40. 葡萄樹喰いの早期発見!
※ 集合体恐怖症の方や虫が苦手な方はご注意ください
おじいちゃんは、動物たちが止まった葡萄の樹を丹念に調べている。
そして何かを見つけて、低い声を絞り出した。
「葡萄樹喰いだ…」
「葡萄樹喰い?」
おじいちゃんに手招きをされたので、僕も近くに寄った。
「根本のところと、この葉の裏側にあるのが見えるか」
おじいちゃんが指差した箇所をよく見ると、小さな黄緑のぶつぶつがびっしりとついていた。すごく気持ち悪い。
「これは卵…?」
「そうだ、これは葡萄樹喰いの卵だ。葡萄の樹に寄生し、枯死させてしまう厄介な虫だ」
「虫って…どこかで聞いたような…」
「私が若い頃にも、一度流行ったのだ。その時は対処が遅れて、だいぶ葡萄の樹を荒らされてしまったが…」
(そうだ。ヌーヌおばさんだ。親の代に小さな害虫が大量に発生して、他の土地では樹がほぼ全滅したって…)
僕はそのことを思い出すと、さあーっと血の気が引く気がした。
「そんな虫がまた発生したら…!」
「そうだ。大変なことになる。…だが、今見つけられたのは幸いだった」
「え?どういう…?」
「卵のうちであれば、産みつけられた葉や枝を燃やすことで対処ができるのだ。もし、このまま見逃して冬を迎えてしまっていたら、雪で発見が困難になっていた。…そうすれば、越冬した卵が春に孵化して、手がつけられない状態になっていたやもしれん」
(不幸中の幸いってことなのか…。でも、卵を見つけられたのは良かったけど…)
「卵があるってことは、その親もどこかにいるよね?」
「うむ。親の成虫も冬になれば地中深くに潜ってしまうが、まだ地上にいるはずだ。こちらも、今であればヴァレー苦木の実からとれるオイルを撒くことで駆除ができる」
(ああ。そういえば水やりの時に、何かを混ぜているのを見たことがあったような…。あれはオイルだったのか。でも、これまでは大丈夫だったのに、なぜ卵を産みつけられてしまったんだろう)
「おじいちゃん。そのオイルって、時折撒いていたよね?でも、なんで卵が?」
「ああ。この収穫の時期は、水やりをあまりしないのだ。水を吸うと、葡萄の味や風味がぼけてしまうからな。必然、水で希釈が必要なオイルも、使えなくなる時期なのだ」
「タイミングが悪かったんだね…」
おじいちゃんは、近くの小作人に責任者のヌーヌおばさんとレミーを呼んでくるように頼んだ。
そうして、立ち上がると、リュカの頭を優しく撫でた。
「リュカ、お手柄だった。おかげで厄介な虫を早く見つけることができた。まさかテイムでこんなことができるとは思わなんだ。約束通り、こやつらには葡萄をあげよう」
「う?えへへ〜」
リュカは何で褒められているのか、きっと理解していない。
けれど、嬉しそうに、にぱあっと笑っていた。
「それにしても、なぜ動物たちは虫がいるとわかったのだろうな」
「う?」
「…幼子に聞いてもわからぬか。今、レミーにテイムスキルを持つものを集めさせている。そやつらから聞けば良いか」
「?何でテイムスキル持ちを集めていたの?」
「ああ。メロディアに芸を仕込んでいただろう。あれを見て、これだけの調教ができるのであれば、葡萄の食害を減らせるのではないかと考えておったのだ」
「!確かに…」
「私とて、多少なりとも減らせれば良いくらいの期待だったのだがな。葡萄樹喰いは、いくら手立てがあっても対処が遅れれば意味がない。一度発生してしまえば、人間はただただ無力だ…。テイムで早くに気づけるのであれば、その価値は計り知れん」
遠くから、ヌーヌおばさんたち小作人やレミーがやってくるのが見えた。
おじいちゃんは、孫を可愛がる柔和な顔から、眼差し厳しい経営者の顔に変わっていく。
「まずは収穫を急ぐ。話はそれからだ」
そうして、おじいちゃんの指揮で、収穫が終わった葡萄から点検が始まった。
卵を見つけた葡萄の樹に、目印を立てる。
根本の卵はこそぎ落とし、葉や枝は切り取って、燃やす。
そして、希釈したオイルを撒く。
目印はそのまま残して、春まで経過をしっかりと確認する。
簡単そうに思えて、人の手と目で1つ1つを行うのは、本当に大変な作業だ。
収穫に続き、醸造もあるなかでの作業なので、みんな疲れも溜まっている。治療師たちもフル稼働だった。
それでも、ここで防げなければ来年以降に影響がある。そのことがわかっているからこそ、作業に携わる人々の表情は真剣だった。
途中から小動物の声がわかるテイムスキル持ちが作業に加わると、効率が格段に上がった。
何せ自然豊かなヴァレーには、小動物が多くいる。
単純に働き手が増えただけでなく、卵の見落としがなくなるので、大変重宝がられた。
どうやら小動物たち、特にミンクリスやネズミ、ウサギは虫の独特な匂いを嗅ぎわけられることが、この時初めてわかった。
作業には僕ももちろん参加した。僕の代で、また葡萄樹喰いが出るかもしれない。
おじいちゃんたちがどう対処していくのか、間近で見て覚えておきたかった。
それに、多少なりとも植物学者であるテオドアさまの教えを受けているのだ。
僕は、僕だけが今できるであろう最善を尽くしたかった。
葡萄の樹や卵の状態などを写生する。
卵が産みつけられていた葡萄の木の品種や卵の数など、できる限り統計を取る。それだけではなく、土・実・葉・枝・根…卵も、サンプルを複数残しておいた。これらの取り扱いには、十分注意しないといけない。
(計算と収納のスキルを持っていて、本当に良かった…!)
そんな風に地道に観察し、統計を取る中で、僕はあることに気づいた。
卵を産みつけられているほとんどが、樹齢の若い樹であること。
若い樹でも、特定の品種だけはほとんど影響がないこと。
この2つが、だんだんと数字として明らかになってきたのだ。
(偶然の可能性もあるけれど…。もしかしたら、この2つが葡萄喰い撲滅の糸口になるかもしれない)
このことはもちろん、おじいちゃんを初め、ヌーヌおばさんやレミーといった関係者にも知らせた。
だが、新たな可能性に、さすがのおじいちゃんもどうすれば良いか判断を迷っているようだった。
それも、しょうがない。もうこれ以上は、専門分野の話になってしまう。
「セージビルの教会図書館長で、植物学者のテオドア・フィールドさまに、どなたか専門家を紹介してもらうのはどうかな。僕は今でもテオドアさまと手紙での交流があるから、ヴァレー家として専門家をお招きして、調査に協力いただきたいって、話してみては?」
「……。そうだな。これもきっと神のめぐり合わせだ。…よし、使者を送ろう。レミー、念の為、国にも報告を」
「はい」
「まったく。ルイといい、リュカといい…。私たちは良き孫に恵まれたな…」
おじいちゃんがしみじみと言ったその言葉が、僕はくすぐったかった。
総合評価1万pt御礼の活動報告を書きました。
また、流石に有識者にお叱りを受けそうなので、補足を。
葡萄樹喰いは「フィロキセラ」を参考にしておりますが、拙作の世界観に合わせてアレンジしています。
ご理解いただければ幸いです。




