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033_舞踏会でのトラウマ

※※※




 その頃、エリザベスはノルティア教会の庭で、毎日の日課である掃除をしていた。


「~♪」


 落ち葉を掃き終えると、誰が作ったのかわからない、木陰にある切り株のテーブルと椅子を濡れた布で綺麗に拭いて、汚れを落としていく。


「そういえば、ここ……」

 ――――レオニードが初めて押しかけて来た時の……。


 いきなり現れて、ローストポークを挟んだコッペパンを無言で食べていたっけ。

 随分、前のことのように思える。

 あの時は、自分を見張りにきたと警戒しまくっていたけれど、今では村の一員ぐらいに認識している自分がいる。


 ――――わりと便利だしね!


 掃除は一休みにして、エリザベスは綺麗にしたばかりの椅子に座って、テーブルに肘をついた。


「天気はいいし、あれから平和だからね。ふふ~」


 こんなだらけた格好をしたら、いつもならば大抵小言が飛んでくるのだけれど。

 今日は一番うるさい……ではなく、生活態度に厳しいロクサーヌがいない。

 彼女は自分の家へ一度戻るため、皆に見送られ、数日前に教会を発っていた。


 ――――ロクサーヌが帰省したから、今のうちに、肉祭りでも……。


 彼女の不在を一番喜んだのは、ルシンダ。二番目にエリザベス、たぶん三番目に子供達。

 つまるところ、ロクサーヌに怒られる回数の多い順。

 それにしても……。


 ――――なーんか、ワケありっぽいのよね。


 一人、首を傾げて思案する。

 国によって多少違えど、教会に入れられたシスターは大抵その後の一生を教会で過ごす。

 もちろん、近くの村へ買い出しに出ることはあるし、稀ではあるけれど、家の事情で教会から元の場所へ戻されることもある。

 けれど、一時帰宅をするなんて、あまり聞いたことがなかった。

 教会に入った者が一時的に家へ戻る理由なんて、思いつかない。

 ロクサーヌが戻った理由を知っているのは、たぶん神父のモーリッツとシスター長のヒルデだけ。

 知りたいけれど、聞いたら聞いたで、何かに巻き込まれる嫌ーな予感がする。


「まあ、羽を伸ばしてればいっか」


 肘をついた腕をテーブルにこてんと倒した。

 そのまま顔を腕の上に置く。

 だんだんと瞼が重くなってきた。


 ――――だって、こんな陽気だし……しかたが……な……い……よ……。

「……ね。むにゃむにゃ」


 完全に瞼が閉じようとした時だった。


「エリザベス――――っ!」

「は、はい! ここにいまーす!」


 慌てて椅子から立ち上がると、自分の名前を呼んだ人物を確認する。

 それはロクサーヌでも、ヒルデでもなかった。


「……シャルロッテ? どうしたの?」


 後ろにメイドのセニアとバネサを伴って足早にこちらへ来る。

 テーブルまで来ると、ダンと手をついた。


「大変、エリザベス! わたしの付き人<シャペロン>になって、一緒に舞踏会に出て!」

「ええっ!?」


 ――――舞踏会に……出る? 悪役令嬢として追放された私が!?


