93. 継なぐ命
■ お知らせ
前話を少し加筆修正しています。
新酒祭りが終わると気温はぐっと下がり、刻一刻と冬の足音が近づいてくる。
国全体で見れば温暖なアグリ国の中でも、白の山脈に囲まれたヴァレーは豪雪地帯だ。冬は深い雪に閉ざされ、天然の要塞となる。
けれど、ヴァレーの民以外にとっては、牢獄だろう。何せ、一度雪に囚われてしまうと、春の雪解けまでヴァレーを出ることは叶わないのだから。
そうならないうちに、みなヴァレーで仕入れたワインを大切に仕舞い込んで、足早に去っていった。
紋章官さまも、騎士の叙勲が終わったので王都に帰るのかと思いきや、このままヴァレーに残ることが決まった。
春になれば、王都の社交シーズンに合わせて、おじいちゃんの授爵式がある。それに伴って、王宮行事や拝謁なんかも予定されているのだそうだ。そこで必要な礼儀作法や紋章・称号の示し方を、冬中に指導してくれるらしい。
僕たちが春になって王都に赴く際、紋章官さまも一緒に帰る予定だ。
醸造所では、アルコール発酵が終わったワインを樽に詰め、地下の貯蔵庫に運び入れれば、冬前の作業はひと段落。
手の空いた者から、今度は葡萄畑の方の手伝いに駆り出される。
叙勲式が終わって余裕の出来た僕も、また畑の手伝いだ。人は何人いても、足りるということはない。
葡萄の葉はすっかり抜け落ちて、枝は丸裸になっていた。そんな樹々たちが厳寒の冬に耐えられるように、根本には土を寄せ、藁を巻く。
(すっかり吐く息が真っ白だ……)
日増しに耳の先や、顔が痛くなる中、黙々と作業を進める。藁が巻き終わった区画から、不要な枝の剪定が始まっていた。足の踏み場に困るほどの枝が、畑のあちこちに転がっている。
「こりゃあ、もう寿命だねっ」
「ああ。やっぱりか……」
「こればっかりは仕方ないねっ。さあっ、そうとなればさっさと抜くよっ!」
古樹の区画で、ヌーヌおばさんや小作人たちが顔を付き合わせて相談していた。
どうやら、樹が寿命で枯れてしまったらしい。その樹は枝や幹に大きな亀裂が入り、一部はもう割れてしまっている。
聞くと、勿体無いからとそのまま放置しておくと、病害虫の原因になってしまうそうだ。だから、抜く判断は大変素早かった。
代々の小作人たちが、丹精込めて、大切に大切に守り育ててきた葡萄の古樹。
僕たちは畏敬の念を込めて、みんなで手を合わせてから、一思いに斧で幹を根本からぶった斬った。
そして、何人かで手分けして、シャベルで根を掘り出す。
……のだけれど、あまりにも根が深くていつまで経っても掘り起こせなかったので、結局、途中から土魔法を使って、みんなで根を引っこ抜く羽目になった。
(おおお〜! すごい長い根だ!)
やっと掘り出せた古樹の根は、僕の三倍ほどの長さだった。葡萄の古樹は根が深くなるとは聞いていたけれど、ここまでの長さだとは思っても見なかった。
抜いた古樹の幹や根は、剪定した枝と一緒に乾燥させて、暖炉の薪として使うのだそうだ。
「穴はそのまんまでいいよっ! あとで苗木を埋めるのに使うからねっ」
「? ヌーヌおばさん、苗木っていま埋めるものなの?」
「ああ。 ルイはそういえば初めてだったかいっ。去年は葡萄樹喰いで、それどころじゃなかったからねえっ」
ヌーヌおばさんが、足元に落ちている枝を拾う。
「葡萄はねえ、種から育てるとなぜだか親とは違う子になっちまうのさっ。だから、こうして切った親木の枝から根が出たものを、苗木にするんだよっ」
「えええ! そうなんだ……。僕、てっきり種から育ててるものだと思ってた……」
「ははは。まあ、普通はそう思うものさねえ。毎年、良さそうな枝は麦わらを編んだ敷物にくるんで、土の中に埋めておくんだよっ。そうして冬を越えたら、春に掘り起こして、畑に植えるのさっ」
「へえ〜。そうなんだ……」
ヌーヌおばさん曰く、枝から育てた苗木は、三年〜五年目にやっとワインが作れるようになるらしい。
そうして、ゆっくりと力強く育ち、二十年を過ぎた頃から、また段々と年老いていく。年を取ったり、枯れたりして、もうワインが作れないようになると抜かれ、新しい樹が植えられるのだ。
悲しいことのように思えるけれど、その新しい樹は、古樹からして見れば孫やひ孫になるのかもしれなかった。
(まるで壮大な、命のバトンみたいだ)
