80. 即席!ワイン樽・洗濯板バンド!
リュカが、ぽっこりお腹を両手で抑えて、僕に訴える。
「……にいにぃ、おにゃか、すいた〜」
「クククーン」
「え!? お腹空いたの!?」
(あれだけ葡萄を食べたのに!?)
そんな言葉が僕の口から出かかったが、何とか耐えた。リュカは収穫作業で、食べた葡萄をすっかり消化してしまったようだ。
本当に、この小さな体のどこに入るのだろうか。リュカが成長期になった時の、エンゲル係数が恐ろしい。
内心戦々恐々しつつ、時間はちょうどお昼時。僕もお腹がぺこぺこだ。
リュカと手を繋いで、昼食会場へと向かうことにした。
今朝祭壇のあった場所には、テーブルと椅子がずらっと並んでいる。
小作人や町人たちも手を止めて、ぞろぞろと集まり出した。
収穫作業の楽しみといえば、やっぱりヴァレー家の調理人や主婦たち有志が作る昼食だ。
過酷な肉体労働なので、給金がでない分、食事だけはたっぷり用意されている。しっかり食べて、また午後の作業への英気を養うのだ。
今年は特に、慌ただしい開始のうえ、短い日程での収穫なので、ヴァレー家としても奮発したのだろう。
テーブルの上には定番の料理のほかに、見たこともない料理があった。
「ルイ様。こちらにいらしたのですね」
「レミー!」
どこに座ろうかと思っていると、後ろから声を掛けられる。振り返ると、レミーが立っていた。
今日のレミーは、いつものかっちりとした格好とは違って、洗いざらしの動きやすいシャツとパンツ姿だ。
まるきり農作業スタイルなのに、長い髪を高い位置でお団子に結び、汗を垂らしている姿は、普段とは違って粗野な雰囲気だった。
襟から覗く鎖骨や、肘から手首にかけてのくっきりとした筋が男らしい。それに、日に焼けたのか、色白の頬が火照ったように赤くなっていた。
(うっわぁ〜。目に毒……)
すっかりレミーに慣れたはずの僕ですら、一瞬見てはいけない物を見てしまったかのように、狼狽えたのだ。リュカは、僕の後ろに隠れてしまっている。
周囲を見ると、おばさ……ご婦人方や妙齢のお姉さま方が、何人もレミーに熱視線を向けていた。
「ルイ様。席はこちらに用意してありますので、行きましょう」
「え? う、うん」
(席が用意されるなんて、聞いてなかったけど……?)
もしかして、方便だろうか。確かに、この衆人環のなかでレミーが一人でいるのは、いろんな意味でアブナイ。
僕は仕方なく、防波堤になるつもりでレミーの後をついていった。
♢
「「いただきます(いたっきまーす)」」
僕を間に挟んで、右手にはリュカ、左手にはレミーが座る。
料理を取り分け、飲み物を注いだら、さっそくお昼ごはんだ。
去年は硬いパンだったけれど、今年は黒葡萄がたくさん入ったフォカッチャみたいなパンになっていた。これなら、リュカも食べられる。
ほかには、ホールチーズやマッシュポテト、焼き野菜のマリネ、豪勢にも鹿肉・葡萄・いちじくのワイン煮込みまであった。
「おいちい〜」
「ククク〜」
リュカはやっぱりフォカッチャが気に入ったのか、両手でしっかり持って、もりもり食べている。
メロディアは、リュカがテーブルに落としたパンくずを掃除しながら、チーズをちまちま齧っていた。
僕も、気になっていた煮込みを、マッシュポテトにかけてスプーンで食べる。
(んー! 見た目は悪いけれど、この煮込み、とんでもなく美味しい!)
この煮込みを作ったのは、きっと調理長のグルマンドだと思う。鹿肉の嫌な臭みなんて全くなく、噛むと筋が柔らかく解けて、深くまろやかなコクが口に広がる。
あっという間に一皿食べ終わって、おかわりをもらってしまうほどだった。上からチーズをたっぷりかけても、味が変わってまた美味しい。
切なく泣いていた胃が、やっと入ってきた食べ物に喜んで、ぎゅるんぎゅるんと力に変えているような気がした。
隣のレミーもなかなかに健啖家で、銀食器を持つ手が止まらない。
ぺろっと二人分は食べて、デザートとしてチーズに黒葡萄ジャムをつけて食べるという、なんとも通な食べ方をしていた。
結局、煮込み二杯にフォカッチャやマリネも山盛り食べて、お腹がいっぱいだ。ふわぁ〜とあくびと、幸せのため息が漏れる。
僕たちがしばらく食休みでまったりしていると、二人の男性が椅子を持ってきて、少し開けたところに座るのが見えた。
左の男性の手にはワインの古い小樽が、右の男性の手には洗濯板と二本のスプーンが握られている。
(?? 何をするんだろう。っていうか、あの洗濯板ってもしかして作業小屋の……!?)
