番外編 祖父、国王と謁見す
※昨日14日の18時に公開する予定だったエピソードです。メンテだったので、本日にずれました。本日更新分はまた18時にアップされます。(つまり今日は2話更新します。)
途中、馬や物資の補給をしつつ、馬車でアグリ国王都ニュシャへ向かうこと七日。
謁見を求める書簡は、早馬ですでに宮廷に届け出ているが、ヴァレー家は地方の有力者とはいえ一平民。謁見までには時間がかかろう。
そう考えた私は、旅の疲れを落とすやいなや、王都を中心に活動するワイン商人との会合や、知識人とのサロン、そのほか目ぼしいパーティーに参加するなど、老骨に鞭打って社交に精を出した。
とにかく、生きた情報を得るために。
息子であるマルクがヴァレーを飛び出してから、はや十数年。
その間、私もヴァレーから出ることがなかった。いや、できなかった。
もしヴァレーを出て、私の身に何かあれば……そう考えると、とてもではないが安全な地を離れる気にはならなかった。
幸い、この十数年、ヴァレーには大きな変化がなかった。停滞していたと言っても良い。
(それが、どうだ。ルイとリュカが来てからのヴァレーは!)
二人がもたらした変化を考えると、膝を打ち、思わず高笑いしたくなってくる。
テイムの可能性を示し、あの恐ろしい葡萄木喰いすら、何事もなかったかのように駆逐できてしまった。
さらには、植物学の権威である学者とも交渉が順調に進んでいる。秋頃までにはヴァレーに派遣できる予定だと、使者からの書簡も届いた。
そして、此度の「古樹の涙」。
(あの神々も、かわいい孫になかなか酷なことをなさる)
葡萄の涙だけであれば、諸手をあげて喜べたものを。
大変なものを見つけてしまったと、青ざめ、青色を纏わりつかせた孫の姿を思い出す。
いつかきっと、ルイも偶然ではなく、必然だと気づく時が来よう。
(変わらぬものなどない)
それがいまだったというだけだ。
♢
謁見は、思いのほか早く叶った。
ものがものなのだ。数ヶ月も待たすようであれば、無能と謗られる。
ましてや、古樹の涙は、いまの国王夫妻にとっては喉から手が出るほど欲しいものであろう。
質実剛健と称される、国王らしくあった。
宮殿内では、案内の侍従の後を、一人ついていく。
謁見は、当主である私のみしか認められなかった。
一面の大理石に、神話や神獣が彫られた長い回廊を進み、さらにいくつか小部屋のある廊下を抜ける。
所々に絵画や美術品、花々が飾られ、その絢爛豪華ぶりは圧巻だった。
だが、よく鼻を効かせると、花の香りと香水に混ざって、微かに黴臭い、長い歴史を積み重ねてきた匂いは隠しきれていなかった。
(ここは、まるで迷宮のようだな)
いくつか角を曲がり、自分がどこを歩いているのかもわからなくなってきた頃、ようやっと飴色に輝く扉の前にたどり着いた。ここが謁見の間だろう。
扉の左右には衛兵が立ち、重苦しい雰囲気が漂っている。
侍従に促され、私はゆっくりと落ち着いた足取りで入室した。
決して目線を上げず、赤絨毯を見つめながら進む。所定の位置で、左の片膝をついて跪き、首を垂れた。
静かな空気の中、国王の脇に立った宰相から、名乗りを促される。
「名乗りを」
「……ヴァレー家当主、マルタン・ヴァレーと申します。国王陛下並びに王妃殿下におかれましては、此度は謁見の機会を頂戴し、恐悦至極に存じます」
「良い。面を上げよ。直答を許す」
「はっ」
ゆっくりと目線を上げる。それでも、国王と王妃を直視することはしない。
目の前には2つの玉座。左には王笏を持った国王が、右には王妃が泰然と座しているようだった。
次に、場を仕切る宰相が、淡々とこの場に同席をしている貴族たちを紹介していく。
私が跪礼している両脇には、外交大臣、財務大臣、典医、王宮鑑定士、外交官、それぞれの大臣の秘書官たちが並び立っていた。
とすると、いま来た道の後ろに控えているのは、書記官や文官であろう。
(なんとも。御歴々の方々が揃い踏みのようだな)
予想通り、完全なる味方はいなかった。
どの者も多かれ少なかれ、べったりと欲を身に纏っている。
名誉、栄華、金、嫉妬。
特に外交大臣は、ヴァレーの地をなんとしても手に入れたいと、明け透けな皮算用をしているようだ。
(だが、ヴァレーは文字どおり守られている)
「宰相よ、献上品をここに」
「はっ」
事前に宮廷へ献上していた『古樹の涙』を、侍従が恭しく運んできて、宰相に手渡した。
門外不出。
並外れた熟練の技を持つ職人が、生涯で唯一作り上げた、貴重な紫硝子を使った瓶。
その瓶に、『古樹の涙』がたっぷりと詰められていた。
瓶の側面には、葡萄の房を表すように、硝子が丸く凹凸に盛り上がっている。
蓋は緑の硝子を使って葉を表現しており、まさにヴァレーの献上品にふさわしい品となっていた。
玉座の後ろ、王家の紋章と建国を模したステンドグラスから光が差し込む。