そうやって、葡萄は親から子へ、子から孫へ。孫からひ孫へ。いつまでもいつまでも、命を継ないでいくのだ。
♢
このまま冬が終わり、春になれば、僕は十六歳だ。この世界での成人を迎える。
この二年間は、ヴァレーを継ぐのか継がないのかを考える、猶予期間だった。十六歳になれば、否応なしに僕は選択を迫られるだろう。
ヴァレーを愛する気持ちは、もちろんある。美しい四季に雄大な自然。祝福と大地に育まれる葡萄とワイン。そして、ここに住む陽気で勤勉な人々。
けれど同時に、やっぱり怖い、恐ろしい、逃げたいという気持ちもある。覚悟なんて、まだ到底持てやしなかった。
でも、枯れた古樹を見て、思ったのだ。
僕はまだ若木だ。こんなに深い根は、まだこの地に張れていない。それはきっと、僕が大人になって、年老いて、この地に眠る時に、初めて根の深さがわかるものなんだ、と。
だから、おじいちゃんに「書斎に来なさい」と呼ばれた時、僕はてっきり跡継ぎの件かと思って、ありのままの気持ちを話すつもりでいた。
「おじいちゃん、話って何?」
「おお、ルイ。良く来た」
ソファに腰掛けたおじいちゃんは、ひどく険しい顔をしていた。その表情に、跡継ぎの話をするにしてはおかしいなと、すぐに気がついた。
「おじいちゃん、どうしたの? 怖い顔して……」
「……ルイ。ベルナール・ド・モンフォールを覚えているか」
「え?」
ベルナール・ド・モンフォール。忘れもしない。母さんを、家族を滅茶苦茶にして、僕たち兄弟がソル王国を飛び出して、ヴァレーに来ることになった元凶。
(そんな奴の名前が、どうして今さらここで……)
「……覚えてるよ。ベルナールがどうかしたの?」
「そのベルナールの行方が、わからなくなったそうだ」
おじいちゃんは、はあと重いため息を吐き、背もたれに深々ともたれかかった。
どうやらおじいちゃんは、僕たちがヴァレーに来てから、内々にベルナールのことを調べさせていたらしい。
可愛い孫たちの、平穏な日常をぶち壊しにしてくれた報復もあったらしいけれど、調べていくうちに、想像以上にきな臭いことに気づいたのだそうだ。それだけを告げて、詳しいことは教えてくれなかった。
「私は伝手をたどり、名を伏せ、ソル王国の貴族に働きかけた。そして、あやつを捕縛する段取りをつけたところまでは、良かったのだ」
「おじいちゃんが、そんなことをしてくれてただなんて」
「まあな。だが、きっと私が何をしなくても、ベルナール……というよりモンフォール家は、遅かれ早かれ没落していただろう。しかし、あやつは身の危険を察知するや否や、実家を見捨てて行方をくらましおった」
「ベルナールが逃げた……」
「騎士や警邏をすり抜けて、あやつだけ忽然と逃げおおせることができるとは思えん。協力者がいたのか、はたまた何かのスキルを使ったのか……」
ベルナールが逃げたという事実に、僕の心臓が嫌な音を立て始める。
おじいちゃんは名を伏せたとは言ったけれど、もしヴァレー家が働きかけたことを、ベルナールが知ってしまったら。
「ベルナールが僕たちに復讐しようとする、なんてことないよね?」
「わからんが……可能性は否定できん」
「そんな……」
まだまだ小さな弟のリュカに、おじいちゃん、おばあちゃん。それに、遠く離れて暮らす母さん。母さんは特に離れている分、状況がすぐにはわからない。
僕の不安と心配は、一気に降り積もるようだった。
「どうしよう……リュカも、母さんも! もし二人に何かあったら……」
「落ち着け、ルイ。まだそうと決まったわけではない。引き続き、調査と捜索はさせておる」
そう言って、おじいちゃんが焦る僕のことを抱きしめる。僕の体は、いつの間にか恐怖で小刻みに震えていた。
「私がしくじってしまったばかりに……。すまなんだ。今はまず、自分の身の安全を第一に考えてくれ……。わかったな」
「……」
おじいちゃんの心臓の音を聞きながら、僕は力なく頷く。
──それは、新しい年が波乱に満ちた年になることを予感させるかのような、暗く冷たい、年の終わりのことだった。
■ お知らせ
・これで四章は終わりです
・次は閑話→五章という流れですが、五章に入る前にしばしお休みをいただく予定です
・お休みにつきましては、閑話の後書き&活動報告にて、詳細をお知らせします。どちらも、【明日公開予定】です。




