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【コミカライズ&電子書籍化】モコモコくまちゃんが怒っています、婚約者が私を愛せないと言ったので  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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24.報復


 翌朝のくまちゃんの報復行為は悪逆非道を極めた。


 結果的にセレステもそれに手を貸した形となってしまったのだが、果たしてそれが悪いことだったのかどうか、今でもよく分からない。


 ――事件が起きた朝は、穏やかにスタートした。


 昨夜大泣きしてある意味すっきりしたセレステは、早めに起きて身だしなみを整えた。落ち込んだあとだからこそ、ひどい状態で人と会いたくない。


 顔がむくんでいなかったことには、自分の体質に感謝せねばなるまい。昨夜はあれだけ泣いたので、鏡を見るまでは少し不安だったのだ。


 念のため髪のセットとメイクはいつもより時間をかけた。そのおかげで、かえって調子が良さそうに見えたくらいだ。


 感情が振り切れて一周したようで、今は特に動揺もない。現状『無』の状態に近く――心がどこか遠くに行ってしまったみたいだ。そのため表面上は普通にしていられる。


 セレステは誰にも会わずに厨房にこもった。くまちゃんはいつもなら食堂に直行するのに、今日は一緒に厨房について来た。もしかするとまだ心配してくれているのかもしれない。


 作りながら調理台にお座りしたくまちゃんにつまみ食いをさせ、調理を粛々とこなしていく。


 材料は送られてくるので、食費はこのところタダである――くまちゃんの政治力はすさまじいものがあると改めて感じる。


 食材が多めに届けられるので、セレステは客のぶんも作るようにしていた。エリシャだけではなく、食事時に彼を訪ねて来る騎士団員がいれば、彼らにも同じテーブルに着いて食事をしていってもらう。たとえその人がセレステの警護担当でないとしても。


 何度かそうしたことを繰り返すうちに、段々とそれが当たり前になってきていた。ここは食堂ではないので、よくよく考えるとおかしな話ではあるのだが、それが日常になってしまうと誰もそれに疑問を抱かなくなる。ここ最近、見知らぬ人が同席して、「どうも、はじめまして」というようなことがちょくちょくあった。


 とはいえ、だ――物事には限度というものがある。


 セレステが作った朝食を、メイドのマーサが運んで行く。セレステはエプロンを外し、くまちゃんを首の後ろに乗っけて、ダイニングに向かった。


 セレステが部屋に入ると、食卓を囲う人間の中にクローデット・マーチ子爵令嬢がいることに気づいた。


 驚いて足が止まる。


 不意打ちに弱いセレステとは対照的に、くまちゃんの動きは俊敏だった。素早くセレステの肩の上に立ち上がり、そこから一気に卓上に飛び下りたくまちゃんは、その時点でもうカンカンに腹を立てていた。


「やいやいやーい!」


 くまちゃんが食卓のオレンジを蹴散らしながら、クローデットに詰め寄って行く。


「女! なんでてめーがここにいる!」


「やめろ。何を怒っているんだ」


 クローデットの隣席にいるエリシャが冷静にくまちゃんを制した。そのクローデットを守るような言動を見て、セレステはなんだかモヤモヤした。


「このクソビッチが! 死ね!」


 くまちゃんはやさぐれながら卓上で地団太を踏み、別のオレンジをふたたび蹴り飛ばした。それが危うくクローデットの肩に当たるところであったので、その場にいた人たちをピリッとさせた。


「落ち着け!」


 エリシャの声が一段と鋭くなり、そろそろ実力行使に出そうな勢いである。


「あの、ごめんなさい、私……」


 クローデットがおろおろと涙ぐみ、可憐な面差しに怯えを滲ませて、くまちゃんを見つめ返す。しかしくまちゃんはおかまいなしだ。


「なんでてめーがここにいるんだよ? 図々しい女だな!」


 その問いにはエリシャが代わりに答えた。


「彼女はペッティンゲル侯爵の捜査に協力してくれるそうだ。これから話を聞くところだが、食事がまだなので席に着いてもらった」


 昨日のクローデットはむしろ、ペッティンゲル侯爵の捜査が進むのを嫌がっていたように思う。きっちりと調べられれば、マーチ子爵家の関与がバレてしまうから、もう終わりだというようなことを言っていなかったか。


