閑話2_エリザベスの令嬢の思い出と髪飾り
「いつのまにか……こんなに物が増えてるなんて……」
エリザベスは教会内の自室で、腰に手を当ててげんなりとしていた。
シスターとしての日課を済ませた午後、今日はお休みの日なので、たまにはと部屋の片付けをすることにしたのだけれど……。
「これはバザーの時の……こっちは駆け落ち婚の……」
どこにどうしまわれていたのか、ベッドの上に並べられた物は多種多様かつ、大量だった。
料理器具の試作品から子供達にもらったお礼や小物、舞踏会用のドレスまである。
教会に来たとき、両親から押しつけられたものはあらかた売り払って、ほとんど身一つだったので、ここにあるものは教会に来てから増えた物。
たこ焼きの道具一本まで愛着があって、まるで想い出そのもののようだ。
――――こんな物持ちのシスターは失格だよね。
ロクサーヌあたりにこの光景を見られたら、本当に言われてしまうだろう。
経済的に恵まれていた公爵令嬢の時は、大切な物なんてほとんどなかったのに、今では持ち物の大部分が大事になっている。
「さっさと隠すに限る!」
片付けてしまおうと、一つ一つを丁寧にしまっていく。
「あら? これ……」
と思ったのだけれど、すぐにエリザベスの手は止まってしまった。
決して、昔読んだ漫画や懐かしいアルバムを見つけて読み始めてしまうような、整理整頓の罠ではなく――――。
それは、ガラス細工の髪飾り。
実家から持ってきた数少ないお気に入りのもので、あまり価値のある物でもないから売り払わず、手元に残っていた。
「懐かしいな……あの頃……」
目を細め、これを買った日に思いを馳せる。
まだ、エリザベスが公爵令嬢だった十七歳の時――――。
※※※
モワーズ王宮の庭で、ドレス姿のエリザベスは一人で花を眺めていた。
周りにもたくさんの令嬢達が花を見ている。
今日は王宮主催の園遊会だからだ。
「あら、あの方は」
「か、関わらないようにしましょう」
近くを通りかかった令嬢二人がエリザベスに気づいて、急ぎ足で遠ざかっていく。
他の招待客も似たような反応で、遠巻きに見ている。
この反応にはすっかり慣れていたけれど、何も感じないわけではない。
悪役令嬢となる運命に抗おうとしているけれど、まったく何の成果もなくて、エリザベスは半ば諦めかけていた。
こんな場所からはすぐに去りたいのだけれど、招かれた園遊会で公爵令嬢がいきなり帰るわけにもいかない。
そんなことをすれば、どんな悪口を言われるかわからない。
――――我慢よ、我慢。園遊会が終わるまで。
花を見るフリをしながら、エリザベスはじっと耐えていた。
「顔、怖い……」
「何か悪だくみしているのかしら?」
先ほどと違う令嬢達が、やはり通り過ぎながら呟くのが聞こえてくる。
――――これは至って真面目な表情だから! あと悪口は、聞こえないところでやってくれない?
心の中でだけ文句を言うと、エリザベスは歩き出した。
同じ場所に立っていると、あそこに何か埋めてあるんじゃないかと言われてしまうからだ。
――――私はミステリーのわかりやすい犯人じゃないっての!
「……」
考えごとをしながら歩いていたせいで、気づけばエリザベスは王宮の入り口まで来ていた。
中には今、ロゼッタがいるはずだった。
すでに王女として迎えられ、皆が彼女を中心に動いている。
エリザベスとて、例外ではない。
いずれ、ロゼッタに――――。
「…………」
つい王宮をじっと見てしまっていたらしい。
気づけば、入り口に立つ兵にエリザベスは睨まれていた。
背の高い強面の騎士で、珍しい赤茶色の髪の毛をしている。
――――な、なによ。頼まれたってロゼッタのところになんて行かないってば!
