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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第十五章 暗事を目の当たりにした時、俗人に何が選べるか
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1.闇の語り手

 やや微睡みつつある頭で宗太は、ぼんやりと青々とした空を見続けていた。

 まだ濛々と漂う土煙と、周囲から聴こえる混沌の収束に取り組む者達の喧騒。それらが〝魔手〟との死闘の余韻を感じさせる。


 とはいえ、いつまでも寝転がっているわけにもいかないため、宗太はまず星隷擬体を戻すことにする。が、解除にも精密な制御を必要とするため、仰向けに寝転がったまま声をかけた。


「ソラノア、回復を頼んでいいかい?」

「……はい」


 オルクエンデに乗っ取られているという疑念は、ソラノアの中でまだ拭えていないのだろう。

 だが強情に断れるわけもなく、両手を組んで術図式を構成した。


「連なれよ星々――《聖慈癒座(ヨズーソ)》」


 魔偽術(マギス)による治癒は疲労感や倦怠感、身体中に痛みこそまだ残すものの、それでも動けないということもないくらいには回復した。

 体勢はそのまま。瞑目して意識を右腕へと集中させる。

 まず初めにイメージするのは本来の自分の腕。そこから変形した部分全てに意識を張り巡らせることを想像させ、繋がったものをイメージした右腕へと引き戻していく。


《……あのまま誤魔化していればいいものを》


 制御の最中、脳内にオルクエンデの声が響く。

 邪魔をするためではなく、単に声をかけるタイミングがちょうどできたから声をかけて来たのだろう。

 気が散るほどのものでもないので、宗太は返答をした。


(ほんとお前、すっかりいいやつになったな)

《そうじゃない。その向う見ずな暴走は、いつしか致命的な結果をもたらす》

(そういうことにしてやるよ)

《…………》


 オルクエンデの沈黙が照れ隠しや本心だったら、鼻で笑っていたかもしれない。が、諦観に近いものを感じ取れた。

 それはそれで滑稽だが、同時に自分が深刻な状態なのだろうと悟る。


 制御の途中で眠気に襲われそうになる――もしかしたら、オルクエンデが話しかけて来たのはこれを防ぐためだったのか?――が、数分じっくりかけてなんどか戻すことに成功した。

 右腕を上げ、拳意を数度開いては閉じる。

 問題なく動くことを確認すると、その手を使って宗太は立ち上がった。


「ご苦労様、ソウタ。まさか撃退ではなく屠るとはね」


 後方から労いの言葉をかけて来たのは、まだ残る土煙に軽くむせるガランフォルテであった。

 戦闘が終わったとはいえ、まだ直後といってもいい。いくら周囲に護衛がついているとはいえ、そんなタイミングでこの国のトップが戦場にやって来ていることに少し面を食らった。


「リスフルーバ。ソウタをまたしばらく借りる」

「……陛下……」

「ソラノア、大丈夫だよ」


 オルクエンデの乗っ取りを疑っているものの、どう伝えるべきか悩み口ごもるソラノアに、宗太は優しく微笑みかけた。

 彼女がこれをどう捉えるか。それ自体はどうでもよかった。ただ言葉を口にするタイミングさえ奪ってしまえばいい。


「何か問題題でもあったか、リスフルーバ?」

「……いえ。戦いの直後だったので……」

「そうか。ただ我らに時間がないことがはっきりした今、多少は無理をしてもらう」

「まあ、そういうことだから――それに、ソラノアにはソラノアの仕事があるだろう?」


 視線をソラノアから外し、宗太は尋問室がある場所へ。


「……分かりました」


 この意図は完全に察したようで、おぼつかない足取りでザイスグリッツの元へと向かった。


「では、ユキシロ。着いて来てくれ」


 理由は分からないが、ガランフォルテが来てくれたことは有難かった。

 ソラノアと気まずい空気のまま取り繕った結果、ボロを出さないという自信があまりなかったから。


 ガランフォルテと護衛とともに帝城塔内に戻って来たが、当然のことながら混乱が収まっておらず、瓦礫や負傷者、行方不明者や死体の確認など。それ以外にもあるのだろうが、誰もがみな忙しなく己の仕事をこなしている。それこそ、皇帝が通っても軽く頭を下げるだけで仕事に戻るほど。

