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037_家の事情はどこも似たようなもの

 思わず会場で声を上げてしまった三人は、旧友の再会ということでわざとらしく誤魔化し、そそくさと中庭へと移動した。

 もちろん、ロクサーヌから詳しい話を聞くため。

 ライトアップされた庭園の道を通り、三人は東屋を見つけると、そこに置かれていたベンチへ腰掛けた。


 ――――しかし……レアなもの見ちゃった。


 エリザベスは、いつもと違うロクサーヌの姿をまじまじと見直した。


 ドレスは水色と青の格子縞。

 すらりとした彼女の身体を無理に華やかにしているのは、お尻部分を膨らませたバッスルである。

 家族や親戚からの借り物のドレスを手直ししたような、ここリマイザ王国ではあまりみない流行ではない作り。

 けれど、それが佇むロクサーヌに更なる高潔さを与えていた。

 長い手袋に、真珠のネックレスとイヤリング。

 印象的に切りそろえたサラサラの横の髪だけ下ろし、その上にビジューの薔薇刺繍が施された艶やかな布が巻かれ、アップにされた髪形。

 舞踏会という場になじむように、頭上には自然な付け毛。

 髪と同じ色に巻き毛でボリュームが出ていたので、一瞬誰かわからなかった。


「黙っていてごめんなさい。私は没落しかかったスラフ伯爵の娘です」


 最初に話を切り出したのは、ロクサーヌだった。


「別に謝る必要ないんじゃない。一緒に暮らしながら、訳アリっぽいのは薄々感じてたし」

「そうなのですか!? 気づかれないようにしていたつもりでしたが……」


 ――――いや、話し方や雰囲気でバレバレだったから。


 わりとこの手のことは、本人はわかっていないものなのだろう。

 エリザベスは横に座るシャルロッテの表情をそっと伺った。

 ロクサーヌが伯爵令嬢とわかって、少し距離を取ってしまわないかと思ったのだけれど……。


「シスターの裏の顔は伯爵令嬢!? 密偵? それとも……嫌な結婚相手から逃げてきたとか!?」

「そんなたいそうな話ではありません」


 ぴしゃりとロクサーヌが否定する。

 シャルロッテへの心配は必要なかったみたい。

 いつもの距離感に戻っている。

 身近にいる元公爵令嬢のエリザベスがこんなだから、身分差ではあまり動じなくなったのかもしれない。

 それに、シャルロッテが自信を持ち始めた証拠とも言える。


「私は三女で、結婚したばかりの長女夫妻と次女がそれぞれ別の舞踏会に行くことになって、ここが同時開催なので駆り出されただけです」

「「…………」」


 ロクサーヌの事情を聞いて、エリザベスとシャルロッテは顔を見合わせた。

 そして、げんなりとして、同時に大きくため息をつく。


 ――――どこの家も大変だ……。


 シャルロッテの家の事情とほぼ同じだった。

 舞踏会が三カ所同時開催となれば、存続に必死な家は選ぶことなんてできないわけで。

 こうやって、辺境に追いやられた令嬢や元令嬢がかり出されることになる。


 ――――まったく、本人からしたら良い迷惑よね。


「どうかされました?」


 エリザベスとシャルロッテの表情に、ロクサーヌが首を傾げて尋ねる。


「いいえ……こっちも似たような事情だったから」

「そういえば、シャルロッテさんはドリーナ男爵家のご令嬢でしたものね。それでエリザベスさんが助力を」


 エリザベスの一言で、事情を察したらしい。

 三人とも苦笑い。


「この後はどうするの?」

「……? 踊る相手はいないと思いますが、帰るわけにはいかないので、最後まで壁際で見ているつもりです。わたくしのことはおきになさらず」


 家の命令に逆らえない、逆らう気なんて毛頭無いって点も、シャルロッテと同じみたい。


「そっちじゃなくて、舞踏会の後のこと」

「無論、すぐに戻ります」

「よかった。帰省したまま教会に戻ってこなかったらと思って」


 ロクサーヌが即答する。


「ありえません。次女がまだ嫁いでいませんから。それまでは、修道院貞淑説を守らないと……」


 ――――修道院貞淑説?


 知識としては持っていたけれど、そんな考えがまだこの国にもあるとは夢にも思わなかった。


「なにそれ?」


 知らなかったらしいシャルロッテが、興味津々に聞いてくる。

 コホンと咳払いをしながら、エリザベスは解説した。


「令嬢を教会に入れて、シスターにしておけば、万が一の間違いも起きていない、という証拠になるわけ。最近は聞かない、わりと古い慣習です」

「万が一の間違い?」


 興味があるお年頃のシャルロッテにそれとなく分からせるの、中々に難しい。


「男子禁制の厳しい環境で、理想のお嫁さんに育っていますよって、結婚相手への売り文句の一つになるらしいのほんと、ばかばかしいけど」


 前世でいえば、時代錯誤も甚だしい。

 けれど、この世界の貴族社会では、普通にまかり通ってしまう。

 男達は妾や、一夜の恋人、使用人へのお手つきをよく聞くくせに。

 貴族の家からしたら、管理すべきは女性よりも男性の方だと思う。

 それこそ不倫だと、家を傾かせることにもなりかねないし。


「つまり、教会に入れておくと、絶対処女ですよってことよね?」

「そ、そうね」


 ――――この子、ぼかそうとしたことをずばっと言いましたね。


 言葉の嗜みを教えるべきだったと、先生としては猛反省。


「んー、ノルティア教会は結構な殿方いるんじゃ……」


 シャルロッテに言われ、エリザベスは教会での男性陣の顔を順番に思い浮かべた。


 神父様……人畜無害だから、ノーカウント!

