028_ある意味、修羅場?
「わ、わたし……絶対に、連れ戻されません!」
凍りついた一同の中で、一番に声を発したのはやはりロゼッタだった。
弾かれたようにコラードがハッとして、彼女の前に出る。
「ロゼッタは渡さない」
負けない、というようにコラードはレオニードを精一杯の力を振り絞って睨み返した。
あのレオニードに睨まれてもなお、かばおうとするなんて、中々の根性。
しかし、申し訳ないけれど、身長差も体格差も歴然で、とても敵いそうにない。
事実、睨まれてもレオニードは一切表情を変えなかった。
そして、騎士団長の彼が口を開く。
「そんなことはしない」
彼を除くその場にいた全員が「えっ?」とした。
――――いやいやいや、国を守る騎士団の団長だよ。見逃すとかいいの?
ありえないレオニードの返答に、再び皆が固まる。
――――あっ、もしかして……休暇中だからとか?
相手を油断させる嘘や、事前に口止めされていた可能性まで考えて、エリザベスがたどり着いた一番可能性の高い理由がそれだった。
ある意味、任務に忠実といえば忠実。
休暇なのだから、任務が目の前に振ってきても、何もしないという。
――――レオニードなら……ありえる。
一度思いついたら、エリザベスにはそれ以外にありえない気がしてきた。
嘘や騙すようなことができる器用な人では、間違いなくない。
けれど、今度はコラードやロゼッタにどう伝えるのかで、エリザベスは頭を悩ませた。
彼は、意味不明な行動を取るけれど一貫性はあって、言葉足らずで、ありえないぐらい不器用なことを知らないと、とても信じられないだろう。
この理由で納得するのは、エリザベス以外だと、一人だけしか思い当たらない。そのぐらい彼の性格はわかりづらい。
「えーっと、ですね……」
何とかこの何度も凍る場を溶かそうと、エリザベスは口を開く。
すると、再び馬蹄の音が聞こえてきた。
今度は一頭ではなく、複数頭。
コラードやロゼッタは警戒したけれど、見覚えのある馬車を見てエリザベスは胸をなで下ろした。
ここで本当の追っ手が来たら、目も当てられない。
――――それに、ナイスタイミングかも……。
良いか悪いかは置いておいて。
事情を理解してくれるだろう人の登場にエリザベスは安堵した。
「やあ、ようこそ、ノルティア教会へ。お待たせしたかな?」
颯爽と馬車から出てくると、ニコニコしながら青年がこちらへ向かってくる。
ここノルティア村を含むクローレラス領を治める伯爵で、レオニードの旧友であるクリストハルトだった。
証人は身分の高い者ほど良いので、ゴージャスプランに決まったところで、連絡が教会から行っていたのだけれど……。
「僕は領主のクリストハルト、微力ながら貴族として立会って証人に――――」
どうやら、大きなレオニードの身体に隠されて、新郎新婦の顔がまだ見えなかったらしい。
教会の入り口まで来たところで、やっとクリストハルトもコラードとロゼッタに気づいたようだ。
ぴたっと足を止める。
「………………は、なれませんが、領主として歓迎いたします。ごゆるりとお過ごしください」
そこは、さすが社交界を生き抜いてきた伯爵。
すぐに全ての状況を理解し、やや引きつりながらも笑顔を作ると、優雅に一礼して去ろうとする。
エリザベスの連絡ミスで申し訳ないけれど、さすがに隣国の王族の結婚式の証人に、隣国のまっとうな家柄の伯爵がなるのは、後々で外交上の問題になりかねない。
けれど……。
――――説明か、せめてレオニードを連れて行ってー。
念じると通じてくれたのか、クリストハルトは戻ろうとした足をまた止めて、素早くレオニードのところまで戻った。
「レオもだよ。早く行くんだ」
「…………」
クリストハルトが腕を引くも、レオニードは動こうとしない。
「この場にいて証人になったら、僕も君も色々困るだろう。休暇中とはいえ、レオは騎士団長で、伯爵級の貴族なんだから」
「…………」
声を潜めて説得するも、やはり動かない。
邪魔をしないなら、クリストハルトと一緒に行ってくれるはずなのに。
一応、王族である二人のことを見届け、守りたいということだろうか。
だったら、休暇中だからという理由が最初から通らない。
――――まさか……警備をお願いしたから、それを彼は遂行しているだけ?
