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026_駆け落ち婚はぜひわが教会で

 結婚式は一生の思い出となるイベント。

 駆け落ち婚の場合、追っ手が来る前になるべく早く挙式をしたいところだけれど、大切さは変わらない。

 時間と予算の許す限り、一人一人にあった素晴らしいプランを提案していきたい。


 それにおおっぴらには言えないけれど……。

 教会にとっては貴重な臨時収入であり、今後の支援者の確保にも繋がる重要なお仕事の一つ。

 だから、エリザベスはバザーに劣らぬ熱意で挑んでいた。


 ――――ノルティア教会の駆け落ち結婚式を、私が立派な結婚産業へ成長させてみせる。


 いずれは教会だけではなく、村全体を巻き込んで盛り上げていきたい。

 そのために、まずはテコ入れの第一歩。


 駆け落ちだから、式はこちらで用意したもので勝手に進めるなんてダメ。

 かといって、一々選んでもらったら時間が掛かりすぎる。

 そこで思いついたのは――――パックプラン方式。


「なるべく早く式を始めさせて頂きますが、手短に段取りの打ち合わせとプランの選択をして頂きたく思います」

「あぁ、そうですね。お願いします」

「まずはこちらをご覧になりながらご説明をお聞きください」


 簡単に羊皮紙へとまとめた内容をコラードに見せながら、ヒルデがコラードに細かな点を伝えていく。

 シスター服を気にしなければ、頼もしいウェディングプランナーのチーフにしか見えない。


「こちらでは、急ぎのお客様のために素早くお式を挙げられるように、あらかじめ必要なものが用意されたパックプランをご提案しています」

「ぱっく? ぷらん?」

「必要なものをひとまとめにした、という意味です。お式代の他に、指輪とお料理、ドレスなどが事前にセットになっております」


 予想通り、初めての言葉にコラードは困惑しているようだった。

 この世界はまだオーダーメイドが一般的で、菓子でさえ、詰め合わせ販売という認識はない。

 あるのは自分で選んで、同じ箱や袋に入れる、というぐらいだろう。

 違うものを前もってまとめておく、というのは馴染みがないみたい。

 けれど、それが逆にインパクトになると思い、エリザベスはあえて“パックプラン”という言葉を使うようにした。


「ご提供させていただく品質に応じて、お値段をそれぞれ設定しております。お客様のような高貴な方の場合は……この“ゴージャスなのに早くて楽ちんパックプラン”をお勧めしております」


 他にも、色々用意してある。


 あまりお金のない方に“今後のための節約パック”。

 追っ手がすぐそこまで来ている方に“とにかく早い最速パック”。

 誰も信じられない方に“誰もいない教会で愛を誓う二人きりの世界パック”。

 親に反対されているからその分たくさんの人に祝福されたい方に“村民が全員参列者、村挙げてパック”


 などなど、今後も増やしていく予定。

 もちろん、プラン案を随時受付中です。


「は、はぁ……ゴージャスですか」

「はい。大切な指輪はご用意してあるものから、どれでもお選びし、すぐに鍛冶屋によってお名前も掘らせて頂きます」


 村の鍛冶屋のホベルトとは、バザーのたこ焼きの鉄板作りですっかり意気投合したので、今回も手伝ってもらっている。


「当然、お料理とドレスも最高級のものになります。加えて、挙式日にはクローレラス伯爵邸の別館にて一泊していただき、翌朝のお帰りまでに結婚証明書をご用意しておきます」

「……何というか、至れり尽くせりといった感じですね。駆け落ちしての式がこんなものとは思っていませんでした」


 あらかじめ駆け落ち婚について調べてあったのだろう。

 コラードは、あまりのサービスの良さにしっくり来ていないようだ。


 一般的には汚い教会で、サービスといえない押し売りの数々。

 そんなのは、エリザベスからしたら駆け落ちを食い物にしているだけ。

 本当のサービスではない。

 だから、自然にエリザベスがヒルデに代わって付け加えた。


「お客様。もしお望みなら、銀貨一枚で、参列者がいない中、ぼろぼろの馬小屋で式を挙げて、証明書を手にすぐ馬車で去るというのも可能ですが……それを新婦様はお望みになるでしょうか? 一生に一度のことですよ」


