72. 休日の、手痛い洗礼
神々からいただいた金の鈴は、絹糸で編まれた葡萄色の紐が通され、いまはおじいちゃんの首からぶら下がっている。
鈴の頭に金具がついていたので、きっと神々も身につけることを推奨されているのだろう。
その証拠に、なぜか収納には入れられなかった。
しかも、鑑定も効かない。きっと人の力など及ばないのだろう。
そうして、鈴はヴァレー家が所有することになったのだけれど、反対するものもいる。
筆頭が巫女だ。
鈴は神器であり、人に授けられたものではなく、土地に授けられたものだと言っているらしい。
だから、神殿で保管し、祀るべきだと。
でも、あの時、巫女は触れなかった。
それに、ヴァレー家に持ち帰ってから、おばあちゃん・レミー・使用人たちと、触れる者がいるか順に確認したけれど、誰も触れなかったのだ。
唯一、触れたのは、おじいちゃん・僕・リュカの三人のみ。
……つまりは、そういうことだろう。
「巫女も耄碌したものだな。これはヴァレー家に授けられたもの。家宝として、当主に代々引き継ぐことにする」
巫女の言い分を跳ね除けたおじいちゃんが、そうきっぱりと告げる。
それで、鈴の所有問題は、なんとか収拾がついたのだ。
♢
(はあ〜。何か、がっつりしたものが食べたい……)
ヴァレー家が授爵してから、忙しさのあまり、僕はお疲れ気味だった。
レミーのほかに事務員は通いで2名いるが、初老を過ぎているうえ、所帯持ちだ。
仕事は溢れる寸前どころか、もう溢れてしまっている。仕方なく、商人ギルドや地元のワイン商会の推薦で、さらに3名を臨時で雇うことにした。
それでも手が足りておらず、レミーはほぼ住み込み状態になってしまっている。
(ブラック企業まっしぐらなのは、なんとか食い止めたいけれど……)
僕はまだ半人前だけれど、それでも自分の執務に加えて、総勢6名の手伝いや遣いをこなしていた。おかげで、目が回るような忙しさだった。
そうして、気がつけば、空の青さが深くなり、日差しがさらに眩しくなっていた。
窓の外から、夏鳥の鳴き声が聞こえてくる。農園からの報告によると、葡萄の房にも実が生り、順調に大きく育ち始めているそうだ。
(夏バテかな……疲れが取れていない気がする)
ヴァレーの夏は、前世の日本の夏を知っている僕からすれば、だいぶ快適だ。
あの、何とも言えない『むわっ』とした湿気がない。空気がさらりとしていて、窓を開けておくだけで、風が通り抜けてとても気持ちが良いのだ。
さすがに、日中の直射日光は暑いけれど、日が落ちれば涼しくなるので、寝苦しいということもなかった。
だから余裕だと思っていたが、運動不足とも相まってか、なんだか体が重い気がする。
(よし。明日の休みはたっぷり睡眠を取って……。無性に食べたくなってきたあれを作ろう)
そう決めると、最後の気力を振り絞って、僕は残りの仕事をやっつけにかかった。
♢
翌朝。僕は計画どおり、朝寝坊を満喫していた。
リュカの世話は、子守りにお願いしてある。抜かりはない。だから、今朝はゆっくり寝ていられると、思っていたのだけれど……。
「にいに! おねぼうしゃん、めっ!よ」
「クククー!」
「ん〜、リュカ、お願い……。にいに、疲れてるから、もうちょっと、寝かせて……」
「だめ〜! おっき、するの!」
朝食を食べたリュカは、子守りを振り切って、そのまま部屋に戻ってきてしまったらしい。
薄目で見ると、リュカは腰に手を当て、ぷんぷんと怒っている。さらに、僕の体を必死に揺すって、起こそうとしてきた。
けれど、まだ寝たりない僕は、夢現でブランケットを頭から被り、芋虫状態でベッドにしがみつく。
しばらく揺すられても、僕が起きないでいると、リュカが「んしょ、んしょ」とベッドをよじ登る気配がした。
(? 一緒に寝る気にでもなったのかな……)
そううっすらと思っていると……。
「えいっ!」
「ククー!」
かわいらしい掛け声とともに、ベッドが大きく跳ねる。
そして、僕の体のうえに、リュカとメロディアが勢いよく飛び乗ってきた!
「ぐぇっ!」
四歳児と小動物の全体重が、僕の体にのしかかる! 思わず、蛙が潰れたような声が口から出た。
重みと衝撃で、僕は眠気なんて一瞬で吹き飛んでしまった。
「にいに、おこえ、へん〜! おもちろ〜い」
「クククー」
一人と一匹は、無邪気にきゃっきゃと笑って、僕の体にまたがり、小刻みに飛び跳ねている。
楽しそうだけれど、さすがにこの起こし方は、勘弁して欲しい。
今回は、お腹や急所じゃなくて本当によかった。
「……リュカ、あぶないよ。にいに、お怪我しちゃう」
「う? にいに、おけが?」
「そうだよ。お腹はとっても大切だから、その上でぴょんぴょん飛んじゃだめなんだ。にいに、とっても痛かったよ」
「おにゃか、いたい、いたい……。にいに……ごめちゃ、うっく、ごめんなちゃ……うえええええん」
ゆっくりと体を起こし、リュカと目を合わせて、怒る。
すると、リュカは動きを止め、きょとんとしていたけれど、駄目なことをしてしまったというのは分かったらしい。
だんだんとべそをかいて、泣き出してしまった。その隣で、メロディアもベッドに頭をつけて、『反省』している。
痛みが引いてきた僕は、その様子に苦笑するしかなかった。悪気がなかったことは、十分わかっている。
いつまでも怒っていられず、仕方ないな〜と両手を広げると、リュカが首にしがみついてきた。泣いて謝るリュカの背中を、とんとんする。まだまだ、甘えたな四歳だ。
(最近、忙しくて、寝かしつけの時くらいしか、構ってあげられなかったからな……)
僕が今日休みだと聞いて、リュカは遊んでもらえると思っていたのかもしれない。
そう思うと、僕はベッドへの未練を振り払い、リュカを抱き抱えて、やっと起きることにしたのだった。




