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87. ヴァレーツアー

※ 普段の倍の文字量になり、書くのに時間がかかってしまいました。時間変更となり申し訳ありません。

 リュカを連れて、馬車に乗り込む。四人を乗せた馬車はもう定員いっぱいで、少し窮屈(きゅうくつ)だった。


 まずは、白の山脈に向かう。


 町を抜けた道すがら、春にリュカとお花見をした草原に差し掛かった。明るい緑色だった草原は、今は枯葉色とのまだらに変わっている。

 ちょうど放牧されているらしきヤギたちが、その草を食べているのが見えた。

 時折、メーと鳴く声や、リンリンカンカンと首についたベルの音が、青空に響く。



「にいに〜、あれ、なぁ〜に?」

「あれはヤギだよ」

「ヤギしゃん……めぇ〜〜〜」



 リュカは窓にへばりつくように外を眺め、ヤギが見えなくなるまで、ずっと「めえ〜めえ〜」と言っていた。


 それ自体はとてもかわいらしいのだけれど、なにせ道があまり良くない。

 リュカが体勢を崩してころんと転がらないように、僕と従者さんは気を張っている必要があった。



 ♢



 のんびりと秋風を感じながら、一時間もかからずに白の山脈の(ふもと)に着いた。

 遥か彼方に見上げる山頂は相変わらずの冠雪(かんせつ)だけど、(ふもと)の木々は緑から赤・黄色・橙と彩り豊かになっている。

 見上げた木の葉も、落ち葉の絨毯が敷かれた地面も、差し込んだ秋の光で黄金のように輝いていた。


 テオドアさまと四歳児を連れて登山はできないので、僕たちは(ふもと)から祭壇の方に向かって手を合わせる。

 しばらく黙祷(もくとう)すると、なだらかな(ふもと)を歩き始めた。


 けもの道、というのだろうか。おそらく猟師や町人が使うのであろう道なき道を歩く。深くは分け入らず、浅い場所を散策する程度だ。

 リュカはふかふかの足元が気に入ったのか、僕と手を繋いだまま、何度も何度も大きく足踏みをしている。



(マイナスイオンって、こういうことを言うのかな)



 清々(すがすが)しい空気に、僕は深呼吸をする。

 土の匂いと、風に乗ってどこからか聞こえてくる鳥の声。冬の気配を微かに感じる寂しささえも、とても美しかった。



「ほっほっほっ。これはこれは、素晴らしい景色じゃの」

「きれ〜、まっきっきっき〜」

「ふむ。カラマツ、ブナ、オーク、リンデンかの……。おお、あれは栗じゃ」



 テオドアさまの指差した方に、確かにイガイガに包まれた栗が落ちていた。木にも、たくさん生っている。

 リュカが落ちた栗を触ろうとしたので、僕は慌てて止めに入った。



「リュカ。痛い痛いだから、トゲに触っちゃだめだよ」

「! あい!」



 リュカはパッとお手々を背中に隠して、いい子のお返事をした。でも、やっぱり栗が気になるのか、すぐそばに落ちていた枝を拾って、つんつんしている。

 従者さんは、テオドアさまに指示されて、いくつか栗をもいで収納(ストレージ)にしまっていた。



「ここは、豊かな森じゃのう。ソル王国とは、また異なった木々や植物に溢れておる。文献でも見たことがないものや、一見、見知った花々であっても、色合いが違うものもあるようじゃ。実におもしろい!」



 ヴァレーの植生は、植物学者のテオドアさまでも見たこともない、興味深いものだったらしい。

 四季折々で研究のしがいがありそうだと、テオドアさまはうきうきと話していた。


 しばらく歩き回ったけれど、(ふもと)は風が肌寒くて、早々に馬車で町に戻る。その頃には、お昼どきになっていた。



「ヴァレーの町の中心地に、大きな広場があるんです。そこなら、色々お店があるので、昼食は町の食堂でもいいですか?」

「おお! そうじゃの。ヴァレー家の食事も美味いが、やはり一度は町の食事も試してみたいのう」



 家に戻っても良いけれど、せっかく外出したのだから、たまには外食も良いだろう。

 御者(ぎょしゃ)にすぐ近くで降ろしてもらい、僕たちは新酒祭りの会場にも使われる広場へと歩いて向かった。


 広場は、もう祭りが近いとあってとても賑やかだ。


 食堂の外にまでテーブルが広がっていて、老若男女が真昼間からジョッキを掲げて、あちこちで乾杯をしている。中身はきっとワインだろう。

 さらに、中央には数軒、屋台や出店も出ていた。


 人混みの中、僕たちはなんとか席を確保する。従者さんにテオドアさまとリュカを任せ、僕は昼食を買いに向かった。

 すると、すぐさま近くにある屋台の売り子から、声をかけられる。



「おにいサン、よかったら、買ってってネ」



 その独特なイントネーションに惹かれて、お店を見てみる。売り子の顔立ちは彫りが浅く、前世で言う東洋の雰囲気があった。きっと異国の人だろう。



「ここは、何を売ってるの?」

「おいしい麺ネ〜」



 売り子が、木の板を手に持つ。その板の上には、かまぼこみたいに、何かの生地が置かれていた。

 その生地にナイフをあて、目にも止まらぬ速さでシャッシャッシャッと動かすと、薄く削られた生地がぽとんぽとんと湯立った鍋に落ちていった。



「おお〜!!」



 その(よど)みのない完成された動きに、僕はつい感嘆(かんたん)の声をあげ、拍手をしてしまった。

 あっという間に生地すべてを鍋に削り入れると、売り子は軽く麺をゆがく。しばらくして、ひらひらと麺が浮かんできたら、湯ぎりしてトマトソースをかけた。



「これで出来上がりネ。おいしいヨ」



 確かに、ほかほかと湯気が立つ麺は、見るからに美味しそうだ。それに、今世では初めてのパスタ以外の麺だったので、物珍しさがある。



(きっと、祭りにかこつけてヴァレーにやってきた商人だろうな……。となると、この機会を逃せば、次はいつ同じものが食べられるかわからない……)