 予想もしなかった言葉にエリザベスは心底驚いた。




※※※




「なるほど……一週間後に、三カ所で同時開催の舞踏会があるわけね」


 シャルロッテの暮らすドリーナ男爵家の屋敷に場所を移し、エリザベスはシャルロッテから詳しい事情を聞いていた。


「その一つに、シャルロッテがドリーナ男爵家の令嬢として出る……と」


 応接間のソファで、喉の渇きを癒やすため、一口紅茶を飲むとティーカップを置いた。

 焦るシャルロッテから話をじっくり聞いた上で内容をまとめて、確認する。

 話を聞いて、要点をまとめ、クライアントに確認するのは、前世でのイベントプランナーでの経験だった。


「ええ、その通りよ」


 頷くシャルロッテは、とても困ったような顔をしている。

 そんな暗い表情を見たのは、久しぶりのことだ。


「けれど、どうして三箇所すべてに参加を……」


 舞踏会の日程が重なるのは、良くあることだった。

 主催者が舞踏会の内容だけでなく、招待客の持つ爵位・話題性・数も競っているからだ。

 エリザベスからしたらとても馬鹿らしいけれど、それが主催者である貴族の社交界における目に見える権力の強さであり、影響力となってくるので、仕方がない。

 だから、競い合う者達はあえて日程をぶつけ合い、招待客は度々、どの主催者を選ぶのか悩むことになる。


「うちは成り上がりだから、家族総出で、家名の売り込みをしたいだけよ」

 ――――どこへ言っても貴族はややこしい。


 思わず、深いため息をついてしまう。

 辺境に追いやったと思ったら、舞踏会に出席する頭数が足りないからという理由だけで呼び戻すなんて、ひどすぎる。

 けれど、子供の気持ちを無視することさえもまかり通ってしまうのが貴族社会というものだと、エリザベス自身、今までの経験で身に染みていた。

 貴族の家の存続・繁栄に勝るものはない。


 ――――ぜーったい、間違ってるけどね。


 シャルロッテの気持ちを考えるとやるせない。


「よければ招待状を見せてもらえる?」

「え、ええ……」


 シャルロッテが招待状を渡してくれた。

 ぎゅっと握りしめていたのか、指の跡がついてしまっている。


 ――――シャルロッテが出席するのは……パゾリーノ子爵家の舞踏家、か。


 エリザベスが悪役令嬢をやっていた国ではないので、聞いたことない家名だった。

 けれど、子爵家ならば他の同時開催の舞踏会よりは優先度が低いだろう。


「子爵家だし、他を優先しても根に持たれたりしないと思うけど……それとなく手紙で断ってみる? 文面、一緒に考えてあげるわよ」


 エリザベスの提案に、シャルロッテは青ざめながらふるふると首を横に振った。


「無理よ! お母さまの命令だもの、行かない選択はないわ……ほら見て“失敗は許しません”って……」


 今度は手紙の文面もエリザベスに見せてくる。


 ――――つまりは成功=そつのない振る舞い+αで有力家との顔つなぎね。


 公爵令嬢だった頃の苦難を思い出す。

 自分の時は持ち前の悪役令嬢っぷりでわりと乗り切れたけれど、特に下級貴族の子息・子女となると、親からのプレッシャーは相当だろう。

 十代前半の子供を家存続の道具に利用しないで欲しい。

 どこか他で、本人達がやりあえばいいのに。


「……んっ?」


 そこまで考えて、ふとエリザベスは重大なことに気づいた。


「というか、貴女、社交界デビュー<デビュタント>してたの?」


 気まずい表情になり、シャルロッテが視線を逸らす。

 貴族令嬢は、いつでも招待されれば舞踏会に出られるわけではない。

 王宮の舞踏会に出席し、王妃に謁見したことで、初めて他の舞踏会に出ることが許される。


「ここへ来る前に……親のコネで……」


 再び、エリザベスはため息をついた。

 シャルロッテが社交界デビューするには、現時点でもまだ早い方。

 つまりは、彼女の両親がこういう日が来ることを予期して、ノルティアへ厄介払いする前に、無理矢理デビューさせたのだろう。

 いや、むしろ、シャルロッテはやらかす前に社交界デビューして、やらかしからの風邪でノルティア村の流れだろう。

 辺境で閉じこもった令嬢を謁見させるのは、難しいので、終わっているに越したことはないのだけど。


「若いのに大変ね」

「なんかその上から目線、腹立つ……」


 ぷっと頬を膨らませて、シャルロッテが不満を口にする。


「仕方ないでしょう、私は元公爵令嬢なんだから」

「そうだけど……」