 本来なら廊下を辿ればいいのだろう。が、崩れた塔内となると部屋に入って迂回したり、穴の開いた壁を乗り越えるなどもしなければいけない。


 時間にして一〇分はかからなかったくらいか、ガランフォルテが壁の前で足を止めた。警護に何かを告げると、彼らはこの場から離れていく。

 ガランフォルテは懐から短剣のような形状――ただし大きさは掌もない――を取り出すと、その剣尖を人差し指に突き刺した。

 流れた血は刃を辿り、そのまま今度は切っ先を壁に突き立てた。


「《界繋途座(ナウコウキ)》」


 短剣に星座が浮かぶと星印が壁へと流れ、術図式の効果によって穴が開く。

 未だ見たことがない工程で使われた魔偽甲(マギカ)だが、それよりも先に広がる空間の方が宗太は重要だ。

 ただ、そこは部屋ではなく下へと続く階段だった。


 先程までの廊下や部屋と違い――瓦礫だらけという意味ではなく――、一切の装飾がない真っ白な壁と天井。階段は踏み外さぬよう一段ごとに色分けがされている程度。

 帝室がある上層部に行くのだとばかり思っていたが、下層へと連れて行かれる。

 ただ階段を延々と進むのではなく、途中長い廊下――やはり装飾のない白い空間――を渡ってはまた階段を下りる、というのを数度、繰り返す。


「これ、どこへ向かっているんですか?」

(した)さ」

「散々振り回されましたけど、もう平衡感覚は戻ってます」


 廊下を進む中、肩越しに振り返るガランフォルテ。下を指差す彼の悪戯気味に吊り上る口角に、宗太は返答の期待を早々に捨て去った。

 かといって、どこに向かっているのか。どこまで続くのか分からない道程を無言のままでいるのも気まずい――というか、疲労で意識を失いかねない――ので、宗太はふと脳裏に過ったことをなんとはなしに呟く。


「結局、〝魔手〟の目的はなんだったんでしょうかね?」

「そうだな。わざわざ星都であることを明かし、あの暴挙に出た――はずなのに、私を殺さなかった」


 彼のそれは独り言のようであるが、どこかこちらへの問いかけにも聞こえる。

 だがこちらの返答を待つでもなく、淡々と自らの考えを続けた。


「私を殺さないこともまた、計画の意味があるんだろうな」

「生かしておく意味ですか……?」

「亡骸に訊くことはできないから推測の域は出ないが、『計画戦争』中に帝都の混乱を避けたかったか。それとも、そもそも狙いは私ではなかったか……」


 宗太も独り言のような呟きだったが、ガランフォルテが返答をした。ただ会話の末尾はまた自問に近いものになっていたが。


「君からは何か、推論はないのかい?」

「……すみません。特には……」


 振られたが、ただでさえ貧困な想像力なのに加え、今は疲労で頭が回らないのだ。無理に決まっている。

 そんな心境に、ガランフォルテに垣間見えた落胆にも似たような陰りは少々堪えるものがあった。

 この目的地も分からず、下へ下へと降っていく現状。もはや位置も深度も曖昧な場所にいる――それこそ帝城塔なのかすら――ということが、気落ちに拍車をかけている気がしないでもない。