「…………」
無言で抗議したけれど、さらに騎士の顔は険しくなる。
エリザベスをこれでもかと威嚇してきた。
悪役令嬢である自分の顔も、なかなかの威圧感があるけれど、この騎士も負けていない。
眉間に皺を寄せた顔で睨まれたら、大抵の人は逃げ出すだろう。
――――ま、負けませんわ。
「…………」
ここで逃げたら悪い噂を自分で認めてしまうことになる。
何も悪いことはしていないのだからと、エリザベスは胸を張って、騎士の睨みを受け止めた。
何分間、にらめっこをしていただろうか。
すると辺りが急に騒がしくなった。
「いらっしゃるみたい」
「ロゼッタ王女をやっとこの目で見られるのね」
どうやらロゼッタが出てくるらしい。
一目見ようと、王宮の入り口にさっそく人が集まり始めている。
――――これでお役御免。
癪だけれど園遊会にロゼッタが現れれば、皆の注目はエリザベスから彼女に移る。
こっそりいなくなっても、誰にも気づかれない。
「ふぅぅ……」
エリザベスは大きく息を吐くと、存在感を消すために全身の力を抜いた。
なるべく感情を抱かずに、ゆっくりと動きつつ、これがなかなか難しいのだけれど、会得しているエリザベスは王宮の入り口から離れていく。
そこでふと、さっきまでにらめっこをしていた騎士のことを思い出した。
「…………ひっ」
振り返ると、彼はしっかりこっちを見ている。
存在を消していたはずなのに、めざとい。
――――いや、帰りますってば! それに決して、貴方に負けたわけではないからね!
目だけで文句を言うと、今度こそ園遊会からエリザベスは一人抜け出した。
「いつもの通りお願いね」
帰りの公爵家の馬車に座るエリザベスは、御者へ半銀貨を手渡した。
「畏まりました、お嬢様。遠回りすればよろしいのですね?」
御者の確認に頷く。
嫌なことがあると、エリザベスは度々わざと遠回りして帰っていた。
令嬢は社交界の場ぐらいしか屋敷の外には出られない。
それは、格式の高い家になればなるほどに厳しくなる。
公爵令嬢といえば、供の者と外へ買い物に出ることもできない。
だから、馬車の中からだけでも外の世界を眺めるのは、気晴らしになっていた。
本当は外に出て、思い切り走ったり、買い食いしたいところだけれど、そんなことをすれば、それこそ二度と家から出られなくなってしまうだろう。
「……市があるわ」
「ええ、そのようですね」
しばらくして入った町は、ちょうど市が開かれていた。
大きな町なら数日ごとに開かれるけれど、遠回りして寄るような町は週に一度ぐらいで、頻繁には見られない。
「わぁ……」
エリザベスは目を輝かせて見つめた。
よく分からないガラクタから、国外の奇妙な物まで、色々な物が並んでいる。
「ねえ、お願いがあるのだ――――」
「駄目です。馬車から出して何かあったら、クビになってしまいます」
言い終わる前に却下されてしまう。
けれど、簡単に引き下がるつもりはない。
「少しだけ、馬車から見える範囲しか行きませんから! お願い!」
そういいながら、今度はさっきの倍の銀貨を御者に手渡した。
「……いいでしょう。約束は守ってくださいね」
しぶしぶといった様子で御者は許可してくれた。
馬車が道の脇に止まり、エリザベスを降ろしてくれる。
「ありがとう。すぐ戻るわ」
「私から見える範囲でお願いしますね」
御者が念を押すなか、エリザベスは馬車を離れ、すでに目をつけていた露店の一つへ向かった。
「いらっしゃい、貴族のお嬢さん、ゆっくり見ていってくれよ」
悪役顔のエリザベスに臆することなく、店主が愛想良く挨拶してくる。
商魂たくましい。
エリザベスは頷くと、さっそく品定めを始めた。
――――壊れかけのコップに、傷だらけのペンダント、動かない懐中時計、装飾のない銅の指輪……本当にガラクタばかり。
品物を見ながら、エリザベスはくすりと笑った。
そこはいわゆる何でも売る店で、駄菓子屋のようで懐かしくもある。
前世がイベントプランナーだったこともあり、こういった雰囲気は好きだ。
