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043_毒薔薇

 エリザベスは、朝食もほどほどに、迎えに来てくれた庭師と一緒にクローレラス伯爵の屋敷へ向かった。


「よーし、ばっさばっさ切りますか!」


 手足を伸ばして、準備運動をすると気合いを入れる。

 エリザベスは、シスター服の上からエプロンをつけて、日よけ用のつばの大きな帽子に、革の手袋もして、完全装備だ。

 手には真鍮の剪定ばさみと、切ったものを入れる大きなザルも用意してある。


 ――――バッチリ形から入る性格ですから!


「……エリザベス嬢、ほどほどに頼むよ。丸坊主にはしないで欲しいな」


 クリストハルトが屋敷から出てきて、元気いっぱいのエリザベスを心配そうに見つめていた。

 隣には執事のダニエルの姿もある。


「心配しないでください、クローレラス伯爵。こう見えても教会の庭仕事は私が担当なので」


 貴族の庭園とは違い、菜園が中心で、あとは落ち葉掃除がほとんどだけれど……それは黙っておこう。


「庭師もおりますし、大丈夫でしょう」


 ダニエルがさりげなくフォローしてくれる。

 さすがダンディが服を着ているような執事さん。


「そうなんだけど、エリザベス嬢はとんでもないことをよくするからなぁ」

「……そうですか?」


 思い当たる節がありすぎるけれど、しらばっくれる。


「頼むよ、一応伯爵家の庭なんだから」

「任せて置いてください」


 胸をバンと叩く。

 クリストハルトはまだ不安そうだったけれど、彼も忙しいのかエリザベスに背を向ける。


「あっ、ダニエルさん! 剪定した花、持って帰ってよいでしょうか?」


 後に続こうとするダニエルをエリザベスは呼び止めた。


「もちろんでございます。教会に飾るのですか?」

「村中に配ろうと思って。きっと皆、喜びます」

「それはそれは、素晴らしい考えでございます。どうぞ、どうぞ」


 ダニエルが笑顔で了承してくれた。

 花は、食べても美味しくないし、お腹も膨れないけれど、生活を潤してくれる。

 日々、仕事に追われる村の人達なら、尚のこと。

 ガラスの花瓶がなくてもいい。

 コップに花が一輪指してあるだけでも、その場は華やぐもの。

 生活にちょっとした余裕をくれて、癒やしてくれる。


 ――――さあ、ぱっぱやらないと!


