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034_ヨーグルトと美味しい野菜ジュース

「で、なぜこんなに朝早い時間から、シスターエリザベスがうちの厨房にいるのかしら?」


 舞踏会に出席することを決めた翌日、エリザベスは再びドリーナ男爵家を訪問していた。

 眠たそうなシャルロッテを連れ、無理矢理厨房に連れて行く。

 容赦ない冷たい視線がシャルロッテだけでなく、使用人からも浴びせられたけれど、エリザベスはまったく気にしていなかった。


 ――――もう慣れたのよね。


 新しいことを試すときは、必ず冷たい視線か、熱っぽい視線の二種類。

 大抵は冷ややかな方、なのでいい加減気にならなくなった。

 もともと、悪役令嬢としての素質もあるのだろうけれど……。


「もちろん、シャルロッテに舞踏会で大成功してもらうためよ」

「これのどこが?」


 きょとんとしながらも、シャルロッテは頭ごなしにエリザベスのすることを否定するつもりはなかったようだ。

 どういうことか、きちんと考えてくれている。

 きっと、今まで色々巻き込まれたことですり込まれたのだと思う。


「まさか、また新しい料理を作るとか言うんじゃないでしょうね?」

「……すごい、アタリ!」

「うっそ!?」


 正解したというのに、シャルロッテはまだ疑いの目を向けてくる。

 確かに、舞踏会で成功することに、料理は結びつきづらいだろうけれど。


「知識やマナー、ダンス、会話のコツなんかも舞踏会では大事だけれど、一番大事なものってなんだと思う?」


 シャルロッテに質問を投げかける。


「うーん……目立たないこと?」

「残念! それは無難にこなす方法ね。一番大事なもの、それは――――」


 わざともったいぶって、一呼吸してから正解を伝える。


「身体です!」

「……はぁっ?」


 予想通りの反応に満足して、エリザベスはうんうんと一人頷く。


「綺麗な人って、何が美しいと思う?」

「えっ……綺麗な人? シスターヒルデみたいな? うーん、なんだろう」


 続け様の質問に、シャルロッテが首を傾げる。

 考えること、理由を知ることは、何かを目指す上で大事。


 ――――引き受けたからには、厳しくいきます!


