39. 収穫作業のご褒美は、採れたて葡萄の昼食
「……にいにー!にいにー!」
お昼近くなって、おばあちゃんの侍女に手を引かれたリュカが僕を見つけて叫ぶ。
そんな大きな声を出せたのかと驚くくらい、元気一杯な声だった。
そして、繋いでいた手を離して、僕の方へ駆けてくる。
ちょっと前までは、まだよちよちという表現が正しい走り方…というより良くて早歩きだったのに、今はしっかりと走っている。
毎日よく食べ、よく遊び、よく寝ているおかげで、体幹がしっかりしてきたのだろう。
リュカの後ろから、メロディアも走って追いかけてきているのが見える。
僕は腰を下ろし、両手を広げて、飛び込んできたリュカを抱き上げた。
メロディアも服を伝って、ちゃっかり僕の肩に乗っている。
ああ。ここにもずしりと重くなった子がいる。生きている幸せの重みだ。
抱きしめると、リュカは「きゃあ〜」と喜びをはじけさせる。少しだけ汗の匂いがした。
祭壇があった場所は、朝とは打って変わって木のテーブルと椅子がずらっと並んでいる。
テーブルには、山盛りのパンにホールチーズ、ミルクなどのポット、収穫した白葡萄や黒葡萄で作ったらしきジャムが用意されていた。
収穫の手伝いに参加する人は多く、参加するタイミングや時間もまちまちだ。
そのため、個別に給金が出しづらいので、代わりにヴァレー家から昼食を振る舞っているのだとおじいちゃんが言っていた。
あたりには、有志が作った料理の良い匂いが漂っている。
僕も朝が早かったし、畑を歩き回ったので、すごくお腹が空いていた。
「「ぐうううぅ」」
僕とリュカのお腹が鳴った。
「あう…にいに、おなかしゅいた〜」
「ぷっ。そうだね。にいにもお腹空いたよ。ごはん食べようか」
「あいっ」
小作人たちや、収穫を手伝っていた町人たちは、空いた席で思い思いに食べ始めている。
笑い合い、乾杯をして、賑やかな喧騒だった。
パンの皿は瞬く間になくなるが、すぐに補充される。
僕たちもありがたくスープとマッシュポテトを受け取って、席についた。
おじいちゃんとおばあちゃんは、さすがに経営者夫婦なだけあって、色々な人から声を掛けられている。
料理に釘付けのリュカをこれ以上待たせるのもかわいそうなので、先に僕たちだけでいただいてしまおう。
「「いただきます(いたっきまーしゅ)」」
パンは硬いフランスパンみたいなパンだったので、リュカにだけこっそり収納からパンケーキを出してあげる。
最近、料理を全然していないので、在庫がもうほとんどない。
(あ!あとでおじいちゃんかヌーヌおばさんに頼んで、葡萄を少し買わせてもらおう)
僕の収納なら、足が早い葡萄も保管できる。
それで何か料理を作ってみるのも、面白いかもしれない。
そんなことを考えつつ、リュカのパンケーキに白葡萄と黒葡萄のジャムをかけたり、チーズを切り分けてあげる。
黒葡萄を絞ったジュースがあったので、それもコップに注いで渡してあげると、ぐびぐびとすごい勢いで飲み干してしまった。
「ぷはー。おいちい!もっとー!」
目がきらっきらに輝いている。よっぽど美味しかったようだ。
コップ半分くらいのおかわりをあげつつ、僕も飲んでみる。
ごくり。
「……美味しい!」
採れたての黒葡萄を絞ったジュースは、生で食べるのとはまた違って、濃厚で甘かった。
これは確かにリュカが気に入るのもわかる。
ジャムをパンにつけて食べてみる。これも、たまらなく美味しかった。
多分、葡萄以外は何も入っていない。ただ葡萄を煮詰めただけのジャムだが、火が通ったことで酸味や渋みが和らいで、ぐっと甘く葡萄の美味しさが凝縮されていた。
