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032_出番のなかった男爵令嬢

※※※




 ノルティア村で領主の次に立派な黒い煉瓦と白い窓が印象的なお屋敷。

 その窓部に置かれた椅子に、男爵令嬢シャルロッテは座っていた。

 前には大きな鏡台、後ろにはメイドのセニアがいて、髪を梳かしている最中。

 すでに太陽は高いところまで昇っていて、朝の支度というより昼の支度だけれど。


「ねぇ、ねぇ、セニア、聞いた?」

「何をですか? お嬢様」


 椅子から足をぶらぶらしながら、シャルロッテは後ろにいるメイドに尋ねた。

 セニアはシャルロッテが信頼している数少ない人の一人。

 両親に見捨てられ、辺境に追いやられても、セニアともう一人のお付きであるバネサだけは、迷うことなく一緒に来てくれたから。

 屋敷に籠もって鬱々していても、あれこれと世話を焼いてもくれた。


 結果的に、太陽の下に連れ出してくれたのはエリザベスの強引な行動の結果だったけれど、ずっと側にいてくれたのは二人で、感謝してる。

 もちろん、口に出すなんて恥ずかし過ぎて無理だけれど。


「この間、ノルティア教会で結婚式があったこと」

「その件ですか。よくご存じですね」

「ちょっと小耳に挟んでね」


 ふふん、と大人のレディみたいに返事してみる。

 本当は昨日、散歩している時に偶然、村人達が話しているのを聞いただけ。

 少し前までは屋敷の中どころか、部屋から一歩もでなかったのに、今では天気の良い日には村を散歩するようにまでなっていた。

 外を歩くと気持ちいいからだ。

 両親のいた大きな街では、外に出ると埃っぽくて、人が多くて、うるさかった。一方、ノルティアでは動物や植物ばかりで、人の方がずっと少ない。


 ――――シスターエリザベスが、身体のために太陽を浴びた方がいいと言ったからではないからね!


 誰にともなく、心の中で呟く。


「とても華やかで、幸せそうだったらしいですよ」

「見てきたの!?」


 シャルロッテは思わず首を後ろに向けた。

 聞いたのは教会で結婚式があった、ということぐらいで、詳しいことは知らないからだ。


「いたっ」


 当然、首を動かせば、梳かしている髪は引っ張られる。


「も、申し訳ありません、お嬢様!」

「いいの。今のは突然動いたわたしが悪かったわ」


 謝るセニアに首を振ると、大人しくまた鏡の方を向く。


「それで?」

「バネサさんみたいに、ささっと手早くできれば良いのですけど……まだそこまで上手くできなくて、お嬢様にお手間を」


「そっちじゃない。結婚式の話ー」


 おどおどしたセニアのすまなそうな表情が鏡に映った。

 優秀で時々厳しいバネサに比べて、彼女は少し勘が悪い。

 その分、愚痴も文句も悪口も、話しやすいからいいのだけれど。


「あぁ、わたしも同僚から聞いただけで見たわけではないです」

「聞いたことでも構わないわ、話して」

「かしこまりました」


「…………で、結婚式の二人はどんな人だったの?」


 頷いたけれど、一向に話し出さないセニアにしびれを切らし、シャルロッテは尋ねた。


「それは知りません」

「もう使えないわね」

「申し訳ありません。お嬢様のメイド失格ですよね」

「そんなことない! セニアとバネサ以外のメイドなんて考えられないわ」


 つい悪態をついてしまい、シャルロッテは慌ててフォローした。


「バネサさんのことはまだしも、お嬢様がそこまでわたしなどのことを思ってくださっていたなんて……ありがとうございます。一生、わたしはお嬢様のおそばにいます! いさせてください!」