「さて。忙しくなるぞ。『計画戦争』の近日開戦は免れない――だからこそ、ユキシロにも手伝いをしてもらわねばな……」

「そりゃまあ、そうでしょうね。『魔物』である以上、『計画戦争』とやらが始まれば、中心に嫌が応にも立たされるわけですから」

「いや、今から」

「……は?」


 宗太の思わず足が止まる。

 ガランフォルテも立ち止まり、振り返って続ける。当り前のことのように。


「早速やってもらいたいのさ」

「ご覧になってます? 結構ボロボロなんですけど……」

「着替えは用意してあるさ」

「そうじゃなくて。戦いを――死線をなんとか超えたばかりで、ゆっくりしたいんですけど……」

「忙しくなるって言ったばかりだろう?」

「……分かりましたよ。それで、何をすれば?」


 宗太の意志では覆せない決定事項だということを察し、観念して再び歩を進める。

 明日の朝には帝都を発つのだ。『計画戦争』の開戦が近しいのなら、時間を惜しんではいられない。


「いや、何。ユキシロにはぜひ教えて欲しいんだ」

「教員免許なんざ持ってないですよ? この世界に必要なのか知りませんけど。それに何より、教えられることなんでありませんよ。たかだか十九年しか生きてないわけですし。社会勉強もこれからだったし……」

「戦闘経験は豊富だろう?」

「軍警察の方がよっぽどあるでしょうよ」

「質の問題さ。『魔物』と対峙し、勝った者など、最低限、私の配下にはいない――と、そうこう言っている内に着いたぞ」


 長い道のりの終点。

 完全に逃げ場を失った宗太が観念して見たそこには、一際巨大な鉄扉であった。


「ここは?」

「君が見知った場所だ」


 言われ、宗太は考えるものの扉一枚では当然、見当などつかない。とはいえ、アルトリエ大陸の建築物など勉強などしていないので、ほとんど知らない。加えて、見覚えがあるなど数えるほどだ。

 だからこそ、このような地下で戦闘をする。それも『魔物』の力を発揮する場所など一つしか浮かばない。

 故に、脳裏に過った一つの施設の名を答える。


「千星技術学院の地下にあった訓練場ですか……?」

「ああ、そうだ。第十七研究室(ウルストラ)と同じものなのだ」


 どっと疲れがぶり返したのは、〝魔炎〟との戦いを思い出したのと同時に、それくらいハードな肉体労働をさせられるということが容易に想像できたからだ。


「では私は別室に行かせてもらう。中に着替えがあるから、まあ適当に見つけてくれ」


 そう告げ、ガランフォルテは別の扉へ。宗太は覚悟を決め、部屋に入る。

 内部構造も千星技術学院の地下と同じようで、訓練室の前に準備をするための部屋が設けてあった。

 そこにはあった備品の軍警察が着用していた装備に着替える――といっても、どこからどこまで着るべきものか分からないので、胸当てくらいの最低限の軽装だが――と、いよいよ目的地へと入る。


