70. 三柱の神々
神々に授爵のご報告をするため、僕たちは白の山脈にある祭壇へと向かっていた。
ここを訪れるのは、去年、父さんの遺灰を神々に還した時以来ぶりだ。
(またここに来ることになるなんて、あの時には思ってもいなかったな……)
今回も、1時間かけて山を登る。
先導する神職やレミーの背中を追って、黙々と足を動かした。僕たちの後ろから、巫女やおばあちゃん、リュカの乗る輿がゆっくりとついて来ている。
深い森の中を、石や木の根に足を取られないように気を付け、虫を払いながら進む。
こまめに水を飲みながらやっとたどり着いた頃には、息が上がり、乾いた口が張り付いて不快だった。
(はあ……。暑い)
僕は汗を拭き、腰から下げた水筒を飲んで、やっと一息つく。水筒はほとんど空になってしまった。
輿が到着するのを待つ間、疲れた足を伸ばしたり、屈伸をしつつ、ぐるっと周囲を眺める。
ここは相変わらず、不思議な場所だ。
祭壇は苔むすことも、石がひび割れることもなく、静かに佇んでいる。
ぽっかりと開けた空からは、初夏の明るい日差しが差し込み、ちょうど祭壇を照らしていた。
(森に飲み込まれても、おかしくなさそうなのに……)
きっと、時が止まったかのようにあるのも、神々の力のおかげなのだろう。
そう思ったところで、僕は1つ疑問が浮かんだ。
(そういえば、白の山脈自体を神とするなら、『神々』って言わないような……)
気になった僕は、近くの切り株に座り、水を飲んでいたおじいちゃんに尋ねてみた。
「……おじいちゃん、白の山脈の神々って、なんで『神々』っていうの?」
「ふむ。神職以外に知っているものは少ない話だからな。私も、父や祖父から伝え聞いたことしか知らなんだが……」
そう言うと、また一口水筒の水を飲んで、おじいちゃんは教えてくれた。
「遥か昔。古き神代の話だ。ヴァレーの民は、白の山脈の自然や美しさ、豊かさを神聖なものとして畏れ崇めていた。それは今も変わらんが……。時の流れの中で、いつしかあの山の1つ1つにも、神が宿り座すようになっていった」
「山の1つ1つに……」
「広く、雄大な山脈のことだ。そう言ったこともあるだろう。だからこそ、『神々』と呼ぶようになったそうだ。……そして、その中でも、特に力の強い神が三柱おいでになった。その三柱は、山の神々の中でも特に酒を好まれ、この神域の先、山の頂上でいつまでも宴を楽しまれているらしい」
「はは。そうなんだ」
(どれだけ、お酒好きの神様たちなんだ……)
そう思うと、僕はつい苦笑してしまった。
「その三柱の神のうち、一柱は森と牧羊の男神。もう一柱は、知識と生命の男神。……魂を神々に還すというのも、この生命の神がいらっしゃるからだと、私は祖父から聞いた」
「へえ。山の神と言っても、それだけじゃないんだね」
「そのようだな。ほかにも様々な神々がいらっしゃるそうだが……。最後の一柱は、酒と豊穣の女神」
「酒……。もしかして、その女神って」
おじいちゃんが頷く。
「ヴァレーのワイン作りが始まったのは、この女神の神託があったからだとも言われておる。……口伝ゆえ、真偽はわからんがな」
「そうなんだ……」
「それに、あの木々も、女神からの賜り物だそうだ」
おじいちゃんがそう言って、祭壇の後ろの木々を指さす。
「? 普通の木に見えるけど……?」
「あれが、ヴァレー苦木。あの木の実から取れるオイルで、葡萄喰いを駆除できるのだ」
「あの木から……!」
(こんなところにあったんだ……)
神からの賜りものなら、道理で葡萄畑周辺にないわけだ。
そう納得していると、おじいちゃんが僕の目を見て言う。
「……良いか、ルイ。ヴァレー家は、元は農民。自然とともに、神々の加護を受け、生かされ生きてきた民だ。それは形式のうえで、この国の貴族になろうとも変わらん」
「うん……」
「私たちが真に膝を折るのは、王ではなく、この白の山脈の神々だ。……そのことを、忘れてはならん」
なんと言って良いかわからずに僕がただ頷くと、おじいちゃんは僕の肩を軽く叩いて、祭壇の方へと歩き出す。
見ると、ちょうどレミーがこちらに向かって手を上げ、僕たちを呼んでいた。
(真に膝を折るのは、白の山脈の神々のみ……か)
前世日本人の僕は、「八百万の神」と言う考えが染み付いている。だから、神々に対しての感謝や敬意は今世ももちろんあるし、今となってはその存在を疑っていない。
でも、それでも。この時、僕はおじいちゃんのこの言葉の意味を、正しくは理解していなかった。
※ご指摘いただきまして、神輿→輿に変更しました。
神や神職だけを運ぶなら「神輿」でも問題ないと思うのですが、一般人も乗せるので「輿」に統一する判断です。ありがとうございました。