 彼女の頬を突いてしぼませると、エリザベスは安心させるように微笑んだ。


「舞踏会なんて、みんなジャガイモがカボチャだと思って、ニッコリしてたら大丈夫よ」


 話しかけられたら適当に返して、適当に踊っておけばいい。

 ざっくり言ってしまうと、社交界も家柄で上下関係が決まってしまっているのだから、頑張るだけ無駄だと思う。


「前も、そのつもりだったんだけど――――」


 励ましたつもりだったけれど、シャルロッテはさらに俯いてしまう。

 そして、おずおずと以前のことを話し始めた。




※※※




 一年半前、まだシャルロッテが十二歳の時――――。


「…………」


 ある舞踏会に出席したシャルロッテは、会場の隅に一人立っていた。

 不安げな顔で、それでも口元をキュッと結んで。


「まだ、子供じゃない」


 こちらを見ながら、わざと聞こえる声で一人の令嬢が呟く。


「仕方ないわ。お金で爵位を買った、下品な男爵家ですもの」

「ふふふ、そうね。社交界のことなんて何も知らないのよ」


 甲高い笑い声が襲ってくる。

 その敵意の視線と、嫌な声に、今すぐ逃げ出したくなった。

 けれど、母の“失敗は許しません”という言葉を思い出して、必死に耐え続ける。


 ――――じっとしてたら、いずれ終わる。だから我慢。もう少しだけ我慢。


 自分にそう言い聞かせて、じっと床を見つめていた。

 すると、そこへ影が出来る。

 顔を上げると、一人の男性が立っていた。


「やあ、災難だね」


 長い前髪をかき上げる仕草は、いかにも自分に酔っていますといった様子。

 シャルロッテの見覚えのある男性ではなかった。

 そもそも男爵令嬢に、親しい貴族の子息なんていない。


「安心してくれたまえ、僕はどんなレディでも気さくに会話をしてあげるから」


 ――――失敗しないよう、上手くやらないと。


 深呼吸すると、シャルロッテは教わったように、まず笑顔を作った。


「……ごきげん、よう」


 小さな声になってしまったけれど、今のシャルロッテにはこれが限界。

 笑顔も、頬がヒクヒクとしている。


「シャルロッテ嬢。君の趣味は? 好きなことはなんだい?」


 ――――よかった。それなら答えられる!


 シャルロッテは緊張を少し解いた。

 事前に専用の家庭教師から一通りを教わった、というより詰め込まれたけれど、文学や絵画についてなどの小難しいことを聞かれたら、答えられる自信がない。

 自分の好きなことなら、簡単だ。


「木登りですわ!」

「はぁっ?」


 聞いた男性だけでなく、周りにいた者すべてが唖然とするのがわかった。


 ――――わたし、何か間違ったこと言った? 好きなことを答えただけなのに。


 混乱するシャルロッテに、先ほどの令嬢達の悪口がまた聞こえてくる。


「なんてはしたない」

「とんだ、お猿さんレディですわね、お顔も赤く見えてきたわ」


 ――――猿!? わたしが?


 シャルロッテはカッと頬を染め、下を向いて耐えることしかできなかった。




※※※




 エリザベスは、シャルロッテの告白を真剣にじっと聞いていた。

 舞踏会を嫌いになっても仕方ない出来事だろう。


「あんなことがまたあったらと思うと……もう嫌っ」


 きっと彼女の両親はこの事実を見てはいなくても、人づてに聞いたはず。

 それなのにまた、舞踏会に出席しろというなんて、ひどい。


「そんなことがあったら、仕方ないと思う。お母様にお断りの返事を――――」

「でも、付き人<シャペロン>としてシスターエリザベスが一緒なら、行ける気がする!」

「はっ? どうして?」


 思わず聞き返してしまう。

 完全に、シャルロッテにとってはトラウマな出来事だろうに。


「うーん、なんでだろう?」


 シャルロッテが首を傾げる。

 そして、わかったと手のひらで拳を叩いた。


「なんか、一緒なら行けそうな感じがするから?」

「随分……適当ね……」


 彼女の答えに、思わずげんなりとする。


「わかった……!」

「なに?」


 今度こそ良い答えを期待して待ったのだけれど……。


「なんか、強そうだから!!」

「ちょっ……」


 拳を握りしめて正解だとばかりに力説するシャルロッテに、がっかりする。


「そんなこと――――」


 ないでしょう、と言おうとして、後ろに立つメイド二人の姿が視界に入る。

 うんうんと力強く頷いていた。


 ――――皆、私のこと、どんな目で見てるのー!