 庭師の人から事前に作業の概要と分担を説明されていたので、エリザベスはさっそく作業に取りかかる。


「ふっふふん……」


 鼻歌を歌いながら、咲き終わっている薔薇の花を茎から剪定ばさみで落としてく。

 取ったものは優しくザルへ。


 ――――手を動かすのは気が紛れて、前向きになれる。


 どんなに怒っていても、どんなに悲しんでいても、どんなに悩んでいても。

 太陽の下で身体を動かしていると、頭がすっきりとしていく。

 思わぬ解決法を思いついたりもする。

 それは前世から変わらない。


「公爵令嬢の時は、絶対にやらせてもらえなかったなー」


 作業しながら呟く。

 貴族令嬢は、あれは駄目、これも駄目。

 こんな風に身体を動かすことも、隠れてやらないとできなかった。


 ――――もちろん、こっそり色々やったりしてたけど。


 誰の目も気にせず、自由に何でもできることは、エリザベスにとって最高の贅沢だった。

 しかも、それが誰かに感謝されることさえあるのだ。

 公爵令嬢の時は、非難されてばかりで、感謝されたり、喜ばれたりしたことなんてなかったから。


 ――――ううん、そういえば――――。


 ある記憶を引っ張り出そうとした時、ちょうど咲き頃を過ぎた直後の薔薇を見つける。

 パチンと剪定して、咲き終わった薔薇を入れるのとは別のザルへ丁寧に置く。

 中には水を張った小さなコップが入っている。


「これもまだ飾れる、かな」


 テキパキとエリザベスは剪定していく。

 剪定基準は三日後に咲いているか、どうか。

 理由は、その日に村で花の品評会があるからだった。

 伯爵家の庭園がそのイベント会場となっているので、三日後に萎んでしまう薔薇は今からカットしておかなければいけない。

 これを一人でやるのは一苦労なので、手伝いを申し出ると庭師はとても喜んでくれた。


 ――――そういえば、フォンティーニ公爵家でも、庭師が忙しそうに手入れしてたっけ。


 勘当された実家のことを思い出す。

 そして、幼い時にこっそり両親や教育係の目を盗んで手伝っていたことも。


「あっ、同じこと考えてる」


 庭の片隅にこっそり置かれたバケツを見つけ、思わず微笑む。

 きっと庭師も、まだ咲いている花を捨ててしまうのはしのびないのだろう。

 薔薇は剪定しても、花瓶に差しておけば、水を吸ってきりっと咲く。

 忘れていた。

 エリザベスは、生き生きとして、強く咲く薔薇が好きだった。


 ――――思い出すな、昔のこと。


 あれは、まだ悪役令嬢の運命にあらがえると思っていた子供の時。

 大好きな薔薇の中でも朝摘みの見事なものを選んで、王宮へイメージアップのために出掛けたことがあった。




※※※




 それは十数年前、エリザベスに転生して間もない頃のモワーズ王国。

 王宮の庭では、母ゾフィアと貴族夫人六人ほどが、お茶会をしていた。


「噂では、借金をしてまわっているとか」

「まあ、お可哀想」


 一人の貴族夫人の話を、さも大げさにゾフィアが答えた。

 それに続いて、他の夫人達も反応する。

 夫人の中であっても当然、爵位による暗黙の序列があって、公爵夫人である母は、お茶会ではいつも中心的な存在だった。


 一方、五歳のエリザベスは、同じぐらいの年の子供が無邪気に乳母やメイドと騒いで遊んでいる中、薔薇を手に庭をのんびりと鑑賞していた。

 いや、正確には大人しくするフリをしていた。


 ――――お茶会でも静かに空気の読める、自慢の娘。


 周りの子供との違いを演出して、ふふんと上機嫌。

 そして、会話が途切れた頃合いを見て可憐さを装いつつ、トトッと夫人達にエリザベスは近づいた。


「綺麗な奥さま、お花をどうぞ。エリザベスの庭で咲いたのよ」

「まあ、ありがとう。いい子ね」


 悪い子ではないってことを、今から根回しのつもりだった。

 他の夫人達にも薔薇を手渡ししていく。


「どうじょ、お花が似合いますわ」

「…………」


 すると、ふいに一人の夫人が黙った。

 視線が庭の方を見ている。

 その時のエリザベスは、その夫人の子供が何かやらかしたのを見ていた、のだと思った。


「まさか……庭にあるものを……」

「手折ったのかしら?」


 困ったように夫人達がひそひそとなにやら話していた。

 すると、それに気づいた母が青ざめた。

 

「おほほほ……」

 ゾフィア、誤魔化すように高笑いすると周りはひそひそ話を止める。

 エリザベスは、大人達の勘違いに気づかず、自慢の薔薇を配り終えると上機嫌で去って行った。

 王宮の薔薇と偶然同じ色と形だったのは、後で知ったこと。

 薔薇に関する失敗は他にも。




※※※




 同じ五歳の時、騎士達が訓練をする王宮の前庭でのこと――――。


「やっ」

「はーっ!」


 十代の貴族の男性が八人ほど、木剣で稽古していた。


「ふぅ、一回、休憩にしよう」

「りょうかい」


 その中の二人が疲れ果てて、芝生の上に転がる。

 遠目に見ていたエリザベスはチャンスとばかりに、トコトコと近づいた。


 ――――ここにいる貴族の誰かが将来、騎士団に入るかも。


 今から応援して、悪い令嬢でないと印象づけようとした。


「どうじょ」


 ――――将来、私の味方になってください!


