66. ちゃ、ちゃちゃ
昨日、天日干ししたお茶が、初めて出来上がった。
そのお茶を鑑定したところ、スキルで乾燥させたものと比べると、状態が「可」から「良」に、説明も「乾燥させた葡萄の新芽」が「天日干しにより、微発酵した葡萄の新芽」に変わっていた。
(やっぱり天日干しでじっくり乾燥させた方が、品質がいいみたいだ)
そうして、飲んでも問題ない品質だとわかったので、今日、さっそく作業小屋で淹れてみようということになったのだ。
ちなみに、古樹の新芽茶もできてはいるけれど、こちらはまだ何があるかわからないので、僕の収納で眠っている。
作業小屋には、小作人たちや子どもたちを含めるとかなりの人数が集まっているので、ティーポットで優雅なお茶を、とは行かない。
大きなやかんに大雑把に茶葉を入れ、ぐらぐらに沸かしたら冷ますだけと言う、なんとも庶民的な方法で淹れられる。
そんな一見雑な淹れ方でも、ちょっと濃いめのお茶は、とても美味しかった。
天日干しのおかげか、それとも太陽の温かさでわずかに発酵したからなのか。
甘みがぐっと増して酸味とのバランスがちょうど良かった。けれど、甘すぎるということもなく、後味は爽やかに、微かに葡萄の良い香りが残る。
「おちゃちゃ、ください!」
「ちゃちゃ、おいちい〜」
「これ、おちゃちゃっていうの?」
「きゃあ〜!ちゃちゃっ、ちゃちゃっ」
子どもたちも、親や子守りから葡萄の新芽茶をもらって、美味しそうに飲んでいる。
ソファーやカーペットに座り、親を見て覚えたのか、一丁前に乾杯をしている子たちもいた。
もちろん、その中にはリュカも混ざっている。
ちょうど喉が渇いていたのか、両手でカップを持ってぐびぐびと飲み、ぷはーっと満足気に息をはいていた。
さらには、一杯では足りなかったのか、注ぎ待ちの子どもたちの列に、また並んでいる。
(はは。あれは気に入ったんだな)
あまりにもおじさんくさいリュカの飲みっぷりを見ていた僕は、苦笑が漏れてしまった。
それにしても、子どもたちにはちゃんと「葡萄のお茶だよ」と説明したのだけれど、いつの間にか「おちゃちゃ」とか「ちゃちゃ」と呼ぶようになっていた。あちこちで言っているのが聞こえて、大変賑やかで騒がしい。
語感が楽しいのだろうか?
そんな様子を、親である小作人たちや僕は、微笑ましげに見守っていた。
「リュカ、お茶は美味しい?」
「おいちい!」
「水とお茶だったら、どっちがいい?」
「おちゃちゃ!」
おかわりのお茶を飲み干したリュカに聞いてみると、気持ちがいいほどの即答だった。それもわからなくもない。
やっぱり小さな子どもとはいえ、水と違って、ちゃんと味があるお茶の方がいいのだろう。
ヴァレーの子どもたちが普段飲むものは、もっぱら水だ。あとは、たまに果実水や葡萄ジュース。
紅茶は高級品だし、カフェインが気になったので、リュカには飲ませていなかった。
小さな子どもでも安全に、美味しく、毎日飲めるものがあれば……と思っていたので、そんな願いを叶えてくれるお茶ができたのは望外なことだった。
♢
商品化に向けたお茶作りも、レオンさんに協力してもらって、ゆるやかに始まっていた。
レオンさんが言うには、①天日干しした茶葉を蒸す→②温かいうちに手で揉み込む→③しばらく放置して発酵させる→④再度、天日干しで乾燥させる、という工程が、試作した中で一番発酵が安定していたのだそうだ。
最初は、「なんで俺が……」とブツクサとめんどくさそうに言っていたレオンさんも、お茶の発酵具合がわかってくるに連れて、真面目に作業するようになっていた。
「どのくらいのあったかさで、どこまで揉み込むかっつうのが、発酵にもろに出るみてえだな」
「そんなことがスキルでわかるの?」
「そりゃあ、経験と勘もあるけどな。熱すぎると、こりゃ無理だな、とか。逆に冷たすぎると、弱えな、みたいな感覚がわかってくんだよ」
「へえ〜」
そうして、数日後。
僕・レミー・レオンさんの三人は、ヴァレー家の事務室に集まっていた。
レオンさんが自信満々に試作品を持ってきたので、試飲してみることになったのだ。
できたお茶は、普通のも古樹のも、僕の鑑定では状態が「良」から「優」に変わっているくらいにしか見えなかったのだが……。
味わいが、それぞれ面白いほどに、全く違っていたのだ。
まず、普通の葡萄の新芽茶を飲んでみる。
これは発酵等したことにより、なんとも華やかな香りを纏うようになっていた。口に広がる甘みと酸味も、天日干ししただけのものより、まろやかさを増している。
「こりゃあ、花を飲んでるみてぇだな」
「すごく香りが美味しいね」
「ええ。これは、ちょっと贅沢なティータイムをしたい時にいいですね」
次に、水で口直ししてから、一番不安が残っていた古樹の新芽茶を試してみる。
古樹の新芽はそもそも量があまり取れず、できた茶葉の量も少なかった。
匂いを嗅ぐ分には、普通の葡萄の新芽茶とさほど変わらない。
けれど、一口飲んで、三人とも絶句してしまった。
「「「……」」」
芳醇な白ワインを飲んでいる。そう表現するのが合うお茶だった。……お茶なのに、ワインとは変だけれど。
後味に、かすかに感じる葡萄の渋みにさえ、うっとりしてしまう。
「これは高級品として売れますね」
レミーがしきりにうなずいている。きっと頭の中で、販売方法や価格を算段しているのだろう。
「レミー、これは来年も作るってことでいいんだよな?見習いたちの練習に、うってつけなんだ」
「ほう。そうなんですか」
「ああ。ワイン作りは年に1回。人生のうちに、多くても30回作れるかどうかってところだ。だからいまは、発酵スキルの練習のためだけに、見習いをチーズ農家の手伝いに行かせたりするんだが……。醸造家になるために、お門違いのチーズを作るはめになるなんておかしいだろうよ」
(レオンさん、よっぽど自分がチーズ作りさせられたことが嫌だったんだな)
「この茶作りは、それこそ暇な春から夏にかけて何回だってできる。しかも、一回の工程は、そう難しいわけでも、時間がかかるわけでもねえ。なのに、発酵の感覚は養える。言うことなしだぜ」
そのレオンさんの言葉が、後押しにもなったのだろう。
葡萄の新芽茶は、来年から本格的に作る方向で話が進むことになった。
そうして、そう遠くない未来に、葡萄の新芽茶は暮らしに寄り添うお茶として、少し背伸びしたティータイムや上客をもてなすとっておきの高級茶葉として、幅広い世代に愛されるお茶になっていく──




