027_ゴブレットシードルタワー
「さあ、ここまでお疲れでしょう。まずはノルティア教会から贈る、祝福のリンゴ酒で、喉を湿らせください」
エリザベスが手をバッと広げ、二人に告げる。
するとルシンダが教会の側廊に隠してあったワゴンを慎重に運んできた。
「リンゴ酒? えっ、ええっ!?」
「すごーい、なにそれ!?」
二人とも予想通り、驚いてくれている。
ワゴンの上にはゴブレットが山になって積まれていた。
落とさないように段数は抑えてあるけれど、それなりに迫力がある。
「今からこれを黄金の木にしてみせますので、よく見ていてくださいね」
説明しながら、エリザベスはロクサーヌが持ってきてくれた踏み台に乗った。
そして、リンゴ酒の入ったボトルを受け取る。
「訪れた恋人……コラード、ロゼッタをノルティア教会は歓迎します。その証として、これらの杯を二人の癒やしと祝福で満たしましょう」
ボトルを傾け、女神像と同じポーズを取ると、頂上のゴブレットへリンゴ酒を注いでいった。
黄金色をしたそれは、一番上の杯を満たすとあふれだし、下の杯に注がれていく。
そして、次々とそれらが連鎖し始めた。
丁寧に漉して透明にしたリンゴ酒は、黄金色をしていて、シュワシュワと音を立てながら、ゴブレットの山を下りていく。
黄金の滝のようでいて、ゴブレットの山全体が輝いていくようにも見える。
「わぁ……すごい……きれい……たしかに黄金の木」
「こんなのは見たことがありません、確かにゴージャスですね」
ロゼッタの興奮を通り越して、うっとりとした声が聞こえてきた。
コラードも感心しているのがわかる。
――――これぞ、ゴージャスプランの目玉演出“ゴブレットシードルタワー”!
村人が普段から飲んでいるリンゴの果汁を発酵させたアップルシードル。
それも見せ方次第では、王族や貴族も満足させる豪華な演出になる。
「ほんと、きれー! 女神様が、わたし達のためだけに、しゅわしゅわって祝福をくれているみたい」
「そうだね。ぼくもそう思う」
タワーに釘付けになっている二人の様子に、エリザベスは心の中でガッツポーズした。
今のところ、大成功間違いなし。
「祝福のリンゴ酒をお二人でどうぞ」
エリザベスはタワーの上の方のゴブレットを取ると、ロゼッタとコラードにそれぞれ手渡した。
「コラード……」
「ロゼッタ……」
二人は見つめ合うと、照れながらキンとゴブレットを合わせた。
こちらが誘導するまでもなく、即座にラブラブな雰囲気を作ってくれて助かる。
「おいしい……」
「リンゴ酒がこんなに美味しいなんて……不思議だね」
口に運ぶなり、二人がまた目を合わせて感想を口にした。
二人が飲んでいるのは、漉してきれいにしてあるとはいえ、正真正銘、村人が普段飲むリンゴ酒。
雰囲気込みだから美味しく感じるのだけれど……さすがにそんな無粋なことは誰も口にしない。
リンゴ酒の作り方もとても簡単。
まず、リンゴ酵母を作ります。
煮沸消毒したビンに、適当に刻んだリンゴと水をなみなみといれる。
この時に、実だけでなく、芯や皮もそのまま入れるのがポイント。そうすることで、酵母が多くなります。
続いて、できるだけ低温を保てる蔵などに数日置く。
ここが二つ目のポイントで、天然酵母だけでなく、乳酸菌を増やすことで雑菌をなくして、安全で美味しくなります。
次に常温に戻して、一日に二、三回蓋を開けてかき混ぜながら新しい空気を注入。
泡が見えるようになれば酵母は完成。
この天然酵母を、リンゴジュースに混ぜて時々ビンを振りながら二週間、さらにビンを詰め直して砂糖を少し足して、さらに常温で数日発酵を促せば――――。
炭酸を注入しなくてもシュワシュワの手作りアップルシードルの完成!