 心を込めて、薔薇を渡す。


「こ……これは、美しい小さな淑女、ありがとう――――ぐっ」


 受け取るなり、そのうちの一人が指を押さえて倒れ込む。


「毒針か……毒花レディ……ガクッ」

「えっ……」


 慌てて薔薇を確認する。


 ――――ヤバっ! 棘取ってないのも混ざってた。


 効果は抜群だったらしい。

 薔薇の棘程度で倒れるなんて、将来有望とは思えないからいいけれど。

 思わず、大人ばりのため息をついてしまう。


「やぁ――――っ!」


 その時、エリザベスは遠くから気合いの入った声を聞いた。


 ――――あっちのほうにもいるみたい。


 しかも声からして強そう。有望に違いない。

 エリザベスはトコトコと、広い前庭を声のする方へ歩いて行く。

 辿るのは難しくなかった。

 道すがらにその声の人に稽古で打ちのめされただろう貴族が、点々と倒れていたから。


「だから、あいつとやるの嫌だったんだよ……」

「容赦なさすぎだろ。稽古だってのに、本気でさ」

「ほんと、良く付き合えるよ」


 将来期待できない生きる屍の貴族達の先には、二人の男が木剣で打ち合っていた。


 一人は大柄で、赤みがかった短い黒髪に、琥珀色の瞳の男性。

 顔がちょっと怖い。

 もう一人は長めの金髪に青い瞳の男性で、整っているけれど、幼い顔立ち。

 二人とも十五、六歳ぐらいだろうか


「うおおおっ!」

「はぁっっ!」


 エリザベスでもわかるぐらいに、二人は本気だった。

 気合いが見ている方にもビンビン伝わってくる。

 これでは真面目でない人が呆れて当然。

 真面目過ぎて、空気が読めなすぎる。


 ――――けれど、二人とも将来性抜群そう。


「次は本気で打ち込む、いくぞ!」

「えっ! 今までの手加減!? 待っ……うわあああっ!」


 大柄な人の容赦ない剣が、金髪の男性に襲いかかる。

 何とか反応して受け止めたけれど、そのまま吹っとんだ。


 ――――うわぁぁ、人が飛ぶの初めてみた……。


 ちょっとした感動を覚える。

 吹き飛ばされた男性は、ばっちり倒れていて動かない。


 ――――死体を見るのも初めてってことにならないといいけれど……。


「……終わりか」


 大柄な男性はそう呟くと、スタスタと井戸に向かっていった。

 エリザベスは倒れている人を恐る恐る観察する。


 ――――微かに胸が上下している。大丈夫そう。


 エリザベスは、ホッと胸をなで下ろすと、より有望な方の男性を追った。

 彼は井戸で水を頭から被っている。

 トコトコと近づくと、今度こそ棘のない薔薇を差し出した。


「未来の騎士様、お花をどうぞ」

「はっ?」


 怖い顔でレオニードが振り返る。


 ――――うんうん。心は大人な私でも、思わずビビる顔。


 騎士としてはその方が強く見えそう。

 実際に人を吹き飛ばすぐらいの力の持ち主だし。

 エリザベスは、恐れずにニッコリと微笑んだ。


「強い騎士様になってくださいね」

「あ、ああ……」


 大柄な男性は、戸惑いながらも薔薇を受け取ってくれた。




※※※




 ――――そう、あの時の彼……。


 エリザベスがしたことを喜んでくれた、気がする。

 非難ばかり、失敗ばかりの中で、数少ない記憶。

 とはいって、無愛想すぎて表情は読み取れないので、何の確証もないけれど。


 ――――無愛想? 騎士? 誰かそんな人が近くに……それこそ気のせいね。

★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。


【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】

https://book1.adouzi.eu.org/n7332gw/

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