰囲気の居酒屋に連れて行くのはためらったが本人の強い希望だった。曰く「上司と部下は飲みニケーション」とのこと。俺は別に構わないが彼女はまだ未成年なので飲酒はさせられない。
「あのさ、居酒屋って工具も売ってるのね。あたし初めて知ったわ」
ギン係長はスクリュードライバーの文字を見ながら感心した。俺は丁度よかったので「そのコーナーは全部工具なので注文しない方がいいですよ」と補足しておく。案の定、興味を失くしたようでページがめくられる。いくらここがチェーン店とはいえ、多角経営にも限度があるので当然スクリュードライバーは工具ではなく酒類だ。
結局、コース料理を注文することになった。最初に二人分が詰まった鳥辛鍋が運ばれてきて、その場で煮るために着火剤に火がつけられる。台座の下で青白い炎がぼぉっと灯った。続々と運ばれてくる皿。シーザーサラダと焼き鳥串。マヨネーズソースの厚焼き卵。旬の刺身造りの小舟盛り。南蛮揚げ。エビとトマトの濃厚チーズ和え。俺のドリンクはウーロン茶。ギン係長はカルピスを選んだ。
「おめでとう」
「え?」
エビを齧っていると、ギン係長が両手で顎を支えながらテーブルに肘をつき、祝福してくれた。なんのことかわからずに困惑した。
「試用期間が終わって晴れて正式に社員になれたでしょ」
「え、ああ、ありがとうございます」
いつに間にか一か月が経過していた。『幸魔道』に入社してから早一か月。
作ったものといえばデザイン重視の膝サポーターくらいだが、ギン係長がバトルで宣伝することで有名になり、『幸魔道』と繋がっている医薬会社と提携でき、機能性のある素材を用いて進化させることができた。今では子供のスポーツ用の商品として世に送り出して売れ行きも上々。
どんなものであっても、商品開発に携われたのなら素直に喜ぶべきことだ。喜ぶべきことなのだがやはり消化不良の感がぬぐえない。
「最近、元気ないわね。何か悩みごとでもあるの?」
「環境が変わったので、少し疲れてしまいまして」
「ならいっぱい食べなさい。あたしもいっぱい食べるわ。これ凄くおいしい」
ひょいひょいと煮えた鍋を箸で突きつつ、ギン係長は恐ろしいスピードで平らげていく。最近わかったことだが彼女は健啖家だ。なんでも与えれば嬉しそうに胃袋に収めてしまう――そういえば怪人も普通に食っていた。あれは注意すべきだろうか。
グラスの中の氷を傾けた。魔法少女のマネージャー紛いなことする日々を過ごして早一か月。
名目上、俺の仕事は玩具作りとなっているがそこら辺の期待されていないとわかった。寂しいと思う反面、これが会社の都合なら仕方ないと思う気持ちもある。俺がどう思おうが、世間一般ではサラリーマンは給料を手に入れるために仕事をしている。だから誰にでも頭を下げ、だから必死になる。
俺がそもそも――玩具作りを仕事にしようとしたのはどうしてだったか。
古びた記憶が掘り起こされる。ガキの頃、近所の子と竹とんぼを飛ばし競争をして負けたのが悔してゴム仕掛けを作ってもっと高く飛ばそうとしたのが始まりだった。勝った後にインチキだと非難を浴び、その子にも同じ物を作った。夕暮れが来るまで俺たちは一心不乱に竹とんぼを飛ばし続けた。たわいもない遊びに夢中になれた頃だった。
高校の頃はダンボールの空気砲を作り、濃縮した激辛の空気玉をハヤトの鼻面にぶつけたりしたのも懐かしい思い出だ。ハヤトが救急車で運ばれて大騒動になり、地方新聞の一面を飾ってしまったがほんの些細なことだ。
結局ところ、俺の人生はごく普通だ。それでいい。水原部長がそそのかしてきた魔法の力もそこまで必要ではない。あのときは曖昧に返事をしただけで終わったが、きちんとそんなものはいらないというべきだろう。