多いにあり得る気がした。
「……ふぅ」
てこでも動かなそうなレオニードの腕から、クリストハルトが手を放す。
ため息をつきながら「どうする?」とエリザベスに視線を送ってきた。
振られても困る……。
「――――もうっ」
これ以上お客様であるロゼッタを不安にさせるわけにはいかない。
迷った末、「レオニードのことは任せて」という意味を込めて、エリザベスは頷いた。
申し訳なさそうな顔をして、クリストハルトが静かに去って行く。
――――うん、もう諦めて、覚悟を決めよう。
決意すると、エリザベスは仕切り直した。
「さて、この騎士団長さんは休暇中のただの人なのでご心配なく。怖いから遠ざけておきますからねぇ~」
わざと明るい声を出すと、レオニードの腕を引っ張った。
彼が二人を捕まえない理由を説明するよりも、遠ざける方が早い。
「…………っ?」
クリストハルトでは大きな石像ばりにまったく動かなかったのに、エリザベスが触れると、レオニードは大人しく扉の前から庭へと移動してくれた。
どうやら自分のことには従ってくれるらしい。
警備をお願いした主だからだろうか。
――――最初からこうすればよかった。
拍子抜けしつつ、教会に向かって手で「こっちは問題なし」「あとはお願い」と合図を送る。
親指を立ててグーすると、続けて指をすべて伸ばして、手を地面に向かって垂直に立てる。
「さあさあ、花嫁さんはドレスを合わせましょう」
「花婿さんは、神父様と打ち合わせをおねがいしまーす」
何事もなかったように、ヒルデとルシンダがそれぞれロゼッタとコラードを促す。
どうやらエリザベスのハンドサインを、正確に受け取ってくれたらしい。
「う、うん……ドレス? ドレス!? どんなのがあるの!」
「えっ? わ、わかりました」
駆け落ちの主役二人も、やや戸惑いつつも動き出す。
きっと、二人は今日知ることになったでしょう。
この世の中には、気にしない方が良いことも多いにあるということを。
――――なんてナレーションつけてないで、私はこっちを処理しなきゃ。
教会内は三人のシスターに任せれば問題なさそうなのを確認して、エリザベスは再びレオニードの方へと戻った。
「えっと……今回の式は手伝わなくていいです。できれば伯爵邸か、自分の家の中にいてください」
「そんなことはできない」
――――なぜ!?
思わず、声を上げそうになる。
わかった、という返事が戻ってくるとばかり思っていた。
どうやら、レオニードが動かなかったのは警備をお願いした、というのとは別の理由があるらしい。
――――それって何?
気になるけれど、今は気に掛けている余裕はない。
レオニードのことを片付けて、結婚式の進行に戻らないと。
「お願いします、今回は特別で、困るんです。お客様も、貴方も」
「なぜだ?」
聞きたいのはこちらなのに、レオニードから質問されてしまう。
「~っ、貴方の立場があるでしょう、レオニード・ガルドヘルム卿。爵位もある騎士が、王家に反対されている王族の結婚に参加してはいけませんわ」
ついつい、悪役令嬢の口調に戻ってしまう。
レオニードは無反応だったけれど、少し遅れてハッとした。
やっとわかってくれたらしい。
「……俺のことを心配しているのか?」
――――そ、そこ!?
呆れつつも、たしかに間違ってはいない。
言われて気づいたけれど、レオニードが厄介ごとに巻き込まれるのは、困るし、嫌だ。
あくまでも、隣人としてだけれど。しかも押しかけの。
「レオニードはもっと、貴族の一員であることを自覚するべきです」
「ああ、王より賜った、国を守るための重要な位だ」
「だったら、大事にしてください。騎士団長の位に不都合のあることをすれば、貴方を信頼してくれた王様を裏切ることにもなりますわ」
すっかり悪役令嬢の説教モードが入ってしまう。
以前はこれで何度ロゼッタや周りに嫌われたことか。
けれど、わかっていても止まらないのだから困る。
「……お前の言う通りだ。できる限り改めるよう努力しよう」
「わ、わかってくれればいいんです」
素直なレオニードの反応に、何となく恥ずかしくなってしまう。
「偉そうに言ってしまいましたけど、私は元貴族でも今は平民なので、本当は貴方やクローレラス伯爵と話すことも許されないのですけどね」
「そんなことはない!」
誤魔化すように言っただけなのだけれど、レオニードが思ったよりも強く反応してきた。
驚いて、彼をまじまじと見る。
「エリザベスはエリザベスだ。何も変わらない。俺が知っている」
彼の大まじめな言葉に、エリザベスはさらに照れた。
エリザベスが言いたいことを、本当に彼が理解したのかはわからない。
けれど、自分を肯定してくれたことには違いなくて……。
「ありがとう……」
感謝の言葉を述べて、俯いてしまう。
彼の言う通りだ。
エリザベスは悪役令嬢の時も、シスターになってからも、変わらない。
だから、王族や貴族だろうと、庶民だろうと、同じように話し、困っていたらできるかぎり助けて、笑い合いたい。
それは、きっと悪役令嬢として転生してきたエリザベスが、エリザベスとして生き続けている芯みたいなものだと思った。
レオニードの言葉で自覚するなんて、少し癪だけれど。
★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。
【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】
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