83. 歓迎の晩餐(前)
その日の夜は、テオドアさまの到着を歓迎して、晩餐会を行うことになった。普段は別室で食事を摂られている紋章官さまも、今夜はご招待する。
お客様がいるので、幼児のリュカは下女に世話をしてもらって、自室で食べることになった。
(リュカ、大丈夫かな……)
下女がいるので一人ではないけれど、家での食事は、必ず家族の誰かが一緒だった。
だから、初めての家族がいない食事に、リュカが泣いていないか、ちゃんとごはんを食べられているか、僕は心配でしようがない。
そんなことを考えながらも、目の前のお皿の上に置かれたナプキンを手にとる。
今日は普段の食卓とは違って、上等な皿や凝った装飾のシルバーが整然と並んでいた。中央部分には、ヴァレーの秋の花々が飾られていて、とても華やかだ。
左隣に座ったテオドアさまも、にこにこと手を擦り合わせている。
「ほっほぅ。これは、これは。素晴らしい! なんとも、楽しみじゃのう」
「テオドアさまは、お好きな食べ物や、逆に食べられないものはありますか?」
「教会は清貧が美徳とされておったからの。出されたものは、なんでも食べたものじゃ。ゆえに、食べられないものはないのう。じゃが、好きなものはやはりワインかの。あれは命の水じゃ」
「良かった。今夜はヴァレーのワインを、目一杯楽しんでくださいね」
「おお。そうじゃの」
おじいちゃんが、執事のティエリーに「とっておきのワインをお出ししろ」と言っていたのを、僕は偶然聞いてしまった。
きっと今日は、歓迎にかこつけて、自分も存分に飲むつもりなのだろう。ぜひ、テオドアさまと紋章官さまにも楽しんで欲しい。
皆が席につき、そろそろ始まるはず……というところで、なぜか調理長のグルマンドが、ワゴンを押して部屋に入ってきた。
その上の皿には銀の丸い蓋が被さっていて、よくわからない。
「むふっ。お集まりのみなさま、はじめまして。わたくしは、当家の調理長のグルマンドでございます。むふっ。世にもめずらしい、たいっへん貴重な食材が、ぐ・う・ぜ・んにも手に入りました。本日の晩餐では、みなさまに心ゆくまでこの食材を楽しんでいただければ、これ以上のことはありませんっ!むふん」
何やら始まってしまったグルマンドの口上に、ぽかんとする。おじいちゃんは涼しい顔をしているけれど、それ以外のみんなは呆気に取られていた。
それだけ今回の食材に自信があるのか、グルマンドは重いお腹を突き出しつつ、ゆっくりと蓋を持ち上げた。
「今朝とれたばかりの白い宝石……白トリュフでございますっ。むふっ」
蓋が開き、白いごつごつした石みたいなものが姿を現すと、途端に良い匂いがした。
「白トリュフ? 宮殿料理でも、数年に一度、饗されるかどうかのものが、なぜここに……?」
「ほほう。強気を言うだけのことはあるのう。ここにいても薫ってくるわい」
グルマンドは、一瞬開けた蓋をまたすぐに閉じる。紋章官さまとテオドアさまの驚き具合に気を良くしたのか、その口は滑らかだ。
「むふっ。テイムのスキル持ちが、持ち込んだのでございます。むふっ。なにやら、動物たちと餌を求めて白の山脈の麓を散策したところ、見つけたのだとか。むふふ」
「紋章官殿、テオドア殿。お二人が、ヴァレー産を初めて口にされる方となる。どうか存分に味わって欲しい」
おじいちゃんは事前に聞いていたのか、驚くことなく、むしろしたり顔だ。
(おじいちゃんが今朝出かけてたのって……。もしかして、この白トリュフの件でかな?)
従僕が一人一人に一品目をサーブする。テキパキしているけれど、指先が揃った綺麗な所作だ。
「カリフローレのソテー、かぼちゃのピューレソースです」
真っ白な白磁の皿に、オレンジの海。その海には、カリフローレが美味しそうな焦げ目をつけて、ぷかぷかと浮かんでいた。
大人たちは、給仕の間にワインを注いでもらっている。
「本日のワインは、三年物のヴァレー・ブランシュ。この年のものは、柑橘のような香りを持ち、キリッとした酸味が心地良い白ワインとなっております。甘みのあるお料理と、良く引き立てあうことでしょう」
大人たちにワインが行き渡ったので、グラスの柄を軽く持つ。悲しいけれど、僕は葡萄ジュースで気分だけ味わうしかない。
「では、テオドア殿の到着を心から歓迎して。乾杯」
「「「「乾杯」」」」
おじいちゃんの音頭で、グラスを軽く目の前に掲げる。僕は一口含むと、さっそくシルバーを手に取った。
……とその時、後ろに控えていた従僕に声をかけられる。
「ルイ様は、白トリュフを掛けられますか」
その白い手袋を嵌めた手には、子どものこぶしサイズの白トリュフと、スライサーらしきものが握られていた。
(えっ!? もしかして、一品目から白トリュフを掛けてくれるの!?)
ごくり。あまりの贅沢さに唾を飲んでしまう。トリュフなんて、前世でも結婚式の食事で、本当に小さいかけらが掛かっているかいないかくらいしか、経験がなかった。
白トリュフなんて、そもそも今回初めて存在を知ったくらいだ。
「う、うん。お願い」
そういうと、シャッシャッと目の前で白トリュフが軽快にスライスされる。けちけちした量ではない。軽く一山分くらいは、掛けられた。
(一体、これだけでいくらするんだろう……)
白トリュフは、とてつもなく新鮮な、良い香りだ。目も眩むような芳醇な香り、とでも言うのだろうか。けれど、なんだか金貨の匂いにも思えてくる。
僕は恐る恐るカリフローレを一口サイズに切り分け、ソースと白トリュフを乗せて、一思いに食べた。
(はあぁ〜。おいっしい!)
ついため息が漏れる。野菜のこりこりした食感と優しい甘みに、ほのかなバター。そして後から強烈に鼻を突き抜けていく、白トリュフの風味。
素朴な野菜だけの一皿なのに、とてつもなく豪勢な味がした。