 そこには『捜査の手を緩めて、厳しく追及しないでほしい』というニュアンスすら含んでいたように思う。それはまぁ彼女の正直な気持ちなのだろうし、別に責めはしない。けれど夜が明けたらずいぶん態度が変わっているので、セレステは戸惑いを覚えた。


 エリシャはこういったことで嘘を言わない人だから、クローデットのほうが方針を変えたのだろう――「怖いけれど、思い直したの。勇気を出して、できるだけ協力したいわ」とでも、彼女から申し出たのかもしれない。


「私にはもう誰も頼る人がいなくて……せめて捜査に協力するくらいしかできない。私には友達もほとんどいないし、頼れるのはエリシャしか……母はもう亡くなっているし、この形見のネックレスくらいしか家から持ち出せなかった」


 憐れみを誘う、打ちひしがれたクローデット。


 彼女はサファイアの嵌まったペンダントをぎゅっと握り締め、うるうるした瞳でくまちゃんを見つめ返す。


 これで文句を言ったら、言ったほうが悪者になる――ところがくまちゃんは『そんなの知ったこっちゃねぇ!』な、わんぱく坊主なのである。


「うるせぇ、くそくらえだ、この野郎!」


 くまちゃんが機敏にジャンプし、クローデットの首からネックレスをもぎ取った。


 まさかくまちゃんがそこまで悪逆非道な行いをするとは想定していなかったらしく、エリシャはクローデットをかばえずにいた。とにかくそれは一瞬の出来事だった。


「形見なんて真っ赤な嘘だって、俺にはお見通しだからな――男に貢がせたこんなくそネックレスなんぞ、こうしてやる!」


 くまちゃんがくるりと反転し、窓に向かってネックレスをぶん投げる。


 換気のため大窓が開いていたので、それは弧を描いて屋外に飛んで行った。芝生の上に着地したのは分かったが、草のあいだに埋もれてしまってもう見えない。落下地点は皆が目視確認しているから、あとで回収するのは可能であろうが、いくらなんでもこれは……。


 クローデットが悲鳴を上げる。


 確かにこれはひどい。ただの貴重品ではない。母の形見だと彼女は主張しているのだから。


 ところでクローデットはここへ従者をひとり連れて来ていたようだ――歳若いその従者は美しいあるじにすっかり心酔しているらしく、彼女を泣かせたくまに対して激しい怒りを抱いたようだ。


「こいつ、よくもお嬢様に……!」


 壁際に控えていたその従者がテーブルのほうに近寄ろうとしたのを見て取り、セレステは危険を感じた。セレステの立ち位置は二者の中間辺りで、体をねじ込めば妨害が可能だった。


 くまちゃんが殴られると焦り、あと先考えずに体を投げ出していた。


「――やめて、殴らないで!」


 滑り込むようにしてくまちゃんを抱える。テーブルに肘を立てて、下にいるくまちゃんが潰れないようにした。


 従者の青年はほとんど殴りかかる動作に入っていたため、横から急に邪魔が入り体勢を崩した。こうなってはもう途中で止まれない。


 セレステは彼に太腿を蹴られ、肩を強く押された。よろけた彼が肘を振り回したせいで、体のあちこちに痛みが走った。


 食器の割れる音が響き、テーブルクロスがずれる。料理のいくつかが潰れて、まさに大惨事に。


「セレステ!」


 誰が叫んだのか――……。


 くまちゃんだったのかもしれないし、エリシャだったのかもしれない。あるいは上座にいた父だったのかも。



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