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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第十三章 魔の手が伸びる時、窮地をいかに利するか
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プロローグ ウルワシキセカイ

 早朝。宗太は皇帝との謁見のため、帝城塔内部にいた。懐にはカナに昨日、渡された手紙がしまわれている。


 タワー・オブ・ジ・アルトリエ。

 その二つ名に違わぬほど高くそびえる塔は、今日は昨日とは打って変わって晴天であったため、雲を突き抜けているのもはっきりと見て取れた。

 それなので当然、皇帝がいる最上階までは相当な時間を要することとなる。


(まあ昇降機があったのが幸いかな?)


 とはいえ、今は五基目の昇降機を使っており、あと二つ乗り換える必要があるという。

 この皇帝専用の機械は、その当人及び皇帝が認めたごく一部の者しか使用ができず、また許可も取る必要があるとのこと。

 なんちゃらと煙は高いところへ上るというが、さすがに何かしらの意図があってわざわざ不便な場所にいるのだろう。

 宗太は歯車の噛み合う音やタービンか何かの駆動音がとにかくうるさい、狭く息苦しい室内で、隣にいる無言の皇帝秘書の老紳士に居心地の悪さを覚えながら、そんな風に思うことにした。


 そこからさらに十分以上経過したところで、ようやく目的の最上階に辿り着く。

 皇帝秘書が先に降り、応接室の扉に備えられたノッカーを三度素早く叩く。が、反応が返ってこない。

 すると皇帝秘書がキツツキの如く、ノッカーで連打し始めた。

 ぎょっとする宗太に対し、無表情で(壊れた)機械のようにひたすらに叩く様は、もはや狂気にさえ映る。


『分かってる! 分かってるから! トイレに行っていたんだ! 鍵は開けたから、入って構わない!』

「失礼しました」


 扉の向こうの主の返答を訊いた途端ぴたりと止めて、何事もなかったかのように扉を開いた。

 習慣なのか、催促していたのか、はたまたお茶目だったのか。その凛とした佇まいからは全く読み取れず、宗太の気まずさをただただ膨らんでいく。

 そうしている間にも、対面の時はすぐに迫る。


 開かれた扉のその奥――部屋の主。帝都オルフィシーの君主。帝都領、アルトリエ大陸の三分の一を総べる王。皇帝ガランフォルテ・ヴァンスターク=オルフィスアンは、微笑みかけながらこちらを迎る。


「随分とお見苦しいところを見せてしまったね、ソウタ」


 三〇代半ばといったところとは聞いており、写真で見た時もそう感じでいたが、実際に会うともう少し若く見える。

 ただ皇帝というよりも、顎髭にフレームの太いおしゃれな眼鏡。服装、醸し出される雰囲気諸々から意識高い系の若社長といった方が正しそうだ。


「なかなかどうして。随分と面倒なことに巻き込まれたそうじゃないか」


 気さくに話しかけ、仕草で応接室の中央にあるソファに座るよう促される。

 立場上、物珍しそうに部屋を見るわけにもいかないので、座りながら軽く内装を一瞥した。


 絵画にトロフィー、賞状。他にもよく分からない美術品の類など。目の前のテーブルなどもどれも高級品であろう(腰を下ろしたソファがやや据わり心地が悪いのは、単に宗太が高いものに慣れていないからか。それとも、客人をとっとと帰したい意図があるのか)。

