039_知らない枷
エリザベスは、婚約者となるはずだったミッシェルに手を掴まれ、ピンチに陥っていた。
パゾリーノ子爵家の舞踏会で出会ってしまうなんて――――。
――――ここはひとまず……。
取られていない方の手を口元に当てると、悪役令嬢風の高笑いポーズを取る。
――――笑ってごまかすしかない!
「オーッホホホっ!」
幼少からなぜか上手すぎた、二百メートル先まで響く高笑い。
誰も無視できない悪役令嬢の初期特殊スキルは、シスターとなった今も健在。
さすがの無敵王子ミッシェルも呆気にとられている。
――――さあ、今のうちに考えて!
エリザベスはふっと目を閉じて、思案した。
ここを無難に切り抜ける方法は、かなりの高難易度。
ミッシェル王子に恥をかかせず。
パゾリーノ子爵の舞踏会の雰囲気を壊さないように。
そして……付き人<シャペロン>としてもシャルロッテとロクサーヌを導かなくてはならない。
「……ふぅ」
高笑いを終えて一息つくと、エリザベスは覚悟を決めて目を開いた。
――――デキる令嬢風でいきますわよ。
「あら、捕まってしまいましたわ」
言いながらも、ミッシェルの手からするりと逃れる。
「ミッシェル王子は相変わらず、すべての人へお優しいのですね。昔に少し会ったきりの私を覚えていてくださるなんて。私もお目にかかれて嬉しいですわ」
「当然だよ、エリザベス。今夜はきみがこの舞踏会に来るって聞きつけたから、お母さまに我が儘を言って、出席させてもらったんだ」
ミッシェルの笑みがヤンデレから屈託のない笑みに戻る。
――――よし、ヤンデレルート回避成功!
ミッシェルは心底ピュアで、ルートによってはヤンデレ堕ちするだけ。
本当は、空気の読める外見ばっちりの王子様。
変な刺激をしなければ、無害なもの。
――――ピュアミッシェルのうちに次の手を……。
「シャルロッテ! ロクサーヌ!」
エリザベスはすぐ側にいたシャルロッテとロクサーヌを、ぐいっと引き寄せた。
「きゃっ……」
「な、なによ!」
いつもとは違う凄まじい力で引き寄せられて、当然、二人とも困惑する。
けれど、そこはどちらも貴族令嬢で、すぐに王子の前だとわかり、すぐに貴族の微笑みを作る。
「とても残念ですが、私がここへ来たのは、ただのなりゆきですわ。こちらのレディ二人の付き人<シャペロン>として、お仕事中<、、、、>ですの」
シャルロッテとロクサーヌの腰を押して、ずいっとミッシェルの前へ出す。
「…………」
一瞬、ぽかんとするミッシェルだったけれど、そこはハイスペック王子。
すぐに意味を察して、二人の令嬢に恥をかかせないように、いつもの笑顔になる。
「これは、これは、美しいレディ達だ。僕はミッシェル・リマイザ。晴れた日の穏やかな海原のようなドレスのご令嬢、お名前は?」
まずは、ミッシェルがロクサーヌの手を取る。
いつも動じない彼女も、王子の規格外の魅力に頬を染めた。
「スラフ伯爵家の三女、ロクサーヌと申します」
「よろしく、レディ・ロクサーヌ」
彼は優雅な動きで、あくまでも自然に彼女の手の甲へ軽く口づけした。
「そして、果実のように愛らしいレディのお名前は?」
自信を得てすっかり堂々としていたシャルロッテも、ミッシェルに手を取られ、照れている。
「ドリーナ男爵家の長女、シャルロッテですわ」
「よろしく、レディ・シャルロッテ」
――――うーん、どっちも可愛いっ!
年下同士の挨拶に、エリザベスは思わず目を細めた。
そして、心の中でガッツポーズ。
――――これで二人いっぺんにミッション完了!
超高貴な王子様とつなぎを持ったということで、文句の付けどころのない娘の成果に、二人の親は鼻高々で、自慢できることだろう。
「おおっ、王子とお知り合いに……我が娘もここへ」
「他の会場に行っている娘を急ぎ呼んでこないと」
証明するかのように、周りの貴族達はざわついた。
――――で、そろそろ頃合いかな?