 そう思った僕は、四人分買ってしまった。

 売り子はサービスなのか、持参した木皿にたっぷりと麺を盛り付けてくれる。そして、「毎度、ありがとネ〜」と手を振って、見送ってくれた。なかなかにサービス精神旺盛(おうせい)な店だった。


 買った麺を収納(ストレージ)にしまい、そのほかにも人数分の、サンドイッチやチーズ、果物、果実水を買って、僕は席に戻った。



「「「「いただきます(いたっきまーす)」」」」



 さっそく、買ってきたものをテーブルに広げて、みんなで食べる。やっぱり外で食べる食事は、特別感があっていつも以上に美味しく感じた。


 何より、異国の商人から買った麺が大当たりだった。ワンタンのような柔らかさと、うどんのようなもちっとしたコシが一度に楽しめる、不思議な食感だ。


 四歳のリュカが麺を食べられるか心配だったけれど、上手にフォークに引っ掛けて、ちゅるちゅると食べている。若干、犬食いだし、ソースが飛んでいるけれど、テオドアさまも従者さんも温かい目で見守ってくれていた。



「みぇんみぇん、おいし〜」



 口の周りをソースで真っ赤に染めて、リュカはご満悦そうだった。



 ♢



 昼食が済んだら、腹ごなしに歩いて醸造所(ワイナリー)に向かう。広場からだと、ゆっくり歩いて三十分くらいだろうか。


 ヴァレーは石畳と、石やレンガの家々が立ち並ぶ小さな町だけど、今は道行く人が多い。

 人を縫うように歩く頭上には、ロープにかけられた洗濯物が所狭しとはためき、風に舞っていた。



(何度歩いても、映画の中にいるような気分だな……)



 住宅地を抜け、葡萄畑を半分のぼり、やっと醸造所(ワイナリー)に着いた。

 中を(のぞ)くと、祭りの準備が大詰めでレオンさんは忙しそうだったので、簡単に挨拶とテオドアさまの紹介だけして、早々に立ち去る。


 テオドアさまは口には出さなかったけれど、後ろ髪を引かれている様子だった。



(……今度は、レオンさんに醸造所(ワイナリー)での試飲会をお願いしよう)



 そのまま、近くの作業小屋にも足を運ぶ。

 葡萄農園責任者で緑の手のスキルを持ったヌーヌおばさんには、きっと色々と協力をしてもらう機会も多いと思う。

 ちょうど休憩をしていたヌーヌおばさんに、テオドアさまを紹介した。



「あたしは学がないからねえっ、お役に立てるかどうか……」

「ほっほっほっ。なんの、熟練の緑の手がおるとは、望外じゃよ」



 高名な学者と聞いて、ヌーヌおばさんはひどく恐縮し、まるで借りてきた猫のようだった。

 エプロンでごしごしと手を拭き、テオドアさまが差し出した手を、恐る恐る握り返している。



(あのヌーヌおばさんが……)



 いつもは図々しいくらい図太いヌーヌおばさんの意外な一面に、僕は驚いてしまった。


 作業小屋でお茶をもらって僕たちも休憩をした後、ヌーヌおばさんの案内で周りの葡萄畑を見て回る。

 去年の葡萄樹喰いの話をしながら、じっくりと樹々を観察したり、品種の違いによるワインの味わいなんかを談義していたら、あっという間に夕方になってしまった。


 リュカはたくさん動いて、食べて、遊んで疲れたのか、途中からうとうとしだして、今は僕の背中で眠ってしまっている。

 むにゃむにゃと半開きの口で何か寝言を言って、完全に夢の中だ。



(大きくなったなあ。もう長くは抱っこしてられないや)



 よいしょとリュカを起こさないようにお尻を支えながら、姿勢を整える。

 眼下に広がる、真っ赤に染まる葡萄畑の眩しさに目を細めながら、僕たちはゆっくりと坂を下っていった。



「……美しい夕日じゃ。そして、なんとも力強い、豊かな命に溢れた葡萄畑なことか」



 ふと、前を歩いていたテオドアさまが、足を止めてぽつりとが呟く。

 後ろ姿からはどんな表情をしているかはわからないけれど、何かを懐かしむような、もの悲しい声だった。



(テオドアさま……)



 その小さな背中に、なんて声をかけたら良いのかわからない。

 僕が言葉を探していると、不意に背中からリュカの声がした。



「んにゅ〜、にぃに……」

「リュカ、起きたの?」



 ハッとして呼びかけるけれど、返事が返ってこない。後ろ目で見ると、リュカはまだ眠っている。

 なんだ寝言かと思ったら、また声がした。



「にぃに……みぇんみぇん……たべ……ゆ……」

「ほっほっほっ。リュカ坊の『坊』は食いしん坊の『坊』じゃの。夢の中でも、美味しいものを食べておるようじゃ」



 リュカの寝言にテオドアさまは目を瞬いた後、おかしそうに笑った。その笑顔に、寂しさなんて見当たらない。

 従者さんも、手で口を覆ってニヤついていた。この人は結構、見かけによらず笑い上戸なのかもしれない。


 リュカの食い気には、僕も気が抜けて苦笑してしまった。

 そして、気を取り直したようなテオドアさまの「早く帰って、夕食が楽しみじゃ」という声に促されて、僕たちはまた家路に着いたのだった。

・過去のお話も合わせて、白の山脈の裾→白の山脈のふもとに、表記を統一しました

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