『正直、そのまま帰ってしまうかという不安があったが、入って来てくれて安心したよ』


 ガランフォルテの声が部屋に反響し、出所を伺う途中で透明なガラスか何かで隔てられた部屋の中にいる声の主を見つけた。

 彼の周りには測定器なのか分からないが機械のようなものがあるものの、人そのものはガランフォルテ一人である。

 彼の前にある机にマイクのようなものが伸びていることから、この部屋のどこかにスピーカーのようなものがあるのだろう。


『ああ。君の声もこちらで拾えるから、普通に話してくれて構わない』


 まだ誰もいないので特に喋ることはなかったのだが、ガランフォルテはそう捉えたようだ。

 そのまま黙っているとまた新たな誤解を生みかねないので、宗太は単刀直入に訊く。


「で、僕が指導する相手は誰ですか?」


 軍警察の中でも屈指の精鋭でも相手にするのだろう。しかも『魔物』を相手するほどの手練れ。

 そう考えていた矢先、入ってきたシルエットはかなりの小柄だった。しかし、宗太はその正体を知っている。


「あの時の――っ!」


 ヘッドギアに軽装鎧。手には昆棒を持った子供――〝魔手〟と戦った謎の子供が五人飛び出して来た。

 なんの言葉もなく、入室するなりすぐに宗太を強襲する。


 宗太は囲まれぬよう後方に跳び、彼らを常に正面にしたまま一定の距離を保つ。ここが第十七研究室(ウルストラ)と同じというのなら、それなりの広さはある。

 獲物の棍棒は〝魔手〟を相手にした際に使用していた、《撃打爆座(ケビヂクゴ)》が付与された魔偽甲(マギカ)――ジンクとの訓練で文字通り痛いほど味わった〔ミョルニル〕だ。


「で、俺はこの子達に何を教えればいいんですか!?」

『特にはないな。ただ殺し合ってくれ』

「はあ!?」


 突飛な要求。加えて、教授を申し出たはずなのに、それを否定する発言に、宗太は目を丸くした。

 ガランフォルテの表情は今までとまるで変らず、かつ冗談でもなく、本当にただただ目的と告げているだけだ。


『それは先行試験分枝派生型次世代改造人間(ハイキメラ)――人造亜人(クリーチャー)〝ゴブリン〟だ』


 言葉の意味はすぐに呑み込めなかったが、『次世代改造人間(ハイキメラ)』『人造亜人(クリーチャー)』『ゴブリン』という単語が並んだことで、ただただ悍ましさを想起させる。


「……ほんと異世界に来た気分だよ」

『視覚的恐怖も必要だからね。できるだけ神話に在る化物(モンスター)に近づけたよ』


 宗太としては皮肉を込めて言ったのだが、ガランフォルテには伝わらなかったようだ。

 本当に人体実験をしているという現実。それもあからさまに倫理観を逸脱したような結果に、ガランフォルテへの敬意は軽蔑と変わりつつあった。


『そう睨まないでくれ。今さらだが私は皇帝だ。この国の暗部――『凶星王』が遺した技術には当然精通しているわけだ』

「ギィイイイイイイイイイイイイ!」


 五人の内の誰かが絶叫を上げる――視線を少し外していたということもあるが、ヘッドギアがそれを区別しづらくしている――と、〝魔手〟の時よりも身体が強張る。それこそ息が止まるほどに。


『〝ゴブリン〟達が装備している魔偽甲(マギカ)〔ク・ホリンの兜面〕。それは呼吸音を超音波に変化させて発し、対象生物の筋肉を委縮させる』


 わざわざ説明を始めたのは、何かを測るためだろうか――図る、という可能性も否めない。

 自由を奪われたのは数秒だったが、距離はかなり詰められている。


「《覇脚座(ケュクヒ)》!」


 術図式は宗太の脚に纏い、脚力を底上げしてさらに離れる。


『その副産物として、物体への反射を感じ取ることで距離感などを測っている。人造亜人(クリーチャー)化の際に脳をいじり、〔ク・ホリンの兜面〕の副産物の適用が目的だったのだが、匂いが見える能力も獲得できた』


 いよいよ訊いてもいない講釈を垂れ出したことから、ただ言いたかっただけなのだろうと聞き流す。

 が、重要な情報だけは逃さない。


(蝙蝠みたいな能力に、共感覚か何か、か……?)


 だからといって、漠然としか分からないのだから、逆転の一手が思いつくわけでもない。

 ただ今は逃げることを優先する。ガランフォルテの意図が読めない以上、まともな戦闘をしてやる義理がない。


『逃げ回るだけで殺せるほど、〝ゴブリン〟は弱くないぞ?』

「殺し合いをさせて何が目的だっていうんだよ!? 『魔物』を減らしてなんか得があるのか!?」

『まさか、その程度で死ぬのか?』


 それは疑問ではなく、完全に煽って来ているのだとガランフォルテの笑みが物語っている。



『さあ、()()()()()()()。〝魔人〟の器――ユキシロ・ソウタという人間が一体、何者なのかを』

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