60. 満開の白い花
「リュカ、にいにと一緒にピクニックに行こっか」
「? ぴくにっく? え〜〜ほんちょぉ?」
「ククク〜?」
部屋でメロディアと遊んでいたリュカにそう言うと、なんと疑われてしまった。
最近の、僕への信用度が窺える。
一人と一匹は、短い腕を(おそらく)組んで、「え〜?え〜?」と首を傾げながら何度も言っていて、おもしろかわいさに笑ってしまいそうになる。
けれど、ここで僕が笑ってしまうと拗ねるので、堪えながら収納のランチボックスを取り出して見せる。
「じゃじゃーん! なんと! 本当です! お弁当も、にいにが作ったんだよ〜」
「!! やっちゃ〜! にいにのおべんと! ぴくにっく、いく〜」
「ククー!」
そうして、やっとリュカたちを連れ出せたのだ。
本当は、おばあちゃんも誘ったのだけれど、「久しぶりに、兄弟二人でのお出掛けなのだから」と遠慮されてしまった。
草原へは、僕だけなら歩いて行けるけれど、リュカはまだ長い距離を歩けない。
なので、御者に馬車を出してもらった。
♢
たどり着いた草原は、なだらかな起伏を描いて、ずっと遠く、白の山脈まで続いていた。
雲一つない青空はどこまでも広がり、日差しはぽかぽかと暖かい。
澄んだ風が、さあと草花を揺らしていく。
葡萄畑から見た時はわからなかった黄色の絨毯の正体は、たんぽぽの群生だった。
その黄色の海を突っ切るように、馬車を降りたリュカとメロディアが、いの一番に駆けていく。
空高く、リュカとメロディアのはしゃぐ声が山脈へと響いていった。
「にいに〜! はあく〜!」
「クククー!」
「リュカ〜、転ぶなよ〜!」
(いつの間に、あんなに早く走れるようになったのかな……)
まだ小さく、ぷにぷにの短い手足を一生懸命動かして、想像以上の速さで走るリュカ。
そんなリュカの後を追って、僕はゆっくりと歩いていく。
草原の真ん中当たり、白い花が咲く木を目指して。
近づくにつれ、微かに甘酸っぱいような、甘いような匂いが漂ってきた。
つい、すぅと深呼吸してしまう。
「りんごの匂いだ……」
儚く、繊細な桜とは似ているようで、全然違う。
僕はそっと枝を手で手繰り寄せる。
真っ白な中に、ほのかに桃色が混ざった可憐な五枚の花弁。はっきりと濃いピンクの蕾。
見上げると、りんごの花は、我が世の春とばかりに豪奢に咲き誇っていた。
その木の根本に、布を敷く。
すかさず、リュカは自分でぽいぽいと靴を脱ぐと、花を見上げるように寝転がった。
お腹にメロディアを抱えて、口を丸く開けて、満開のりんごの花を眺めている。
そんな僕たちに、時折、風に揺られて、白い花びらが降る。
鳥がどこかの枝に隠れているのか、ぴゅぃっぴゅぃっと綺麗な声で歌っていた。
(桜とはまた違うけれど)
「リュカ、綺麗だね」
「きれ〜い! おはな、かあいい!」
「クククー!」
何の気なしに、綺麗な形のまま落ちていたりんごの花を、リュカの耳にかけてあげる。
「うん。かわいい」
「おはな、いいにおい〜」
リュカは顔のすぐ近くで香るりんごの花に、鼻をくんくんさせている。犬みたいで可愛い。
メロディアは「似合うわよ」と言うかのように、リュカのほっぺをすりすりしていた。
そうやって、しばらく黙って花を見上げていたけれど、リュカがお腹をぐぅと鳴らしたので、僕はお弁当を取り出した。
濡れタオルでリュカとメロディアの手を拭き、クリーンをかけてあげる。
取り出したサンドイッチを食べやすいように一口サイズにちぎってあげると、リュカもメロディアももりもりと食べ始めた。
時々、ぽろぽろと落ちるパンくずが、虫たちのごはんになっているのは、ご愛嬌だ。
ほっぺを膨らませて食べるその様子に苦笑しながら、喉に詰まらせないように、適度に水やスープを飲ませる。
「にいにのごはん、おいちー!」
「クククー!」
「ふふふ。そんなに喜んでもらえると、作った甲斐があるよ」
リュカは頬にソースをつけたまま笑う。そのぴかぴかの笑顔に、癒される。
(ああ。ここは天国みたいだな)
ヴァレーは、とても美しい。四季折々での素晴らしさがある。
この一年、何度感動しただろうか。
そして、そんなヴァレーの空の下で、リュカはこんなにものびのびと成長している。
(これから、僕はまた。何かに気づくたびに、怯えて生きていきたいのか? 守るために、口を噤むことが、本当に正しいのか?)
風が通り抜ける中、考える。きっとそんな人生は、息苦しい。
そうなれば、きっと。
この美しさを、二度と心から感じられなくなるような、そんな気がした。
(だったら……)
僕は僕の、やわらかい心のまま。
困難も障害も、跳ね除けられるほどの。
守りたいものを、守れるだけの。
(強くなるんだ)
そう誓った十五歳の春。




