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036_世界はわりと狭い

 会場の入り口でまずは主催者であるパゾリーノ子爵夫妻を探す。

 それらしき人物を見つけると、シャルロッテの背中を押して、挨拶を促した。


「パゾリーノ子爵、夫人。この度はご招待、感謝いたします」


 少し緊張しているけれど、強面のレオニードの練習台が良かったのだろう。

 シャルロッテは、挨拶の言葉をきちんと述べる。

 カーテシー、いわゆる淑女の挨拶もばっちり。


「ご丁寧にありがとう、可愛いドリーナ男爵令嬢」

「まあまあ。しばらく社交界で見なかったけれど……随分と綺麗になって。今日は来てくれてありがとう。楽しんでくれると嬉しいわ」

「もちろんです、パゾリーノ子爵夫人」


 シャルロッテが照れて顔をやや赤くしながら、微笑む。


 ――――うんうん、返答も百点満点よ!


 主催者や周りの反応も上々みたい。

 皆がシャルロッテの変わり様に驚きつつも、好意的な視線を向けている。


 ――――やっぱり可憐な方に寄せておいてよかった。


 シャルロッテの衣装選びは、迷いに迷ったけれど、最終的に淡い桃色のドレスにした。

 緑や黄色といった濃く鮮やかな色にしようかとも考えたけれど、一度このドレスを着たときに、彼女の顔がパッと輝いたのを見て、エリザベスの迷いは消し飛んだ。


 人は好きな色で顔が自然と明るくなる。


 高揚して少し染まったシャルロッテの頬よりも淡い桃色は、ガーゼドレスという清楚な生地ではあったけれど、襟ぐりは完ぺきなイブニングドレスとして開いていて、可憐なうなじとしなやかな首のカーブを見せている。

 ドレスの飾りは、細い桃色とクリーム色のリボンに、厚めの生成りのレースのみで、シャルロッテの胸元とドレスの裾を飾っていた。

 ボリュームをつけてアップにした髪には、ドレスと色味がおそろいのリボンが、こちらは中央に宝石粒をあしらった揺れる作りで、幾つも輝いている。

 手首までのシルクの手袋の縁取りは銀色の刺繍。

 あとは、派手な飾りは付けずに、花の形をした小ぶりのネックレスのみ。

 年齢を活かした清楚で可愛らしい仕上がり。


 一方のエリザベスは、群青色のドレスに身を包んでいた。

 襟ぐりの開きはそこそこで、鎖骨が見えている。

 その胸元から金色の刺繍が花開く、上品なつくり。

 袖には、肌触りのよい白のレース。

 膨らみがほどほどのドレスのスカート部分は、下から青緑色のシルクの布が重ねられていて、押し上げる作り。

 装飾具は少なめに、小粒のエメラルドのイヤリングがちりりと揺れる。

 ハーフアップにした髪は、多く編み込みされていて、ドレスと同じ生地のシルクの青緑色のリボンで留めていた。

 バネサの遊び心で、首の下へと下ろされた髪は、先がほんの少し巻かれて、舞踏会仕様である。


 一応、シャルロッテを立たせるために大人しく地味めに、と考えていたのだけれど、少し押し切られ、上品はいいけれど、それなりに華やかになってしまった感じ。


 ――――それにしても……。


 エリザベスは挨拶をするシャルロッテから目を離して、考え深く会場を見回した。


 三階部分まである高い天井と、思わず見上げる見事な幾何学模様。

 夜だというのに昼間のような明るさを作り出す多くのシャンデリアと、それを増幅させる鏡。

 中央奥には赤い絨毯を敷かれた大きな階段があって、二階部分は雑談をする空間があり、すでに大勢の貴族が雑談している。

 一階部分の大きな窓は開け放たれ、庭にもカンテラなどで花々をライトアップしている演出も中々のもの。

 どれもセンスが良く、目を引くけれど、やり過ぎではなく、嫌みがない。


 ――――懐かしい貴族社会……。


 貴族の社交界の場といえば、晩餐会やお茶会、乗馬や競馬まで、色々とあるのだけれど、やはり舞踏会が一番の花。

 貴族社会の中に再び立っているという実感が湧く。


 ――――咲き誇る花、完璧によし!