「手足の長さ? 身体のライン?」

「今度は正解にだいぶ近い」

「ほんと!?」


 シャルロッテが目を輝かせる。

 好奇心旺盛な彼女は、良い生徒だ。


「正解は――――髪や肌、手足、爪など。いわゆる健康的な身体が輝いて美しく見えてくるの」


 貴族社会では不健康な青白い肌が良い、なんて人もいるけれど、あれは偏っているだけ。

 健康な身体を好ましく思うのが、生物的に正しいこと。

 そして、シャルロッテは内から溢れる生命力ならば、きっと誰にも負けない。

 だって以前は引きこもっていても、元は元気いっぱいの子で、今は自然に囲まれて、のびのびと暮らしているのだから。


「……あぁ、うん。たしかにそうかも。シスターヒルデって、肌とかすごく綺麗だし、髪もさらさらに見えるし」


 シスター達は適度に働きつつ、きちんと食事をとっているので、皆自然と健康的な身体になっている。

 ちょっとだけお肉が多い気がするけど……それはご愛敬。


「でもそれって、個人差じゃないの?」


 シャルロッテの疑問に、エリザベスは首を横に振った。


「身体を作る一番大きな要素は食事。健康的な身体は、健康的な料理によるところが大きいの」

「ああ、それで厨房で新作料理ね」


 やっと料理にたどり着いて、シャルロッテが納得する。


「というわけで、これを毎朝、食べてもらいます」


 どーんとポケット……ではなく、手提げ布袋から出したのは陶器の小さな器。

 厨房の広いテーブルの上に置くと、シャルロッテがのぞき込む。


「な、なにこれ……」


 見た目のインパクトが弱いのは仕方ない。

 真っ白だから、リアクションが取りづらいのだから。


「ヨーグルトっていう、外国の食べ物」


 いわゆる発酵食品。

 腸内環境を整えてくれて、健康的な身体にしてくれる魔法の食材。


 ちなみに種がない状態からでもヨーグルトを作るのは意外に難しくない。

 サンシュユという黄色い花を咲かせる枝を温めた牛乳に入れて、保温しながら一晩置くだけ。

 さすがに前世の知識では知らなかったので、港でヨーグルトを売っていた商人に拝み倒して聞き出し、試行錯誤の上で完成させた。

 一度作ってしまえば、ヨーグルトを牛乳に入れれば株分けみたいに簡単にまた作れるので、増やすのは苦労しない。


 本当は複数食べてもよいので、納豆や味噌、キムチなんかも合わせたいところだけれど、菌を見つけ、熟成させるのは難しく、エリザベスの手には負えない。


「これ……食べ物? まずそう……」


 白いものなんて、食品の中では少ないのでその反応は仕方ない。


「そんなことないわよ。これをスプーンですくって、デザート皿に盛って……」


 厨房の使用人達も見たことない食材とあって、興味深そうに見る中、エリザベスはヨーグルトをガラスの器に盛った。


「カットしたフルーツを添えて、蜂蜜をかければ……美味しくて、健康的な、デザート風朝ヨーグルトの完成! 食べてみて?」

「…………」


 おそるおそる、それでもシャルロッテは拒否することなく、渡されたスプーンでヨーグルトを口元へ持っていった。


「……おい、しい!」

「でしょ? ほんと、これで身体にいいなんて反則」

「うん、これなら毎朝食べられるかも」


 思ったよりも、シャルロッテは気に入ってくれたようだ。

 抵抗があったら、また明日に取っておこうと思ったけれど……。


「あと、野菜ジュースも一緒にね」


 テーブルに置いたビンには、美味しそうな赤色の液体が満たされている。

 中身はカボチャ、ニンジン、オレンジをすりつぶして、蜂蜜と塩で味を調整してあった。

 野菜ジュースは胃にも優しくて、新陳代謝が良くなる栄養素満点。

 血液もさらさらにして、お肌に最適。


 飲みやすくするコツは、近い色の野菜と果物を混ぜること。

 色が多すぎると、見た目が悪い緑や黒っぽくなってしまう。

 料理は見た目も大事。

 所見でまずそうだと思えば、美味しいと思わせるのは難しい。

 あと、蜂蜜やシロップを入れて甘くすること。

 そして――――継続すること。


「厨房の皆さん、作り方を教えますので、お手数ですがシャルロッテのためにどうか毎朝、この二つを出してあげてください。お願いします」


 エリザベスはシャルロッテではなく、使用人達の方を向くと頭を下げた。

 困った様子ながらも、厨房の人達は頷いてくれる。


「あなた、本当に変わってるわね、他人のために頭を下げるなんて。元公爵令嬢なのに」


 その様子を呆れ顔でシャルロッテが見ていた。


「頭を下げるのはタダだから」

「まったく、あなたって人は……本当、常識外。元公爵令嬢とかありえない」


 ぺろっとシャルロッテだけに見えるよう、舌を出す。

 これで食事面はきっと大丈夫。

 使用人達がシャルロッテのために頑張ってくれるはず。


「ちなみにシャルロッテ、身体作りに関することはまだ終わりじゃないからね」

「……なんか嫌な予感」

「逃がさないわよ!」


 勘の良いシャルロッテが後ずさる。

 エリザベスは素早く厨房の入り口に回り込むと、逃げ場をなくした。

 教会の子供達の朝のはしゃぎっぷりに比べたら、楽勝、楽勝。


「まず、朝は早く起きる。七時、目標! できれば六時!」

「七時!? む、無理! 絶対無理! 朝のまどろみが気持ちいいの!」


 いーっと反抗するシャルロッテを無視して続ける。


「夜は少なくとも二十二時には就寝。睡眠はとても大事だから」

「そんなことしたら、一日が短くなっちゃう、却下!」

「散歩以外に、今度教えるからゆっくりした身体を伸ばす体操をする」

「なんか、つまらなそう……木登りじゃだめ?」

「食事は三食、野菜を多めに。お肉や魚はバランス良く。好きなものを、好きなだけ食べるなんて、もってのほか!」

「そんなぁ。美味しいものを食べちゃダメなんて、この悪魔!」

「甘ーい間食は全て禁止」

「……正気!? スコーンやビスケットは間食じゃないわよね?」


 必死にシャルロッテが首を何度も横に振る。

 やはり彼女の食生活は貴族らしく、不規則みたい。


「そんなわけないでしょ。お茶菓子も、甘い物は全部禁止! バネサ、セニア、今言ったこと守るようによろしくね」

「お嬢様のためなら心を鬼にして」

「わ、わかりました。できる限り頑張ってみます」

「鬼にならなくていい! 頑張らなくていい!」


 後ろにそっと控えていたメイド二人に頼むと、しっかりと了承してくれた。

 この二人なら、きっと問題ないだろう。


「ありえなーい! むり! 絶対むり! 午後のケーキがなくて、わたしは何を楽しみに生きていけばいいの?」

「ケーキがなければ、ヨーグルトを食べればいいじゃない」


 ――――決まった!


 エリザベスが一人ガッツポーズし、周りが首を傾げる中、シャルロッテは弱々しく崩れ落ちた。


★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。


【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】

https://book1.adouzi.eu.org/n7332gw/

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