エピローグ 闇の担ぎ手
「…………」
車窓から眺める風景は来た時とはまた違ったものだが、宗太の脳内にその物珍しさが刻まれることはなかった。
ムーンフリークへの帰路を走る車内の居心地の悪さは、何も固まった泥濘に揺られ、堅い椅子も相俟って尻や背中が痛むからだけではない。
ちらりと横目で、対称位置に座るソラノアを見やる。
彼女もまた無言で外を眺めているだけ。表情もやや虚ろだ。
視線を戻し、また無の時間を過ごす。
(……ソラノアさえ来なければ……)
当然口にはしなかったし、現実問題として来ようが来まいが結果など変わらない。というより、そもそもその先など考えていなかったため、思考は簡単に霧散する。
ただ表情や態度には、すでに出ていたのかもしれない。
ソラノアが黙っているのは、この車内だけの話ではなかった。帝城塔内から現在に至るまで、二人は会話一つ交わしてはいない。
何か言葉をかけるべきなのは分かっている。が、今の宗太に気遣いができるほどの余裕がなかった。
(ザイスグリッツの方が、よっぽど心遣いできてたしな……)
引き続き【凶星王の末裔】の監視下――表向きの形は『協力関係の継続』ということになっているが――に置かれることとなったザイスグリッツ。
ソラノアの隣に座る彼は今、腕を組んで静かに寝ていた――狸寝入りをして何かを盗み見ている可能性もあるが。
ザイスグリッツと合流した時、こちらが訊ねるよりも前に彼の口から事の経緯を聞かされた――宗太とソラノアが醸す空気から、説明どころか言葉一つ交わしていないのを察したのだろう。
ただそれは大それたものではなく、手品の種明かしくらい単純な話。
ソラノアがあの場に来た理由は、どういうわけかガランフォルテに〝魔眼〟の能力が知られ、逆に利用されただけ。
宗太が地下で〝ゴブリン〟達と闘っている最中に、盗み見していたザイスグリッツに自らの目でメモを見せ、ソラノアを呼び寄せた。
その召し出しに二人とも訝しんでいたそうだが、〝魔眼〟を皇帝に使っていたなどという弱みを握られてしまった以上、逆らう術はない。
(ここから先、ガランフォルテに言いように使われる可能性もあるってことか……?)
ますます見えなくなる未来に。
悪化していると嫌が応にも分かる事態に。
このただただじっと時間が過ぎるのを待つしかない現状とそぐわず、意識すればするほど内心落ちつきがなくなっていく。
(……でも、収穫はあった。〝魔手〟の力を手に入れたという、これ以上ない収穫が)
事実から少しでも好転した部分を切り出し、自らを慰めようとする。
だが、この挫折感は拭えない。
と、無意識に宗太はソラノアの横顔を見ていた。
当然、声をかけることはない。
幸い、彼女もこちらには気づいていないようで、また外に視線を戻す。
(……ああ……そうか……)
どうして、ソラノアに何一つ言葉を与えることができなかったのか。
漠然と自覚し、あまりにも惨めな自分を失笑せざるを得なくなる。
(気を遣うどころかソラノアに慰めの言葉を求めようとしていたんだな……で、欲しいものが貰えずに勝手に失望してた……)
臍を曲げていたと言っても過言ではない、このあまりの不甲斐なさ。年下の子にそんなものを求めていた事実に、顔が紅潮しているのが分かる。
――だからといって、今の彼女にどんな言葉をかけていいか分からないことには変わりないが。
宗太の十九年の人生に於いて、このような事態に遭遇したことなど一度もなかったのだから……
熱が冷めていくのは何も、窓に頭部を押しつけただけではない。
(……分かっているんだ。異世界から来たところで、所詮、俺そのものは何者でもないくらい……)
アレクセイやカナに言われていたこともあり、特別ではないと自覚していた。
――だというのに、棘のように深く刺さっているガランフォルテの言葉の数々。
それらは不意にじくじくと痛み出し、その都度、たとえ何を考えていても見せつけられた事実を忘れさせてはくれない。
ここに来て始めて、真正面から『雪城宗太』という人間として見られた。見透かされた。
当然のことながら喜ばしさなど微塵もない。屈辱以外の何ものでもない。
だからこそだ。
考えなければいけない。
自らが持ちうる『力』をどう使いこなすか。
それこそ、単なる暴力では何も叶わない。
世界を壊さんとしたところで、その手に望む未来は残っていない。
深慮しなければならない。
分相応の立場を。そして、それを覆す現実的な道筋を。『魔王』へ至る経路を。
この異世界こそが、今の現実世界なのだから。