鼻を抜ける葡萄の香りは甘く華やかで、うっとりとした余韻がいつまでも続くようだった。
リュカも、口周りやほっぺをジャムでベタベタにしながら、必死で食べている。
パンだけ目に見えて山盛りで用意されているのが、よくわかる。
これはパンとジャムさえあれば、もうほかはいらないくらいの、贅沢なご馳走だった。
結局、葡萄で甘くなった口を、スープやマッシュポテトでリセットしながら、僕もリュカも本当にたくさん食べた。
(はあ〜。お腹一杯。幸せだ…)
食べ終わった小作人や町人は、また作業に戻っていった。まだまだ収穫は続く。
僕も葡萄畑をリュカにも見せてあげたかったので、腹ごなしがてら午後の作業を少し見ていくことにした。
おじいちゃんがちょうどタイミング良く人垣から抜けてきたので、連れ立って歩く。
僕とおじいちゃんの間で、手を繋いで歩くリュカは、とてもご機嫌だった。
畑に着くと、リュカもメロディアもきょろきょろしている。
ちょうどリュカの目線くらいに生っている葡萄が物珍しいようだ。
「にいに、こりぇ、なあに?」
「これは葡萄だよ。さっきリュカが食べたジャムやジュースは、この葡萄で作ったんだよ」
「ぶどう!りゅー、ぶどう、しゅき!」
「はは。そうだね。たくさん食べたもんね」
「ぶどう、たべちゃい!」
あんなに昼食を食べたのに、リュカはまだ葡萄を食べたいようだ。
その食欲には、驚きを通り越して苦笑してしまう。
けれど、リュカに甘い自覚のある僕は、「ちょっとだけだよ」と言って、そのままでも美味しい黒葡萄を食べさせてあげてしまうのだ。
その様子をリュカの肩で見ていたメロディアが、両手を合わせて僕をじっと見てくる。
「クククーン」
「めろちゃんも、たべちゃいの?」
その鳴き声は、リュカに通訳してもらわなくても、何を言いたいのかわかった。
というか、そんな目で見ないで欲しい。
(前世のCMで、こんなのがあったような……)
仕方ないなあと、メロディアにもあげる。
栗色の毛並みを紫に染めながら、美味しそうに食べている姿は、リュカみたいでかわいい。
ペットは飼い主に似るというが、この様子を見ると納得してしまいそうだ。
「う?めろちゃん、たくしゃん?」
僕がメロディアに葡萄をあげているのを見て、自分たちももらえると思った…のかは定かではないが、気がつくとミンクリスやネズミ、ウサギが数匹集まっていた。
「ぶどう、たべちゃい、ちょうだいって」
「……そう言ってるの?」
「あいっ」
おじいちゃんも異変を察知したのか、こちらにやって来る。
「こやつらには葡萄を食べられてしまって難儀しているのだ。あげてはならん」
「おじいちゃん…」
「う?」
「リュカ、葡萄は食べちゃだめって言える?」
まだリュカは3歳なのだ。幼児に動物たちとの意思疎通を頼むのは、難易度が高い。
それでも、動物たちの声がわかる者は、今ここにはリュカしかいないのだ。
「にいに、あのね。むちしゃん」
「虫さん?」
「……何?虫だと?」
「しょー!むちしゃん。ぶどう、ないない、たべちゃい」
僕には、リュカが何を伝えたいのかわからなかった。
けれど、おじいちゃんには何か心当たりがあるようだ。
「ふむ…。リュカ、虫がどこにいるか聞けるか?内容によっては、葡萄をやっても良い」
「う?……むちしゃん、どこー?」
そうリュカが言うと、動物たちがさっと走っていく。
そして、ある葡萄の樹のそばでぴたっと立ち止まったのだ。
※ 2024/02/16(金) 0:05にサブタイトルを変更しました