 形なんてどうでもいい、それよりもこれからのことを考えて、という新婦もいるにはいるけれど……。


 結婚できることに喜び、子供達ときゃっきゃはしゃいでいるロゼッタを見る。

 つられてコラードも彼女に視線を送る。


「コラード、見て。わたし、きれい?」

「ああ、とっても可愛いよ」


 ロゼッタに優しく微笑むと、真面目な顔になってヒルデとエリザベスの方を向く。

 あの人にぼろぼろな結婚式が耐えられるとは思えない。

 無邪気に不満を口にしそうだ。

 下手したら式の最中に泣き出しそう。


「そうですね。ぼくは今も今後も、彼女を悲しませたくない」

「では、“ゴージャスなのに早くて楽ちんパックプラン”でよろしいですね?」

「……あっ、待ってください。ここに宿泊するのでしたよね? そのようにのんびりしていて、大丈夫でしょうか? ぼくらは国から追われる立場ですし……」


 脳天気なロゼッタと違って、コラードはきちんと考えているらしい。

 さすが国内外から求婚されまくった王女を射止めただけはあるのかも。


「そこはご安心ください。ノルティア教会では、警備にも力を入れております」


 そう、ここが普通の結婚式と駆け落ち結婚式の大きく違うところ。

 早さだけでなく、安心して式を挙げていただけるように考えてあった。


「森に住む木こりと提携しており、万一追っ手が来た場合、すぐにこちらへ知らせが届き、即結婚式を執り行う手はずになっております」


 鳩が知らせるのは、元々していたことだったけれど、エリザベスはさらにそれを追っ手からの見張りにも使えないかと考えた。


「お二人を匿ったり、追っ手を撃退することはできないので、心苦しいのですが」


 今度はヒルデが付け加えて言う。

 営業の演技風に辛そうな顔で、ばっちりだ。

 教会のためなら、道義に反しなければ完璧にこなしてくれるので心強い。


「いいえ、充分です。これなら彼女もきっと安心して……ぼくの妻になってくれると思います」

「きっと、そう思いますわ」


 後半、顔を赤めながらコラードが口にする。

 ヒルデとエリザベスも、うんうんと後押しするように頷いた。


「ぜひ、その……“ゴージャスなのに早くて楽ちんプラン”でお願いします!」

「ありがとうございます。では、さっそく準備に取りかからせて頂きます」


 コラードの決定を聞いて、シスター達が一斉に頭を下げた。

 そして、ルシンダが窓の外へ向けて、手で丸く円を描いて合図する。


「退屈しないようにまず新婦様には指輪を選んでいただきます。その間に料金のご説明を……」


 ヒルデがコラードに説明していると、合図を見たホベルトが教会に入ってくる。

 手には天鵞絨張りのケースを持っていた。

 さりげなくルシンダがゴージャスパックだと耳打ちすると、すぐにロゼッタにたくさんの指輪を見せていく。


「こりゃまた、美人の新婦さんだ」

「ありがとうございます、鍛冶屋のおじさん。わぁ、色々あるっ!」

「どれにいたします? わたしの自慢の一品ばかりでございます」


 エリザベスは女性が喜びそうなデザインを、事前にホラルドへ頼んであった。

 たとえば、小さな宝石の欠片や粉をつけてキラキラさせた指輪や、花の模様を彫り込んだ指輪など。

 なので、宝石などの質は王族御用達の宝石商に負けても、他にない装飾と形で見劣りしないはず。


 ――――前世の記憶だけでなく、元公爵令嬢としてのこの世界の装飾品の知識も活用させていただいましたわ。


「この大きな宝石がいっぱいのがカワイイ~!」

 ――――カワイイ~、入りましたっ!


