番外編 とある下女からみたヴァレー家の兄弟
「リュカ。にいに、すぐに戻ってくるからね。ごはん食べて待っててね」
着飾ったルイ様がそう言って、名残惜しそうに部屋を出て行かれました。
ルイ様の弟君であるリュカ様と、下女であるわたしはその姿をお見送りします。
「にいに……」
「クククー」
普段、ご家族と一緒に食事をしているリュカ様は、今夜はご兄弟のお部屋での夕食です。
仕方がありません。リュカ様はまだ四歳。お客様をご招待した晩餐には、出席できません。
そうはわかっていても、ベッドに丸まって、お兄様を恋しがる小さなお背中は、大変哀愁を誘いました。
ご兄弟が飼われているミンクリスが、リュカ様に寄り添って必死に慰めています。
ミンクリスが懐いている様子や、ご兄弟二人の仲の良さに、わたしはつい目を細めてしまいました。
「さあ、リュカ様。もうすぐ夕餉が届きます。お髪をまとめましょう」
「……あい」
しょんぼりとしたリュカ様の、榛色の長い髪を綺麗に結い、青いリボンをつけます。
このリュカ様の髪色は、お父様のマルク様、ひいては旦那様の血を受け継いでいらっしゃるからでしょう。
今は白くなってしまった旦那様の髪も、その昔は榛色だったそうです。
長年、マルク様のことは、ヴァレー家では禁句とされていました。
わたしがヴァレー家に奉公に上がった際には、すでにマルク様は家を出られた後。その昔から働いている使用人から、教育の中でそっと教えられたものです。
──トントントン
お部屋の扉を開けます。調理人が、ワゴンでお食事を届けてくれました。
わたしは、子ども用テーブルに座っているリュカ様に、さっそくお出しします。ついでに、足元のミンクリスにも。
食べることが大好きなリュカ様は、機嫌を直して、今か今かとお待ちです。
「どうぞお召し上がりください」
「いたっきまーす!」
「クククー!」
この家に来られた時から、リュカ様は手を合わせ、お食事の挨拶をしっかりとされていました。
きっと、ルイ様が躾けられたのでしょう。
旦那様と奥様は、使用人に対して理不尽なことをされる方ではありません。けれど、昔の家内はどことなく厳しく、寂しい印象がありました。
それが、いつからか少しずつ柔らかく、優しい雰囲気になったのです。
そしてある日、使用人を一同に集め、「孫が二人、ヴァレーにやってくる」と告げられました。
あの時、使用人内では静かな激震が走ったものです。
わたしたち使用人は、そもそもマルク様がご結婚され、お子様がいたことさえ知らされていませんでした。
ですから、お孫様はどんな方だろうかと、心配の方が上回ったのです。もし、難のある方だったら……。
「おいしー!」
「それはようございました」
にこにこと、小さな手でシルバーをしっかり使い、幼児にしては綺麗に食べられるリュカ様。
この一年と少しで、ふくふくと血色の良いお顔になりました。
以前はお小さくて、ルイ様の背中に隠れてしまうことも多かったリュカ様も、今では元気いっぱいです。
そう、あの日。ヴァレーにやってきたご兄弟は、とても礼儀正しいお子さま方でした。
ルイ様は兄としてリュカ様の面倒をよく見られ、しばしば使用人の仕事を奪われてしまったほどです。
そんなルイ様に、旦那様は「様子を見て、少しずつ助けてやってくれ」と、密かにわたしたち使用人に言われました。
そんな旦那様を不思議に思っていると、後からお二人がどんな環境で育ったのかを執事さまから知らされ、涙を禁じ得ませんでした。
それと同時に、だからルイ様はリュカ様を大切にされているのかと、納得したものです。
「こりぇ〜、おかあり!」
「はい」
リュカ様はラビオリが気に入ったのか、おかわりをされました。
パスタ生地に具材が包まれていて、幼児でもフォーク一つで食べられます。
そのような工夫が、お食事の随所にされていました。
ちょうど良い大きさに切られた旬の食材に、食べやすい食器。ソースは、お子さまが好きなトマトベース。パンも肉も柔らかく、噛みやすいものを。
はじめに、使用人の中でお二人と打ち解けたのは、調理人たちでした。
それはそうでしょう。ご兄弟は毎食のお食事を楽しみにされ、良いお顔で食べられるのです。
調理人たちにハリがでたようで、お食事は短いうちに劇的に美味しくなりました。わたしも、毎日の賄いが楽しみなほどです。
「ごっそーさまでした!」
「よく食べられましたね」
「ごはん、おいちかった〜」
にっこりと無邪気に笑うリュカ様は、女の子のようにお可愛らしく、笑みがこぼれます。
ただ、すぐにルイ様のことを思い出したのか、ちっちゃなお口を尖らせました。
「にいに、まだ〜?」
「まだ、もう少しかかると思いますよ」
「うぅ〜。しゅぐ、いった!」
リュカ様は、ぐるぐるそわそわとお部屋を歩かれたり、ミンクリスと遊んだりして、幼いながらになんとか気を紛らわせようとされていました。
けれど、ついに我慢ができなくなったのでしょう。
「にいに、おむゅかえ、いく!」
そう言って、ミンクリスを肩に乗せ、お部屋を出ようとしたのです。
慌てて引き留め、なんとか説得しようとしたのですが、「いくの!」の一点張りで、わたしがほとほと困り果てた時……。
──カチャ
「ただいま、リュカ」
「にいに!」
天の助けでした。噂をすれば、ルイ様がお部屋に帰ってこられたのです。
わたしの顔を見て、何やら悟ったのでしょう。ルイ様は苦笑されていました。
「リュカ、いい子に待ってられたかな?」
「あい!」
自信たっぷりに、リュカ様がお返事されています。先ほど強情を張ったのは、けろりと忘れられたようです。
そして、両手をルイ様に向けて上げられました。
ルイ様はまだ前髪を上げ、上等なジャケットを着たままです。しかし、そんなこと気にもせず、リュカ様を抱き抱えました。
もうすでに、大人と言っても差し支えないほど、成長されたルイ様。
ルイ様はご存知ないですが、実は町の女の子たちからの人気は高いのです。
わたしも、よく尋ねられます。主家のことを明かしたりはしませんが、その多さにはうんざりでした。
ルイ様の焦げ茶色の髪や青い瞳は、お母様譲りなのでしょう。けれど、体格やお顔立ちは、旦那様にそっくりです。
見目が悪いわけではありませんし、何より将来有望。リュカ様への接し方を見るに、甲斐性もあります。
年頃の女の子たちが熱を上げるのも、わからなくはありません。
けれど、ヴァレー家は晴れて貴族の仲間入りをされました。
できることなら、このままご兄弟仲良く、穏やかに成長されてほしい。
そして、いつかしかるべき家のご令嬢をお迎えしたルイ様が跡を継がれ、そのルイ様をリュカ様が支える。
そんなお二人にこの先もずっとお仕えしたいと、わたしたち使用人は夢見ていました。
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