 クローレラス伯爵……見回りだし、領主だから大丈夫。

 一応、ダニエルさん……領主の執事で、お供だから除外。

 レオニード……アウト! 誰が何と言おうとアウト! ストーカー男子だし。


 結果、たしかに男性は多いけれど、まあ一人を除いてセーフだからおおむね問題なし、ということにしてもらえるかな……。


「ま、まあ……貴族は表面を取り繕いさえすれば、ツメが甘いから……」


 教会の現状を調べたりまではしないわけで。

 調べたら調べたで、レオニードに盗賊と間違われそうだけれど……。

 いや、すでに数人掴まっていそう。

 一人、自分の考えに頷く。


「そういえば……ロクサーヌの付き人は?」

「……あそこに」


 尋ねると、ロクサーヌが庭へと繋がる会場の入り口に視線を向けた。

 そこには参加者用の小さな休憩場所があり、幾つか並んだ椅子の一つには、うとうとする貴族のおばあさんが座っていた。


 どうやら、お酒が入っているみたい。

 思わず、エリザベスはやれやれとため息をついてしまった。

 やる気のない付き人の典型のような様子だ。


 ――――こうなれば……一人も二人もかわらないし!


「よーし、じゃあシャペロン<付き人>エリザベスが二人まとめて素敵な夜にしますか!」

「えっ……エリザベスさん!?」

「大丈夫。元公爵令嬢に任せておいて!」


 驚くロクサーヌと、目をいっぱいに開いてわくわくしているシャルロッテへ、エリザベスは男性のようにそれぞれ手を伸ばし、エスコートした。




※※※




 会場に戻ると壁際でさっそく作戦会議に入った。


「まずは目的の整理と共有をしましょう」


 首を傾げつつも、シャルロッテだけでなく、ロクサーヌも、大きく頷く。


「二人とも、舞踏会に出る意義は、そつのない振る舞いと家同士のつなぎですよね。そして、コネもダンスの約束もない」

「お恥ずかしながらありません」

「コネがあれば、エリザベスに頼んでないわ」


 二人が断言する。


「何でも人に頼っては駄目です。私が元公爵令嬢といっても、それはここリマイザ王国ではなく、隣国でのことなんだから」

「じゃあ、どうするのよ。突撃するの?」

「それは……さすがに……」


 シャルロッテが頬を膨らませて抗議して、その言葉にロクサーヌが嫌悪感を示す。

 さすがにそこまで放任主義でも、無鉄砲でもありません。


「挨拶が上手くいったなら、パゾリーノ夫妻に紹介してもらうのが自然なのだけど……今はお忙しそう」


 ちらりと見たパゾリーノ子爵夫妻は、ひっきりなしに挨拶を受けていた。

 夫妻は人が好さそうなので、待っていれば誰か紹介してもらえそうだけれど、ここはレディ二人のためにも、自分達で道を切り開いた方が良い。


「二人とも、本当に一欠けらも知り合いがいない? 話したことはなくても一度会ったことがあるぐらいの人、いるでしょう? 女の人でもおじいさんでも、出席者なら誰でもいいから」


 エリザベスの言葉に、二人は視線を下に向けて考え込んだ。

 やがてロクサーヌが先に口を開く。


「結婚式でお会いした、長女の友人が来ていると聞きました」

「そういえば、お父さまの仕事相手の人が来ているかも、庭で遊んでもらったから、顔知ってる」


 続いて、シャルロッテも数少ない知り合いを思い出す。


「どんなに細いつながりでも、頼りましょう。ガツガツ行っているわけじゃないの。暇なんだから、きっちりとご挨拶。こんな可愛らしい貴女達に礼儀正しく挨拶をされて、嫌な気分になる人はいないわ、あとはダンスの相手を紹介してくれるかは運」


 二人の腰をポンポンと叩く。


「なーに、それ。ちょっとやり手の家庭教師っぽい」

「えっ……ずっとそのつもりだったんだけど……」


 教え子の言葉に、思わず肩を落とすフリをする。

 シャルロッテの横にいるロクサーヌが小さく笑った。


「ふふふ、いつもの破天荒な貴女らしい。けれど、今はそれで勇気をもらえる気がします。行ってきます」


 微笑んだあとで、ロクサーヌは表情を引き締める。

 いつもの厳しい顔。

 向かおうとする彼女を止める。


「ロクサーヌ、気合い入れすぎ。笑顔、笑顔。シャルロッテも貴族令嬢の微笑みを忘れずにね」

「わ、わかりました」

「はーい!」


 二人を伴って、知り合いがいるだろう二階の雑談場所へ移動する。


「二人とも礼儀正しくね。挨拶だけで済ませるのではなく、何気ない世話話と、さりげない相手への褒め言葉も忘れずに――――」

「なんだと!?」


 二階への階段を上ろうとしたところで、エリザベスは聞こえてきた男の声に足を止めた。

★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。


【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】

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