 会場には、水盤や花瓶にある花がたっぷりと置かれている。

 良い香りと華やかさを演出するのに、花々は必須アイテム。

 稀に、成金貴族がこれ見よがしに絵画や彫刻を自慢しようと飾ったりするけれど、やはり舞踏会の主役は招待客で、新鮮な花の香りと自然の色合いが丁度良い。


 ――――飲み物よし、軽食よし。


 二階の雑談場所には、軽食のビュッフェが並んでいる。

 きちんと匂いの強すぎる料理は外しているようで、片手を空けて食べられるものが多い。

 グラスに注いだパンチをトレイに持った使用人の数も十分で合格点。

 もう少し壁際の料理に華やかさがあっても良いと思うけれど、小分けに出来る料理のバリエーションには限度があって中々難しいもの。


「シャンパンタワーは結婚式でやったから……チョコレートファウンテン!?」


 不意にエリザベスはひらめいて、呟いた。

 作りと原理はそう難しくないはずだから、動力部分だけ何とかすれば作れそう。

 また人力になりそうだけれど……。

 ノルティア村と教会で開発して貴族に売り込んだら、きっと人気になる。


 ――――あっ、心地好い音色。主張しすぎず、自然にこの場に溶け込んでいる。


 頭の中で新作料理を考えていたところで、音楽が聞こえてくる。

 会場の隅には楽団が配置されていて、演奏を始めたところだった。

 舞踏会前の練習曲を兼ねた、ゆっくりとした旋律が会場に響く。

 主張し過ぎず、けれど音はしっかりと響きつつ、テンポもぴったりで、もしかしたら名のある楽団なのかもしれない。


 ――――うーん……パゾリーノ子爵、なかなかやる。


 子爵家にしては、会場も料理も音楽も、すべてがハイレベル。

 リマイザ王国の舞踏会のレベルは知らないけれど、ここまで見事な舞踏会はそうないはず。


 ――――ここの舞踏会にこそ、有名な貴族が来そう。


 元公爵令嬢の勘がそう言っている。

 他に二カ所で同日に舞踏会が開かれていると聞いているけれど……。

 ぶつけられたのは、きっとこの会場だろう。

 それでも人が集まるのはパゾリーノ子爵の舞踏会。

 しがらみよりも、刺激のある、レベルの高い会場に行こうとする貴族は思ったよりも多いものだから。


「エリザベスっ、上手く挨拶できた」


 久しぶりに会場の観察を終えたところで、ちょうどシャルロッテが挨拶から戻ってきた。

 エリザベスの腕にぴったりくっついてくる。

 きっと緊張していたし、会場の雰囲気に当てられ、興奮もしているのかも。


「見てたわよー。偉い偉い」


 ――――最初だけね……ごめんなさい。


 心の中でだけ、ぺろっと舌を出す。


「最後はよそ見してた。付き人<シャペロン>なんだからしっかりしてよね」

「そ、そうだったかしら?」


 ふくれるシャルロッテに、エリザベスは微笑んだ。

 きちんと周りを見る余裕があるなんて、中々のもの。

 良いレッスン相手のたまものだろう。

 これならば大丈夫。もうシャルロッテは舞踏会で失敗したりしない。


 ――――あとは突き進むのみ!


