79. リュカの収穫デビュー
「なあにやってんだいっ、あんたたち!ほれ、早く収穫を始めるよっ!今年は時間がないんだからねっ!さっさと畑に散った散ったっ」
惚けていた僕たちは、ヌーヌおばさんの怒声で我に返った。
醸造所の職人らしき若手が数人、ヌーヌおばさんに背中をばっちーーーんっと叩かれて、活を入れられている。
そして、慌てて酵母入りの壺を醸造所へと運び出していた。
その音に竦み上がり、次の標的にされるのはごめんだと、みんなそそくさと畑に向かって歩き出す。
僕も逃げるように担当の列に向かい、収穫を始めた。今日は白葡萄だ。
(よーし! やるぞ!)
膝を地面につき、腰をかがめて、たわわな葡萄の根本を鋏でパチンと切り取る。途端に、左手にずしっと重い房が乗っかった。艶やかな黄金色で、粒が揃っている。
顔を近づけて匂いを嗅ぐと、なんとも甘い香りで、とっても美味しそうだ。
(いやいや、まだ食べるのは早い……。収穫しなきゃ)
この時、すぐに手籠には入れない。明らかに熟してない実や、傷んでいる実がないかを確認して、あれば畑にぽいっと捨ててから手籠に入れる。
そうして、膝立ちのままずりずりと横歩きし、次の葡萄、次の葡萄と丁寧に摘んでいくのだ。
しばらく黙々と作業し、時折、立って膝や腰を伸ばす。んーっと曇り空に大きく伸びをすると、体のあちこちから、ミシッポキッと音がした。
(ああ〜〜、きっつい……)
葡萄の収穫は、重労働の体力勝負だ。それに、集中力もいる。
僕はまだまだ慣れなくて遅いけれど、ベテランの小作人たちや手伝いの町人たちは、丁寧ながらもテキパキと素早い。
同じ区画の列違いで収穫を始めたはずなのに、僕よりずっと先にぴょこぴょこと頭が出ていた。
(列の終わりを見たら、いけないなぁ。遠い……)
いつもは二週間〜三週間掛けて、この広大な葡萄畑の収穫をするのだけど、今年は九日しか猶予がない。
そのせいもあってか、去年より人が多いような気がした。日が昇ってからは、さらに増えている。
町の人々が一丸となって、手伝ってくれているのだろう。遠くから合唱や冗談を言って笑う声がして、畑はとても活気づいていた。
♢
「にいにーー!!」
お昼まであともう少し、という時間。
リュカの声がしたかと思うと、どーんと背中に衝撃があった。つんのめりそうになって、僕は思わず右手を前につく。
背中を見ると、リュカがきらきらとしたお目々で抱きついていた。さらに、その少し後ろには、おじいちゃんが苦笑して立っている。
「止めようとしたのだがな……遅かったな」
「はは……」
どうやら、おじいちゃんと一緒に畑を見て回っていたリュカは、僕を見つけて突進してきたらしい。元気いっぱいで可愛らしいけれど、四歳児の力はなかなか強いのだ。
危ないよと注意すべきか、よく後ろ姿で僕だとわかったなと感心すべきか、僕は悩んでしまった。
「にいにー! ぶどう! ぶどう、いーっぱい!」
「クククー!」
そんな僕たちにお構いなしで、リュカは好物の葡萄に大興奮だ。いーっぱいっと何度も手を大きく広げて、飛び跳ねている。
ちょうどリュカの目線に葡萄が生っているので、よく見えるのだろう。
「りゅーも! りゅーも、ぶどう、ぱちんしたい!」
「ククー!」
「ええ!? 葡萄、獲りたいの?」
「とるー!」
ふんすとリュカはやる気十分だ。目の前の葡萄を一つしっかりと掴んで、僕の方を見上げている。
去年はまだ三歳で、収穫は見るだけだったリュカが、今年は自分から「とりたい!」と言っているのだ。
(一年って、長いようで短いなぁ)
子どもの成長はあっという間で、しみじみとしてしまう。
これもいい機会かと思って、僕はリュカが掴んだ葡萄の根本を鋏で切ってあげた。
樹から離れた房が重たかったのだろう、リュカは落としそうになりながらも、何とか両手で抱えている。
「ぶどう、とったーー!!」
「クククー!」
リュカの顔ほどの、立派な葡萄だ。見るからに瑞々しくて、皮がぱりっとしている。
リュカもメロディアも、手に持った葡萄を食い入るように見つめていて、よだれが出そうだった。
「あう〜。にいに〜。ぶどう、たべちゃい……」
「クク〜ン」
(くっ……。そんな上目遣いで言われると、だめだとは言えない……!)
元々、収穫する人の特権で、喉が渇いたらぱくっと食べるくらいは構わない。
ちらっとおじいちゃんを見ると、目尻を下げて頷いていた。
「がんばってリュカが獲ってくれたから、食べて良いよ。あ、でも種が大きいから、ぺっするんだよ?」
「あ〜い」
「ククー」
僕はてっきり、指で実を摘んで食べるのかと思っていたけど、リュカはあ〜〜んと口を大きく開けると、葡萄の房に齧り付いたのだ!
何とも、豪快な食べ方だ。
「あぐ、あぐ……ちゅっぱ、あま〜い!」
「ククー!」
「はは。喉につまらないように、ちゃんと噛んで食べてね」
リュカもメロディアも、葡萄を頬いっぱいに詰めて、貪っている。
完熟よりも少し早い時期なので、甘みより酸味の方が強いはずだけど、初めて畑から葡萄を収穫したリュカにとっては、一入なのだろう。
顔だけではなく、服も果汁でベタベタにして、一人と一匹でぺろりと食べてしまった。
「ぶどう、おいちい! りゅー、ぶどう、だーいすき!」
「クククー!」
顔を拭って、洗浄を掛けてあげる。
気が済んだかなと思ったけれど、まだまだ「とるー!」と言うので、しばらくリュカにも手伝ってもらった。
すぐ飽きるだろうという予想とは裏腹に、リュカはお昼までの一時間ほど、がんばって収穫していた。
真面目に「んしょ、んしょ」と葡萄を獲っては、脇に置いた手籠に入れている。……ように見えて、僕はしっかりと気づいていた。
リュカとメロディアのほっぺが、時折、まあるく葡萄の実の形に膨らんでいたことを。