樽と木の板に溝を入れただけの洗濯板を使って、何を始める気なのかと見ていると、片方が樽をタンタンタンと叩き出した。
もう片方も洗濯板を胸に立てかけ、二本のスプーン交互に動かして、ジャッジャッジャーとリズムを取る。
不思議と音楽になっていた。
そうして、しばらくセッションして十分に注目を集めると、二人はニヤッと目配せをして歌い始めた。
『さあ!収穫の時が来た!
甘い香りに満ちている
まるで宝石 一粒一房 光り輝く
祝福と大地に 永遠の感謝を
さあ!収穫の時が来た!
豊かな実りに満ちている
まるで命 一粒一房 夢の味わい
祝福と大地に 永遠の感謝を
祝福と大地に 永遠の感謝を!』
彼らは音楽隊のメンバーか何かだろうか。軽快な音を奏でながら、華やかなテノールと力強いバリトンで朗々と歌い出す。
陽気でアップテンポな曲調だから、途中からみんな手拍子をしたり、口笛を吹いたりしてノリノリだ。リュカとメロディアは、腰をゆらゆら、お尻をぷりぷり振っている。
ついに、最後の繰り返しのフレーズでは、肩を組んで大合唱になった。
タンタンターン、ジャッジャッジャー!
と、余韻を残して曲が終わると、わっと盛り上がって拍手喝采。スタンディンオベーションだ!僕も拍手を送る。
(洗濯板、立派に楽器だった! すごい!!)
小作人や町人たちは、彼らとハイタッチし、「最高だったぞ!」と讃え、笑い合いながら畑へと戻っていく。中には、樽の上にチップを置いていく者もいた。
せっかくの収穫日は生憎の曇り空だけど、束の間の演奏に、心は晴れやかだった。
■ おまけ「エイプリルフール」
ーーーーー
「さあ、リュカ。そろそろ寝るよ〜」
ご機嫌にメロディアと遊んでいるリュカに、僕はそう声をかける。
すると、リュカはが〜んという顔をして、ベッドのヘリに頭を伏せてしまった。
「……ぐすん、ぐすん、え〜ん、え〜ん」
(あちゃー。遊びたいけど、眠くてぐずり出したのかな)
泣き出してしまったリュカに、「もっと早めに声を掛ければよかったな」と後悔したけれど、何か変だ。
鼻を啜り上げる音がしないし、涙が出ているようには見えない。声だけで「え〜ん」と言っている感じだ。
(ん〜?)
よくよくリュカの様子を見ると、ちっちゃなお手々の隙間から、ちらっちらっと青い目がのぞいていた。
(はは〜ん。嘘泣きだな)
一生懸命、『泣いてます』アピールは可愛いけれど、いつの間にそんなにあざとくなったのだろう?
「くくっ。リュカは、なんで泣いてるのかな〜?」
「ぐすん……もっと、あしょびたい……ねんね、や〜」
「そっかあ。もっと遊びたいのか〜。でも、ねんねしないと、明日いーっぱい遊べないよ?」
「やーなの! ねない! え〜ん、え〜ん」
(うーん。困ったなぁ。かわいいけれど、ここで『いいよ』と言う訳には行かないし……)
寝るのが遅くなると、辛いのはリュカなのだ。
それに、リュカに付き合って遊んでいたメロディアは、目がとろ〜んとして、うとうとしている。
これ以上はかわいそうなので、メロディアをそっと両手で運んで、専用のベッドに寝かせてあげた。
「リュカ。メロディアはもうねんねしたよ。にいにも眠いんだけどな〜」
「え〜ん、え〜ん」
「うーん。じゃあ、にいにはもうねんねするから、リュカも泣き止んで、眠たくなったらおいでね」
まだ嘘泣きしているリュカを、構うことはしない。
僕は部屋のランプの灯をすべて消し、ベッドに横になった。ただ、リュカが怖くないように、照明で豆粒サイズの灯だけつけておく。
すると、すぐにリュカの泣き声……もとい鳴き声が止んで、ごそごそとベッドに入ってきた。
腕を上げると、すっぽりと胸に入ってくる。
ばあと毛布からのぞいた顔は、涙でまったく濡れていなかった。それどころか、にへらと笑っていて、毒気が抜けてしまった。
(やっぱり嘘泣きだったか〜。もう、仕方ないなぁ。寝る間際だし、怒らないでおくか……)
「はい。じゃあ、リュカ。おやすみ」
「にいに〜」
「ん?」
「あちた、いーっぱい、あしょぼ〜ね」
「はは。明日、ね」
そうして、しばらく静かにリュカの胸をとんとんしていると、すーすーと言う寝息が聞こえてきた。
そのくすぐったさに声を出さずに笑うと、僕もふわあ〜とあくびをして、微睡に身を委ねたのだった。