「ふふっ、じゃあ、行きますか」

「う、うん」


 不敵な笑みを浮かべて、少し表情をこわばらせるシャルロッテの腰を少し押した。

 彼女の歩みに合わせて、エリザベスも舞踏会のフロアに入る。


 さっきまでは、入り口の挨拶で、肩慣らし。

 フロアに入ってからが、社交界の本番だ。

 コツ、コツと靴音を鳴らしながら、エリザベスはシャルロッテの隣でフロアに進み出た。

 きちんと教えたようにシャルロッテはすまし顔。

 エリザベスは、すっかり染みついている貴族っぽい、上から目線のキメ顔。


「あの方、誰?」

「男爵令嬢と……ええと」

「あの付き人、存在感ありすぎないか……誰だ?」


 途端に会場がざわつく。

 予想通り過ぎる反応。出席者への話題の提供はバッチリ。


「みんながエリザベスに興味津々だわ」

「違う。貴女と私の両方が興味を引いているのよ。貴女も見られてる。だから胸を張って、偉そうに」


 小声で話しかけてきたシャルロッテに答えると、ふふんとした顔をする。


 ――――上手、上手。良い令嬢っぷりだわ。


「……っ!」


 褒めた途端に、シャルロッテの頬がビクッと引きつった。

 何事かと視線の先を追うと……。


「うっ……あの二人、今回も会った」


 壁際に座っている令嬢二人が、こちらをチラチラ見ながらひそひそと話していた。


 ――――あれがシャルロッテのトラウマの令嬢ね。


 意地悪そうな子と、噂好きそうな子のいかにもな、虐め令嬢ペア。

 あの手の令嬢は実際には注目されない、主役になれないことへのやっかみがほとんどだから、無視するに限る。

 けれど、一度嫌な目にあったシャルロッテには難しいだろう。

 もちろん、エリザベスは対処法を考えてあった。


「シャルロッテ、笑って。貴族の微笑みを教えたでしょう?」


 周りから見えないように、ポンポンとシャルロッテの背中を叩く。

 それがスイッチになって、シャルロッテの曲がり始めていた背中がピンとなる。

 背筋が伸びて、胸が開いた。

 すかさず彼女だけに聞こえる声で囁く。


「貴女は元公爵令嬢に礼儀作法をたたき込まれた、選ばれた男爵令嬢よ。あんな人達が貴女に敵うわけないわ。上から見て差し上げなさい」


 すると、シャルロッテは唇の端を上げ始めた。

 そして、フッと上品な微笑みをトラウマの相手だった二人の令嬢に向ける。


「ひっ……」

「ひゃっ……」


 堂々としたシャルロッテの様子に、意地悪令嬢達がたじろぐ。

 悪口が得意でも、それは気が弱いからで、自分に視線が向くと弱いもの。


「そうそう、今日の貴女は無敵よ。私がついている」

「ふふん」


 最後の一押しをすると、もうシャルロッテは二人のことを気にしなくなった。

 真っ直ぐに前を向いて歩き続ける。


 エリザベスがシャルロッテのために考えたトラウマの解決法は、簡単なイメージトレーニングと反射行動。

 背中を叩くと反射的に背筋が伸びて、令嬢の笑みを浮かべるように身体に教え込んだ。

 その上で、自分が相手よりも上だとイメージさせて、克服する。

 どうしても貴族は爵位を尺度にして相手に萎縮しやすいから、公爵令嬢に教わったということを逆に利用したのだけれど……。

 正直、こんなに上手く行くとは思わなかった。

 シャルロッテの素直で信じ込みやすい性格が良い方向に働いたのかも。


 ――――微笑みで黙らせるとか、すっかり悪役令嬢みたいだけど……まあいいか。


 上手く行っているし、細かいことは気にしない、気にしない。


「せっかくダンスのおさらいもしたんだから、壁の花になりそうだったら、エリザベス踊ってね」

「それは、貴女の体面的に無理」

「でもエリザベスと踊れば、一番注目されそう。ふふふ……」


 意気揚々とするシャルロッテから、自然な笑みがもれる。

 もう何の心配もなさそう。

 これだけ目立っていて、シャルロッテが壁の花なんてありえないだろう。

 自然とエリザベスは、会場の壁に視線を向けた。


 ――――壁の花か……あれはあれで、存在感消すのが大変なのよね。


 悪役令嬢と呼ばれていた以前のエリザベスは、誰からもダンスに誘われなくても、壁際でじっとしていても、とにかく目立っていた。

 まさしく、悪目立ちというやつ。


 存在感を消せないものかと色々考えたけれど、どれも効果なし。

 悪名高い、しかも公爵令嬢が皆から気づかれないようにするなんて、無理なことだった。

 出来ていたら、追放エンドを回避できているわけで……。


 ――――一度ぐらい、完璧な壁の花を演じてみたいけれど。


 事件に巻き込まれてばかりだから、たまにはひっそりと周りから見ていたい。

 そんな到底無理な願望に思いを馳せていると、ふいに違和感を覚えた。


 ――――今、見覚えのある顔がいたような……こんなところで?


 壁際に立つ令嬢を右から左へ順番に眺めていたのだけれど、少し戻る。


「あっ!?」

「えっ?」


 その相手と目が合って、互いに固まる。

 そこにいたのは――――。


「シスターロクサーヌ!?」


 シャルロッテも気づいて声を上げる。


「「「ええっ!?」」」


 三人が一斉に驚きの声を上げた。

 ――――世界は、わりと狭い。

★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。


【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】

https://book1.adouzi.eu.org/n7332gw/

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