いずれは味や泡の量をもっと研究・改良して、ノルティア教会の特産品“祝福のリンゴ酒”として売り出することも、密かに計画中。
高い品質さえきちんと保てば、結婚式で飲んだリンゴ酒ということでリピーターが増えてくれそう。
「おめでとうございます、コラード様、ロゼッタ様」
二人の雰囲気の余韻をたっぷり待ってから、ヒルデが拍手した。
「新婦さん、女神様みたい、きれー!」
「新郎様、幸せ者っ!」
シスターと子供もわぁっと盛り上げて、拍手が教会に溢れていく。
照れながらも、コラードとロゼッタも嬉しそうだった。
――――来たのがロゼッタ姫だったのは計算外だったけど……貴族相手のプランは、ここまで、ばっちり!
エリザベスが考えた駆け落ち結婚式パックは、大成功間違いなし。
あとは、このままお値段以上の感動と思い出を――――。
「……っ!?」
その時、ヒヒィンと馬の嘶きが聞こえて、エリザベスはハッとした。
教会の扉は最初に開け放ったままだったので、外の音が響き渡る。
「追っ手!? ロゼッタ、ぼくの後ろに!」
すかさず不安な表情になったロゼッタを、コラードがかばうように背へ隠した。
――――そんな……村に誰か来たら、すぐにわかるはずなのに。
包囲網をすり抜けてきた?
反省するよりも先に、二人をできるかぎり逃がさなくては。
――――えっ! もう!? ま、まって……早すぎっ!
エリザベスが逃走ルートを検討し始めたところで、蹄の音が教会にたどり着いてしまった。
焦るエリザベスをよそに、馬から下りた者が一言発する。
「不審者も追跡者も見当たらない」
レオニードとその愛馬フーノだった。
一切空気を読まない彼の言葉に、周囲がシンとする。
「オホホホ……驚かせてごめんなさい。彼が強力な見張りの者で、怪しい人は蟻一匹通さな……――――あっ!?」
すかさず取り繕うとしたエリザベスは、途中で言葉を飲み込んだ。
レオニードの素性を思い出したからだ。
――――ヤバ……レオニードは、モワーズ王国の――――。
「……どうした? んっ?」
エリザベスの戸惑う様子を見て、レオニードがゆっくりと教会を見渡す。
そこにはいつもはいない二人のカップルがいて……。
「な、なんでもない。レオ――――」
「あなた、どこかで見た気が……」
ロゼッタがレオニードと目を合わせて、首を傾げた。
そして、いつものごとく無意識に、余計な一言を口にする。
しかも大声で……。
「あああっ! あなた、モワーズの騎士団長!? 嘘、お城からいなくなったはずじゃ……」
一斉に皆がロゼッタとコラード、そしてレオニードを交互に見る。
事情をすべて知っていたエリザベスを除いて。
「聖獅子の……大剣……レオニード様、こ、これはっ!」
慌ててコラードが言い訳しようとするも、言葉が咄嗟に出てこない。
――――しまった……。
レオニードにこの二人を会わせるのはマズイ、大変マズイ。
ロゼッタは、モワーズ王の可愛い王女様。
コラードは、モワーズ王の血のつながらない王子。
二人は“結婚を反対されて隣国へ駆け落ち中”なわけで。
最後に、レオニードはモワーズ王国の騎士団長。
彼は秩序を正す人。一応、休憩中……だけど。
「……ロゼッタ姫と、コラード王子?」
レオニードがギンと二人を睨みつけた。
「ひぃぃ」
「きゃああっ!」
眼光の鋭さに、ロゼッタとコラードは抱き合って怯えた。
エリザベスはすっかり慣れてしまったけれど、本人にその気がなくてもレオニードの眼光は、普通に怖い。
「ぼ、ぼくは、本気で……っ! 貴殿が相手でも、戦いま……ひっ……」
コラードが何とかロゼッタを守るようにするも、申し訳ないけれど、まったく相手にならなそう。
――――レオニードは立場的に、追っ手っ!?
リニューアル後の初めての駆け込み結婚式に、まさかのピンチに皆が凍りついた。
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【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】
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