瓶はその光を反射して、眩く輝いた。
「ほぅ……これは」
あちこちから感嘆の声が漏れる。国王でさえも、しばし見惚れていた様子だった。
(レミーが気張った甲斐があったな)
「田舎者とは決して言わせません」と断言したあの仏頂面を想像して、張り詰めた糸が少し緩んだ。
王家にくれてやるのは惜しいが、見栄の張りどころを間違えてはいけない。
宰相が慎重に瓶を傾け、白磁の小皿に古樹の涙を注ぐ。
手の震えが、こちらにまで伝わってくるようだった。
「これより、ここにおります、王宮鑑定士が鑑定を行います」
国王が頷く。
興味を引かれたのか、隣の王妃は玉座から少し身を乗り出して、鑑定を見守っていた。
脇から王宮鑑定士が歩み出て、宰相から小皿を受け取る。
皆が注目し、固唾を飲む中、モノクルをかけたその男は、鑑定結果を掠れた声で読み上げた。
「た、確かに、古い葡萄の樹の涙です。飲用可。葡萄の樹の古い樹液。長く樹に蓄えられ、力が溶け出している。無味無臭無刺激。天然の美肌水で、肌に染み込む。保湿力が高く……そして、肌の再生を促進する、とあります」
ひゅうっと息を飲んだのは、誰だっただろうか。
カタッとわずかな音を立てて、王妃が国王の腕に手を重ねていた。
「陛下……」
「わかっておる」
腕に縋る王妃の手に己の手を添え、国王は押し殺した声で応えた。
その様子を、目端に捉える。
欲が膨らむ中で、一番に己を律し、思慮深さを宿していたのが国王だったことに、私は内心驚いていた。
そして、それと同時に、確信する。密かに噂されていたことは、本当であったと。
(皮膚の病に冒されている姫がいるという噂は、どうやら真実のようだな)
国王は右手に握った笏を、床に打ち下ろす。その重々しい振動が、鈍く伝わってきた。
そして、国王は、厳かに決定を宣告したのであった。
「……これまでの産業への寄与と貢献、および此度の貴重な『古樹の涙』を献上した功績を讃え、其方に男爵位を授ける! あわせて、ヴァレー地方一帯の所領を認める!」
「……はっ。ありがたき幸せ」
「また、特例として、王妃を後見に指名する」
「……御意」
(爵位と所領を認めるとは……笑わせる)
この国は他の国々とは異なり、分権的で、地方ごとに独自の自治が認められている。
王族や貴族が威光を傘に着れるのは、この王都や隣接した周辺地域のみ。
さらに、その地方の中でも、ヴァレーは特異であった。一種の治外法権、自由都市と言っても良い。
それがなぜかは、国王とてわかっていることだ。
ヴァレーはこれまでにも、幾度か授爵の機会はあったと聞いている。
だが、元々は農民であり、商人だ。
そのうえ、白の山脈の神々からいただく、加護の恩恵を受けてきた民でもある。今更、人の王に膝を折る意義など微塵もなかった。
けれど、小さな一地方のヴァレーに、世の権力と争う力はない。多勢の武力の前には、無力だ。
だからこそ、余計な火種はないに越したことがないと、国に背くことなく、さりとて阿ることもなく。のらりくらりと躱してきたのだが……。
(ここらが潮時か)
ヴァレー家が、平民から貴族になったところで、これまでとはさほど変わらない。
むしろ、貴族としての義務や、しがらみが付きまとってくるだろう。
それをもってしても余りある、最大の利点は……。
(ヴァレーに、騎士団を持てる)
これまでは叛逆の意思がない証として、小さな自警組織しか持てなかったが、これからは違う。
王家が、ヴァレーを公式に認めたのだ。
唯一の誤算は、王妃が後見として指名されたことか。
もっと位の低い成年王族か、現国王の弟が当主を務める公爵家あたりだろうと踏んでいたのだが……。
未成年ならいざ知らず、とっくに成年しているヴァレー家の後見になるということは、この場合、後援や箔付けに近い。
そうまでして、見返りに欲しがるものは『古樹の涙』だろう。
王家とは言え、他家のことに差し出口を挟むことはしないと考えたいが、警戒するに越したことはない。
(頭の痛いことだ)
今後、ヴァレーはさらなる発展を遂げていく。きっと、ルイはその転換点だ。
変化は、時に悪きものをも惹き寄せてしまう。
兎にも角にも、喫緊の課題だった自衛手段の見通しが見えたことを、今は喜ぼう。
息子のマルクに、ひいてはありし日の私に面影が似たルイを思い出す。
幼な子のリュカもかわいいが、ルイも、私にとってはかわいい孫だった。
血生臭く、利権と欲に塗れた政治とは無縁の、ありふれた子ども時代を送って欲しい。
私からの、せめてもの願いだ。
だからこそ、ルイが立派にヴァレーを背負えるその日が来るまで、私は当主として、立ち続けなくてはいけない。
そのためであれば、これまで築き上げた人脈、ヴァレーのワイン、金。持てるものは、全て使って見せよう。……この忌まわしき、スキルさえも。