 一番派手な指輪を、ロゼッタが手に取った。

 大きな宝石を真ん中につけて、あとはなるべく小さなものをやり過ぎなぐらいにぐるりと入れてある。

 実際に高いのは真ん中の宝石だけなので、見た目よりもかなりリーズナブル。


「そうでしょうとも~! 名入れとサイズ合わせもすぐに取り掛かります。おっと、こいつはペアで花婿さんの分もありますが、いかがします?」

「お揃い!? いいかも、カワイイかも……ください、欲しいです!」


 ――――わしは鍛冶屋で装飾屋じゃないって何度も言ってたのに。


 明らかに、鍛冶師ホラルドはやる気満々だった。

 今までは農具の修理ばかりしていたから、相手が作った物を見て喜んでくれるのが嬉しいのだと思う。


「一組の指輪……などがあるのですか?」

「ええ、コラード様。同じ指輪にお互いの名前を彫り、式で指につけ合うのです。ノルティア教会発祥の形式となっております」

「道理で、聞いたことがなかった」


 指輪を選ぶ様子を見て、コラードが尋ねた。

 ヒルデが彼のその疑問に答える。


 ――――そう、この世界に指輪の交換という儀式はなかった。


 結婚の際に違う指輪をたとえば、女性に金の指輪を、男性に銀の指輪を事前に贈るということはあったけれど、それは婚約のような意味合いだった。

 かつ、指輪を贈ることは一部の王族の間だけで行われること。

 それを知ったエリザベスは、指輪交換を取り入れた。

 安い指輪も作り、庶民でも男女が同じ指輪を贈り合うことを提案する。

 結婚式でも、指輪を嵌め合うのは盛り上がる場面になること間違いなし。


「まいど~! すぐに仕上げてくるから時間をおくれ、美人の新婦さん」

「待ってます!」


 可愛らしくロゼッタが答えたところで、ヒルデがさりげなくコラードにパック料金表の書かれた羊皮紙を見せた。


「お値段の方ですが――――(ゴニョゴニョ)」

「!?」


 コラードが驚き、渋い顔を見せる。

 二人には悪いけれど、高いパックになるほど多めに利益を上乗せしてあった。

 決して足下を見て稼ぎたいからではない。

 安いプランはほぼボランティア価格なので、その分を高いプランで補填している形になっていた。

 なるべく多くの駆け落ちカップルに幸せな式を提供したいが為のこと。


 ――――貴族からは、ふんだくってやれって気持ちがなくはないけど。


 逃げてきたカップルに罪はないということで、ヒルデとも相談して、それなりの払える金額には抑えてあった。


「あまりお安くすると、それはそれでお客様の体裁や、ご新婦様のご機嫌を損ねることにもなりかねませんので……もちろん、その分、全力でお二人の式を盛り上げて参ります」

「わ、わかりました。手持ちで、何とかなると思います」


 最後にヒルデが痛いところをついて、コラードは頷いた。

 彼が半分うなだれていたのは、見なかったことにしよう。


 ――――煩わしいのはここまで。あとはお客様に楽しんでもらわなきゃ。


「では、式を始めましょう! お二人に祝福を!」

「「祝福を」」


 準備と段取りが終わるのを見届けたエリザベスは、声を張り上げた。

 他のシスターと子供もそれに続く。

 それらが合図となって、皆が一斉に動き出した。


 ――――ここからが正念場。新しい駆け落ち結婚式の見せ所!

★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。


【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】

https://book1.adouzi.eu.org/n7332gw/

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― 新着の感想 ―
[一言] ロゼッタはかなり許しがたい人物に思えるのですが、なるほど、ゴージャスプランで当面収入の当てのなさそうな二人から手持ちの逃走資金と生活費をがっつり削り取ったわけですね。なかなか。
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