 つまりは、どこにでもあるような応接室といったところだ。少なからず外見的には。


「では。私はこれで」

「ああ。ご苦労だった」


 皇帝秘書はポットと棚からカップを取り出すガランフォルテに頭を下げ、部屋を後にする。

 秘書ではなく皇帝自らポッドからカップへとコーヒーを注ぐことに一瞬驚くものの、なんでもかんでも任せるわけでもないか、と妙に納得した。

 それだけ『国の頂点に立つ』という、本来なら絶対に(まみ)えるはずのなかった地位の人間について、考えたこともなかったということだ。


「コーヒーは飲むかい? それとも紅茶とかがいいか?」

「いや。いい。何か入れられていたら、たまったもんじゃない」


 初対面の、しかも〝魔人〟であり、半ばジャック・リスフルーバに寄越された男と二人きりになるのだ。

 一見、優位な立場にあるが隙を見せるわけにはいかない。散々痛い目に合っているのだから。

 半眼で睨みを利かせる宗太に対し、ガランフォルテはじっとこちらを見つめ……


「無理しなくてもいいよ」

「無理?」

「ああ。『〝魔人〟オルクエンデ』というみなが求める人物像を演じているだろう? 私と対等な立場であることを主張しなくてはいけないんだろうが……まあなんというか。余りその横柄な態度は様になっていないぞ?」


 同情しつつも、どこか刺さるような声質が伴っていたのは、それが注意であるからだと宗太は理解した。何故なら、目が笑っていなかったから。

 怒りの類ではなく、純粋に窘める視線だ。宗太の危うさに対する。


「いいかい? 口調や態度だけを取り繕っても、本物からはそれはすぐに見破られる。所詮は『一般庶民が想像する高階級』でしかないからね。そしてそういった類の擬態はいいように利用される」


 見透かされたことに気恥ずかしさこそ抱くが、だからといってこの男の言葉を真に受けることもできるわけがない。

 言葉を借りるなら、それこそ『いいように利用される』危険がある。

 剣呑な態度のままでいると、ガランフォルテはコーヒーを一口飲んでから続けた。


「まあ、確かに出会ったばかりの人間で、かつ私はこの国の最上位である皇帝だ。そもそも気構えるのも無理はないか――なら。対等の立場になるということなら、純粋に友人にでもなろうではないか」


 テーブルに差し出されるコーヒー。カチャっと静かに鳴ったその音に垣間見える優しさ。

 逡巡がなかったかといえば嘘だが、一つ小さない呼吸をしたのちに口を開いた。


「友人にはなれません」


 きっぱりと言い放ったあと、相手が何かを言う前に宗太は続けた。


「なんで、知人ぐらいにしておいて下さい」

「距離は保っておきたい?」

「それもありますけど……なんというか、一〇以上も歳が上なのに友人というは気が引けるというか、慣れないというか……」


 せっかくの提案だが、宗太は申し訳なく弁明する。

 心を許すというほどでもないが、わざわざ敵対する意味もない。

 それに何より、自分に合わないキャラクターを演じるのは正直言って疲れる。


「ああ。その譲歩だけで満足さ」

「コーヒー頂きます」

「安いのだから期待しないでくれよ?」


 香ばしさが鼻孔をくすぐり、苦みが味蕾を刺激する。

 ゆっくり、じっくりと堪能し――


(うん)


 ――小さく頷きながら、ただただ心底後悔した。

 先の言葉に甘えて、やはり友人にしてもらうべきだったのかもしれない。なんて正面の男の目を見ながら、後悔が頭の中を駆け巡った。

 その関係なら()()()()()を言っても差し支えなかったのかもしれないのだから。


 もう一口、宗太は飲む。

 ガランフォルテがじっと見つめる。

 彼の瞳は、あからさまにこちらの感想を期待しているものだ。それも自慢の豆に対しての。


 だがいかんせん、宗太。コーヒーを飲む方であるが、インスタントや缶コーヒーがほとんど。加えて、味よりも安さや毎度飲んでいるものを優先する。ブランドも正直見ていない。

 そのため今飲んだものは『香りはいい。が、いつも飲んでいるものに比べて苦い』程度の解答しかできない。もしくは不味くはない、だ。


(とにかく俺は、違いの分からない男なんだよ)


 教養も嗜みも乏しい自分は所詮、どこにでもいる一般庶民から半歩も進めないのだと痛感させられるのであった。

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