「あっ……」
そんな中で、輝く物を見つけてエリザベスは手に取った。
キラキラと輝くガラス細工の髪飾り。
宝石もない三色のガラス玉がついているだけの装飾品だけれど、とても気に入った。見た目は安っぽいけれど、どこか和風に思えたからだ。
「そいつは大陸で名を馳せた、かの有名なガラス職人が作った髪飾りで――――」
「買います。これで足りますか?」
店主が嘘のうんちくを語り出したところで、エリザベスは金貨一枚を手渡す。
「金貨!? 十分すぎ……いや、いやいやいや、お嬢さんだから特別に値引きしてその金額だ、まいど!」
「ありがとうございます」
大金に焦りながらも虚勢を張る店主に、微笑みながら礼を言うと馬車に戻る。
「もういいのですか?」
「ええ、良い物を買えたから十分。馬車を出してください」
御者はもう少し見逃してくれるつもりだったようだけれど、エリザベスは出発を促した。
車内で買った髪飾りを取り出す。
――――うん、良い物が買えたわ。
園遊会での嫌な気持ちが、少しは晴れた気がする。
こっそり露店で気に入った物を買う。
それが悪役令嬢の唯一の息抜き。これで充分。
その後、髪飾りは何度も使用人に見つかって、公爵令嬢にふさわしくないと捨てられそうになったけれど、あの手この手を使ってこれだけは取り戻した。
※※※
「せっかくだから、つけてみようかな」
このまましまっておくのは、忍びない気がした。
エリザベスは片付けを終えると、私服のワンピースに着替え、髪飾りをつけてみる。
――――あとは特にしなくちゃいけないこともないし、子供達と遊ぼっ!
私室を飛び出すと庭に向かう。
子供達はエリザベスが作った木のボールを蹴り合っていた。
「私も入れてー!」
「えー! エリザベス、大人のくせに弱いんだもん」
さっそくトニが反応して、口を尖らせる。
「言ったな! 後悔させてやるー!」
「できるもんならな!」
ふんと腕を組んで、勝つ気満々だ。
「ぼ、ぼくもへたっぴだから大丈夫だよ」
「ありがとう」
優しいマートの頭を撫でる。
「あっ! シスターエリザベス、髪飾りつけてる!」
フェルシーがエリザベスの髪を指差して声を上げる。
「とってもきれい、いいなぁ」
「すっげー、キラキラしてる」
「えっへん、大人の女ですから」
今度はエリザベスが腕を組んで、フェルシーから羨望のまなざしを受ける。
「ねぇねぇ、騎士さまもきれいだとおもう?」
フェルシーが呼び掛けた先には、レオニードがいた。
どうやら今日子供達と最初に遊んでくれていたのは、彼だったらしい。
こんなに強面で、無表情なのに、子供達はなぜか懐いているから不思議。
「あぁ、綺麗だ……」
「団長、みとれてる。ひゅーひゅー、もしかしてほれちゃった?」
「レオさま、おかおがあかいよ?」
ぼそりとレオニードが漏らした感想に子供達がはしゃぐ。
「お、大人の女だからね」
レオニードからの視線はちょっと恥ずかしいけれど、悪い気はしない。
子供に言わされているような“綺麗だ……”でも、充分にお世辞は受け取った。
何よりも、公爵令嬢だった時とは違い、ここでは好きな物を身につけて、好きな物を食べて、好きなように暮らせる。
誰にも、自由を取り上げられることはない。
好きなものを好きだと言える。
「じゃあ、私からね! シスターシュ――――ト!」
「勝手に蹴り始めるな! しかも変な名前つけてるし、だっせ、だっせ」
「まってよ、シスターエリザベス」
「いつまでもかたまってないでとめてー、レオさまー」
「あ、ああ……」
ないものを言い出したら切りがないけれど、自由だけはここにある。
★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。
【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】
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