 叫びたくなるものの、堪える。


「ふぅ……まったく、どんな意味だか。というか、心細いならよく知った侍女でいいじゃない」

「私ごときでは力不足です。どうか、お嬢様にお力添えをお願いします」

「むっ……無理に決まってます……」


 バネサとセニアから速攻で却下が入ってしまった。


「ねぇ、お願い。頼めるのはあなたしかいない!」


 シャルロッテに断言され、メイド二人も加わって、期待のまなざしを向けられる。


 ――――付いててあげたいけれど……社交界だから、安易に了承できない。


 エリザベスは隣国とはいえ、悪名高い者なのだから。


「追放の身の悪役令嬢なんて連れて行ったら大変なことになるんじゃない?」

「わたしだけの評判はもう地に落ちているから大丈夫っ」


 思ったよりも、図太い返事が来る。

 その気持ちならエリザベスがいなくても行けるんじゃないかと思うけれど、それは口にしない。


「出席して、つつがなく貴族の振る舞いをすることに意味があるの、シスターエリザベス。わたしに勇気をちょうだい」


 真剣なまなざしでシャルロッテがお願いしてくる。

 エリザベスは改めて考えた。


 ――――シャルロッテは、きっと無意識に私の中の元公爵令嬢の振る舞いを頼っているのだと思う。


 そう結論づけるのが合理的だと思う。そこは間違っていない。

 公爵令嬢をやめた今でも、貴族の作法や社交界での振る舞いやコツは完璧に覚えている。


 あとは勝算。

 舞踏会に出て、またトラウマ的なことにでもなれば、それこそシャルロッテの貴族令嬢としての将来は閉ざされてしまうだろう。

 けれど、二人の悪評も悪いことばかりではないと思えた。

 両親の期待に応えるなら、皆に注目されるのは良いことだ。

 視線を集めた上で、成功させれば、今まで冷たい視線を向けてきた人達も手のひらを返すだろう。

 社交界は常に話題に飢えているから。

 シャルロッテが完璧な令嬢となって舞踏会に現れれば、きっと噂になり、皆が親しくなりたいと思うはず。


 勝算は充分のように思えた。

 正直、捨てたつもりの、貴族的なものには関わりたくないのだけど。


 ――――まあでも、頼られるのは好きだし。貴族に関する人助けはしませんってのは、シスターエリザベスとしておかしいじゃない?


 トラウマな娘を舞踏会に引っ張り出すなんてエリザベスが許せない。

 以前の身分なら、貴族の力を使って、シャルロッテの両親に指摘をすれば済むけれど……それも違う気がする。

 やっぱり、できないんじゃないかと言われるだけな気がするから。

 シャルロッテは今でも両親の役に立ちたいと思っている。

 本当に出席したくなければ、手紙なんて無視すればいいのだから。


 だったら、結論は一つ。

 元公爵令嬢として、シャルロッテを完璧なレディに仕立て上げて、皆にぎゃふんと言わせてあげる。

 彼女を笑った令嬢にも、木登りを馬鹿にした紳士にも、放っておいた両親にも。


 ――――ちょっと厄介だけど、そうなれば、きっと楽しいに違いない!


 エリザベスはニッと笑みを浮かべた。


「ちょうど、暇してたし、オッケー」

「本当!? シスターエリザベス!」


 シャルロッテがぱっと顔を輝かせる。


「でも、ただ舞踏会に出るだけじゃ駄目。完璧に成功させて、笑った人達を見返してやるの。だから、当日まで舞踏会に関すること、しっかりたたき込むから」

「望むところよ!」


 えっへんと胸を張る。

 本来のシャルロッテは、元気いっぱいで、可愛らしく、賢い子。

 あとは社交界でテクニックと知識を学べば、充分貴族からも魅力的に見える。


「私は自分に甘いけど、他人には厳しいわよ」

「あはは、シスターエリザベスっぽい!」

「えっ? 私って、やっぱりそんなイメージなの……」

「自覚してないの?」


 肩を落とすフリをして、シャルロッテと笑い合う。

 この子には、ひまわりみたいなぱあっとした笑顔がよく似合う。


 ――――その太陽みたいな花を、二度と枯らしてしまうことはしない。


 エリザベスは、さっそく舞踏会レッスンの構想を練り始めた。


★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。


【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】

https://book1.adouzi.eu.org/n7332gw/

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