「あっ!」
わざとらしく何かに気づいたフリをする。
「どうしたんだい?」
「身分のない私などにかまってくださっては、他の皆様に申し訳ありませんわ」
「そんなことは……」
否定しながらも、体面を気にするミッシェルは言いよどむ。
はっきりと否定できない性格なのは、把握済み
エリザベスは畳み掛けた。
「今夜はお声かけ嬉しかったです。ごきげんよう、お幸せに<、、、、>ミッシェル王子」
シャルロッテとロクサーヌを従えて、エリザベスは王子を取り巻く人の間をすり抜ける。
途端に我先にとミッシェルへ貴族達が集まってきた。
「ミッシェル王子、自慢の娘を紹介させてください!」
「あのっ、王子、シャルロッテさんの友人をしております――――」
「わたくし、今までエリザベスさんとご一緒しておりましたの!」
王子登場に、シャルロッテと和解した二人の令嬢も興奮して突撃している。
――――うんうん、頑張ってミッシェルを足止めして。
少し離れた大きな柱の陰で見守りながら、エリザベスは勝利を噛みしめた。
――――よし、高難易度クエストと窮地からの脱出成功!
「どうしたのです、エリザベスさん? 拳を上に突きだして」
「あっ、いえ、これは思わずで、気にしないで」
――――ついつい少年漫画の主人公っぽいポーズを……反省、反省。
さすがにロクサーヌに突っ込まれるも、シャルロッテの方は興奮して気にしていないようだった。
「エリザベス、王子様と知り合いなんてすごい。わたし、お母さまに、もしかしなくても褒められちゃう」
「素敵な王子様でしたね。王族の方とお話しできるなんて、一生の思い出になりました」
ロクサーヌの方も喜んでくれている。
――――私は、一生のトラウマになりそうだけどね。
柱に手をかけて、今度はふーっと安堵の息を吐く。
ミッシェルとの婚約を回避したと思ったら、まさか、こんなところで戻ってくるなんて、思いもしなかった。
今思うと、リマイザ王国に追放されたのだから、可能性ぐらいは考えておくべきだったけれど。
――――ともあれ、乗り切っ――――。
「……えっ? ミッシェル王子!?」
いつの間にか、柱の下には膝を曲げて座るミッシェル王子がいて、エリザベスを見上げていた。
「エリザベス、見ーつけた。もう子供の時とは違ってかくれんぼでは負けないよ」
「えええっ!?」
貴族がまだ集まっているフロアとミッシェルを交互に見る。
あの押し寄せる貴族の波から簡単に逃げられるなんて。
「ぼくを撒こうとするなんてひどいよ、エリザベス」
ミッシェルが頬を少し膨らませ、愛らしく文句を言う。
「そっ、そんなつもりでは……あの、ご挨拶とかは……?」
「何人かと話して、一緒に来た公爵家の次男を見つけて代わってもらった」
「あの人混みからですか?」
エリザベスの疑問に、ミッシェルは貴族の股下をくぐって逃げてきた、とジェスチャーする。
彼は男性にしては小さい方だけど、そんな芸当、普通にできるとは思えない。
「ぼく、エリザベスともっと確かめ合わないといけないことがあると思うんだ」
「あっ、あったかなー?」
ミッシェルの押しに、エリザベスはあさっての方向を見てしらばっくれた。
「きみは逃げ足が速そうだから……そうだ! 踊りながら話そう。さあ!」
ミッシェルが再び手を伸ばしてくる。
「ぶっ、分不相応です……! 私はただの付き人で……」
断ろうとするも、王子からの誘いに強くは言えない。
「ねえねえ、きみ達の付き人<シャペロン>、一曲借りるよ?」
「ど、どうぞ」
「このような方でよろしければ、幾らでも」
ロクサーヌとシャルロッテに向かって、ミッシェルがそういうと、二人ともぽーっとなってコクコクと頷いた。
――――裏切りものー!
悪知恵だけは働く天使に、高速の寄せをされて、エリザベスは回避できなかった。
「……では、一曲だけ」
「ありがとう」
ミッシェルがエリザベスの手を取り、軽く膝を曲げてダンスの前の挨拶をする。
エスコートされ、会場の中央に連れて行かれてしまった。
逃げ道も隠れる場所も塞がれてしまう。
――――王族のこの手を振り払うのはさすがに……。
ここでエリザベスの評判が悪くなるのは、シャルロッテやロクサーヌにも影響してしまう。
「会いたくて、会いたくて、来てよかった」
ミッシェルが上機嫌に手を引いて歩く。
「っ、私は…………」
――――追放までの知人とは、できれば誰とも会いたくなかった。
エリザベスはシャンデリアを見上げた。
シャルロッテのために、社交界へ出てきたわけだけれど……。
本当は貴族となんてかかわりたくない。
――――婚約破棄とか、攻略対象とか、忘れたい……知らない枷は、正直、もう……うんざり。
今までの強気がどこへ行ったのか、胸に悲しみが溢れてきてしまう。
――――追放エンドを回避しようと、悪役令嬢のしがらみを解こうと、何度も何度も試みたのに。
回避不能な筋書きは、本人にとっては絶望しかない。
――――私は全部終わってこの国で自由に暮らしたい、誰か解放して!
エリザベスは、ぎゅっと目を瞑り、心の中で叫んだ。
助けて――――と。
★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。
【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】
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