試供品として受け取った『GOOD特濃スイカ味』は速攻で一気飲みしてしまったが、スクラッチで一万円当たる程度の幸運だった。正直なところ大したことではない。流通している市販品の『GOOD』も全力で箱買いして更にネットオークションで転売屋と激闘を繰り広げたが、多くのことを望みすぎてはいけないものだ。幸運が強すぎればきっと禍福となるだろう。明日には配送されるだろう。
決して、俺はあさましい欲望に屈したりはしない。
「直介、あたしさ」
ギン係長は心なしかとろんとした、だらしない顔で切り出した。きちんと名前を呼ばれるのは初めてだった。思索が中断する。
「あんたと前に会ったことあるのよ」
「え?」
「覚えてないでしょうけど、ほら、四年くらい前の夏頃だったかな。病院で直介なんかやってたでしょ」
ハヤトの入院見舞いに行った記憶はある――いくら芸人志望とはいえ派手なリアクションを取り過ぎた自分を自己嫌悪している馬鹿がベッドで横になっていた。バナナを五本ほど口にぎっしり詰め込んでやった後に帰宅した。
ギン係長のような見た目麗しい女の子を見かけたなら忘れないとは思うが。
「あのときは助かったわ。『うるせぇー! てめえみたいなタコ助は井の頭公園で大道芸でもしてろや!』って誰かの胸倉掴んで絶叫してたじゃない。ナースさんが大声にびっくりして駆けて行ったの覚えてるわ」
「ああ……」
俺の過去の失態は意外なところで意外な人物に目撃されていたようだ。
「あれのおかげで警察の魔の手から脱出した後も生計立てれたのよね。感謝してるわ」
なんだかわからないが、俺の魂のシャウトはギン係長の役には立ったらしい。こういうのがあるから世の中は不思議だ。酒を飲んでいないはずのギン係長の口から酒の臭いがするのも不思議だ。
「この牛乳甘くておいしいわ。サイコーね。ぱわぱわする。ふわふわのぱわぱわね」
カルーアミルクと名が打たれた牛乳は残念なことに子供が飲むものではなかった。ギン係長は陽気にべらべらと意味もないことをしゃべると、すぐに力尽きてこてんと寝っ転がった。俺は店の人に頼んでタクシーを呼んだ。残念ながら飲みニケーションは終了。
会計を済ませ、ギン係長を背中に担いで外に出てると冷気が忍び込んできた。ぶるりと震えたのは俺ではない。寒いのか首に細い手が回される。密着度が高まった。成長が見込める逸材が俺を官能の旅へ招待してくる。口に出せないが、ブラボーと述べよう。
看板が立ち並び、外灯が輝く街はタイヤの擦過音と吹かされるエンジン音で溢れている。
「ギン係長、住所はどこですか」
ぼそぼとと声が聞こえる。江戸川区の――俺のアパートの近くだった。タクシーに乗せて同乗した。俺には家まで送る役目がある。これは水原部長に頼まれたからではない。深夜の移動の場合、未成年は保護者同伴ではなければならないのだ。
ギン係長の住まいは一目でわかる高級マンション。面構えからして貧乏人お断りの空気が漂っていた。ロック式のロビーと厳めしい守衛と張り巡らされた防犯カメラの三セット。整備された椿の生垣と唐松の前庭。
酔いが少し醒めてきたギン係長は寝ぼけ眼をごしごしと擦り、タクシーを降りると俺の手を握って引っ張った。つられて外に出てしまう。
「今日は……泊まっていきなさい」
顔を背け、恥じらいながら誘って頂いた。目に落ち着きはなく、ちらっと俺の顔を窺ってくる。了承が取れるか心待ちにしている。蒸気を出しそうなほど熱情に染まった青緑色の瞳はうるうるとして保護欲をかき立てる。
俺は天を仰ぎ、片手を胸先に持っていき祈るように神様に問いかける。
いいんですか、と。いっちゃっていいんでしょうか、と。
俺は許されるのでしょうか、神様。