「だー、かー、らー。結婚式のことを聞きたいの」


 すっかり感動しているセニアには悪いけれど、話題を戻す。

 好きな人ができたらその人のところへ行っても構わない、とか言いたいけれど、話がややこしくなる上に、やはり進まないだろうからやめておく。


「すみません。駆け落ち婚の二人のことを聞きたかったのでしたね」

「駆け落ち……婚?」


 先ほどの言葉をまだ引きずっているらしく、目頭を押さえながら言ったセニアの言葉に、シャルロッテは首を傾げた。


「お嬢様、もしかしてノルティア教会がその手のことで有名なことを知っていらっしゃらないのですか?」

「ええ、知らないし、聞いたこともないわ」


 駆け落ちぐらいは知っているけれど、あのエリザベスのいる教会に何か特別なことがあるなんて、聞いたことはなかった。


 そもそも、両親から厄介払いされて連れてこられたノルティア村。

 そこがどんな場所かなんて、最近まで興味などまったくなかったから知るはずもない。


「ノルティア教会は、周りに反対された恋人達が駆け込む、駆け落ち結婚式でも、有名な場所なんですよ」

「なにその面白そうな話! 聞かせて、聞かせて!」


 また後ろを向いて、セニアに話の続きをせがむ。

 今度は掴んでいた髪を放してくれたので、ひっぱられることはなかった。


 セニアが駆け落ち婚の詳細を話してくれる。

 他国では両親の承諾がないと結婚できないこと。

 それがリマイザ王国では必要ないこと。

 なので自国では結ばれない恋人達が、追っ手から逃れつつ、ノルティア教会を目指し、国境を越えてくると。


「いい。何それ! 燃える!」

「やはり、お嬢様にもわかりますか!? わかりますよね! 両親に反対された二人。すべてを投げ捨てる決断。そして見知らぬ土地までの逃避行。結ばれるための微かな希望だけを胸に教会へたどり着いた二人」

「え、ええ……」


 やや気圧されながら、シャルロッテは頷いた。

 いつものおどおどとしたセニアとは別人のように興奮して語っている。


 ――――きっと、これもシスターエリザベスの影響ね。


 以前、二人がエリザベスから聞かされる物語の虜にされていたのを思い出した。

 山あり谷ありの恋愛話は大抵の女性は好物なので、シャルロッテとて例外ではない。

 自覚のあり、なしの違いはあれど。


「今回はどんな二人だった?」

「それが……残念ながらわからないんです」

「えー!」


 がっかりと肩を落とす。


「なんでも、しゅひむ? しゅひぎむ? とかで、駆け落ち結婚をした二人の素性は明かせないそうです」


 おかしな言葉が出てきた。

 知らないこと、奇妙なことといえば、教会だし、あのおかしなシスターが絡んでいるに違いない。


「お役に立てずに申し訳ありません」

「いいわ、後でシスターエリザベスを問い詰めてるから」


 なぜかだかわからないけれど、こんな何もない辺境なのに、彼女の周りには面白い出来事で溢れている。

 今回の駆け落ち婚しかり、隣国の怖い顔の騎士団長しかり、驚きだらけのバザーしかり。


 ――――あと、変な料理も。大抵、美味しいから許すけど。


 エリザベスの近くにいると退屈しないから不思議だ。


「あーあ、駆け落ち結婚式、見たかったのに」


 つい、唇を尖らせ、不満げな顔になってしまう。


「また機会がありますよ。それに、お嬢さまは……立ち合いではなく、すぐに花嫁になれます」

「ええ、そんなのつまらないー!」


 面白いことは、外から見ているから面白い。

 もし、自分が事件の中心になったら……。


 ――――きっとあたふたしてしまうだけだから……嫌っ!


「……エリザベスさんの影響がここにまで」


 苦笑いするセニアに、あなたも人のこと言えないわよ、と心の中で文句を呟く。


 ――――まったく、ほんと周りに影響与えすぎ!

「よし、決めた!」

「な、何がですか?」


 がばっと勢いよく立ち上がったシャルロッテに、セニアが驚く。


「後でなんて生ぬるい。駆け落ち婚なんて面白いこと、のけ者にしたんだから、今すぐ文句言いに行かなきゃ。準備して」

「はい、お嬢様!」


 嬉しそうにセニアが返事をしたのは、きっと彼女も事の顛末を聞きたいからだろう。


「お嬢様、お出かけですか? お待ちください」

「……バネサ? どうしたの?」


 ちょうど、いそいそと髪を仕上げて、外用のドレスに着替え終わった頃にもう一人のメイドが部屋に入ってくる。

 その手に持った銀のトレーを見て、シャルロッテは目を輝かせた。


 ――――もしかして!


「お嬢様にドリーナ男爵家からのお手紙です」


 飛びつくようにして、シャルロッテはトレーの上に置かれていた封筒を手に取った。

 たとえ、病だと厄介払いされたとわかっていても、お父様やお母様からの便りが嬉しいことには変わらない。

 それこそ部屋に籠もっていた時は、ずっとそれだけを待ちわびていたのだから。


「お母さまからだわ。久しぶりっ」


 いそいそと封筒をペーパーナイフで切って開ける。


「わたしが元気になったこと信じてくれたのかも――――ええと……」


 中には折りたたんだ紙と――――一枚のカードが入っていた。


「えっ!」


 手紙に目を通したシャルロッテは、青ざめた。


「お嬢様?」


 心配そうにセニアが声を掛けてくる。


「どうしよう……セニア、バネサ…………シスターエリザベス!」


 先ほどまでの高揚感は消え、弱々しい声でメイドに続いて……。

 変わっているけれど、頼りになるシスターの名前を、シャルロッテは呼んでいた。


★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。


【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】

https://book1.adouzi.eu.org/n7332gw/

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