37. 守られなかった誓い(後)
レオンさんに続いて僕も地上に上がると、そこには葡萄畑にいるはずのヌーヌおばさんがいた。
「ヌーヌ…おめえ」
「ヌーヌおばさん!何でここに?」
「いやねっ、レオンが今日ルイに会うって聞いてねっ。やっぱり心配で、様子を見に来たんだよっ」
ヌーヌおばさんとレオンさんは、やいやい言い合っている。
今回の見学も、ヌーヌおばさんが醸造所に乗り込んだことで決まったくらいだ。
レオンさんがいやいやなのは、当然知っていたのだろう。
本当なら葡萄から目を離したくないほど忙しいこの時期でも、気にかけてもらえるのはうれしかった。
(それにしてもこの二人、なんだか気安いような…。葡萄園と醸造所の責任者同士だから顔見知りなのは当然だけど、それだけじゃないのかな…。ああ、もしかして)
「ええっと、ヌーヌおばさんとレオンさんは、夫婦とか?」
「「はあ!!?」」
僕がまさかと思って言うと、二人から凄まじい勢いで反論された。普通に怖い。
「ご、ごめんなさい」
「こんの阿呆と夫婦なんて、死んでもごめんだねっ」
「そりゃあ、俺のセリフだ!こんな樽、こっちこそごめんだね!」
「誰が樽だって〜!?」
(ひええぇ〜)
僕がおろおろ困っていると、それに気づいたヌーヌおばさんがため息をついて、鉾を収めてくれた。
「はあ……。あたしとこいつは、幼馴染なんだよ。今じゃあたしは葡萄園、こいつは醸造所の責任者だけどねっ」
「幼馴染…。って言うことは、レオンさんも父さんの幼馴染ってこと?」
「そういうことだねっ」
レオンさんは、いまだにむすっとしている。
ヌーヌおばさんはそんなレオンさんの背中をばっちーーーんっと引っぱたいた。
あれは絶対痛い。
(うわー…。僕、ヌーヌおばさんだけは絶対怒らせないようにしよう)
「あんたも図体ばかりデカくなって、いつまでも子どもみたいに拗ねてんじゃないよっ」
「……うるせえ」
「ルイはちっちゃな弟と二人、慣れない土地でがんばってるんだよっ。それを助けてやるのが、あたしら大人の役目じゃないのかいっ!」
ヌーヌおばさんの言葉に、レオンさんはそっぽを向いた。
そして、しばらくして重たい口を開いた。
「……どうせ、こいつもマルクみたいに、へこたれてヴァレーから逃げちまうさ」
「あんた…まだマルクがいなくなったことを、根に持ってたのかい…」
レオンさんが拳をぎゅっと握る。
「俺だって…。俺だって、こいつがマルクじゃねえってことはわかってるさ。でも、こいつがあんまりにも、あの頃のマルクそっくりで…。何で逃げたんだ。俺に一言も言わずに、勝手にいなくなりやがってって思ったら…」
時間が経って、薄れたように思えても。
ヴァレーには、父さんが逃げたことで傷ついた人がたくさんいる。おじいちゃん、おばあちゃん、ヌーヌさん。そして、ここにも。
「……よく葡萄畑のてっぺんでマルクと話したもんだ。俺は醸造家として、あいつはヴァレー家の跡取りとして。お互いに、お互いの領分でがんばろうって。そんでいつか、俺たちの手で、最高のワインを作ってやろうってな…」
「はんっ、随一の緑の手のあたしだっていたよっ」
「……ああ。そうだな……3人で誓って。……今じゃ、2人だけどな」
今日醸造所を見て回って、僕は世代交代していることに気づいた。
醸造所も葡萄園だって、ベテランと言われるのは父さんの世代の人たちばかりだった。
もしそこに、父さんがいたら。ヴァレーはどんな景色になっていたのだろうか。
「……僕に父さんとの昔話を、聞かせてくれませんか。父さんとどんな夢をみて、どんな理想を話したのか。僕は、何も知らないんです」
僕は頭を下げる。
父さんの馬鹿。逃げたって、逃げたものは後から追いかけてくる。
最後まで何も言わないで。この優しい人たちのために、せめて何か少しでも残してくれたら良かったのに。そう思いながら。
「僕は僕だから、知ったところで父さんにはなれないけれど。思いを継ぐことはできるから。……お願いします」
「……ちっ。しゃーねーな」
レオンさんはそう言って、僕の髪をぐしゃぐしゃと乱暴にかきまわした。
「……悪かったな。お前がマルクじゃないなんて、わかりきったことなのにな」
「そんなに僕、父さんに似てますか?」
「ああ。そっくりだぜ。…いや、でも目が違うか。あいつは繊細なところがあったが、おめえは図太くて賢そうだ」
「…はは。ありがとうございます」
(図太いって褒めてるつもりなのかな…つもりなんだろうな…)
「やれやれ。まったく、女々しい男だねえっ。ほんとに、落ち着くとこに落ち着いてよかったよっ」
「うるっせえぞ、ばばあ。おめえだって初恋のマルクがいなくなって、あいつのこと詰ってた癖に。よく言うぜ」
「はんっ。そんな昔のこと、忘れちまったねっ」
(……!?え?えええ??ヌーヌおばさんの初恋って、父さんだったの〜!?)
なんだか衝撃的な事実が明かされたような気がするけれど。
父さんの幼馴染二人と打ち解けることができて、僕はまた僕たちがヴァレーにいることを許されたような気がした。




