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【書籍化】祖父母をたずねて家出兄弟二人旅  作者: 泉 きよらか
第3章 ヴァレーでの暮らし
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36. 守られなかった誓い(前)

 レミーについて学び、時々葡萄畑でヌーヌおばさんや小作人たちから農作業を教わる。

 そんな日々を過ごしているうちに、だんだんと葡萄の皮が色づいてきた。


 白葡萄は緑だった実が、皮の網目模様や種子が見えるくらいに透き通り、綺麗な黄色になってくる。

 黒葡萄は、緑から赤、赤から紫、紫から黒へと熟していくのだ。


 葡萄畑にみずみずしく甘い匂いが漂うようになってきて、その匂いに誘われるように鳥類や小動物たちが姿を表すようになった。


 そうすると、ヌーヌおばさんたちはせっかく熟し始めた葡萄が食べられないように、網を張ったり、収穫のタイミングを見計らうことに神経を尖らせ始めた。

 とてもではないが僕への指導の時間なんて取れないので、このタイミングで醸造所(ワイナリー)を見学することになった。


 本当はもっと早くに責任者であるレオンさんと顔合わせできるようにレミーが調整してくれていたのだが、当のレオンさんが色々と理由をつけて断っていたらしい。



(……なんか、いやな予感がするなあ)



 そんな話をレミーがヌーヌおばさんに漏らしたところ、ヌーヌおばさんが激怒して醸造所(ワイナリー)に乗り込んだことで、今回やっと見学が叶ったらしい。

 いつ、どの世界でも、やっぱりおばちゃんは最強だった。



「……レオンだ」



 いかにもこの見学案内が心外です、とばかりにむすっとした男が名乗る。

 真っ黒に日焼けして、ボディビルダーばりのムキムキな体をしている。

 色素の薄い髪と髭も相まって、黒獅子のようだった。

 とてもではないが、醸造家(ワインメーカー)には見えない。



「初めまして。ルイです。今日はよろしくお願いします」

「ふんっ」



 いい大人がまるで駄々っ子のような態度に、内心呆れてしまう。


(ええ……)


 そうして、こちらを気遣うことなく、歩き出す。

 醸造所(ワイナリー)は葡萄畑のちょうど中央部に建っていて、赤ワイン用と白ワイン用とで建物が分かれていた。


 まずは地上部の葡萄を選別する部屋、醸造の部屋などを順に見て回る。

 微かに、ワインの匂いや木の匂いがした。

 それに、石造りの建物は採光が限られていて、部屋ごとに室温も調整されているようだった。


 レオンさんは最低限の説明しかしないので、僕から聞くしかない。


「レオンさん、室温はどうやって調整しているんですか」

「……氷と風の魔石だ」

「ああ、なるほど。冷気を風で循環させて室温を調整しているわけですか」

「……」


 むすっとしているが、「違う」とは言わなかったのであっているようだ。

 前世でいうクーラーのような仕組みは、既にあるらしい。



 醸造所(ワイナリー)のあちこちには、収穫前の準備に熱心な職人たちの姿が見える。

 だいたい40代前後の男性ばかりで、なぜかみなムキムキだった。


(なんでみんなマッチョなんだ…?樽とか瓶を運んだりすることが多くて、鍛えられてるとか?)


 そんな職人たちがこちらに気づいて、驚いたような、懐かしむような顔で手を挙げて挨拶してくれる。

 ひそやかに「あのマルクの息子だ」と話しているのが聞こえた。


(ああ…。そうか、みんな父さんのことを知っているのか。そうだよな、父さんと同じくらいの世代の人ばっかりだし…)


 そんなことを考えていると、レオンさんが地下に向かっていくので、慌ててついていく。

 地下を降りた先は3つの部屋に分かれていて、1つは熟成室、もう1つはワインセラーになっていた。


 広い熟成室にはワインの大きな樽が二段に積まれてずらっと並び、ワインセラーには瓶詰めをした夥しいワインが寝かされていた。



 それは、まさに圧巻だった。



 きっと、ヴァレーのワインを愛する人が見たら、咽び泣くような光景だろう。

 小作人と醸造家(ワインメーカー)の手間暇と汗の結晶が、そこに集結していた。



 熟成室やワインセラーは熟成年数やラベル別にエリアが分かれているようで、レオンさんがぶっきらぼうに案内してくれる。


 僕が大人だったら、きっとここで試飲ができたはずなのに!

 そんな悔しさに歯噛みしつつ、樽や瓶のラベルを見て、ふと気になったことをレオンさんに尋ねた。



「あの、レオンさん。見たところ1つのワインにつき、1つの品種しか使われてないみたいですけど、いくつかの品種を混ぜることはしないんですか?」

「……おめえ、それを他のやつに言ったら、唾飛ばして怒鳴られるかぶん殴られるぞ」

「え?」

「……ヴァレーの葡萄は、神々の加護を受けて育つ。ワインは、その葡萄の美味さを最大限に引き出し、高め、研ぎ澄ませた物じゃなくちゃならねえ。それを混ぜて誤魔化すなんつぁ、バチが当たる。伝統を何だと思ってるんだってな」

「バチ……伝統……」



 思っても見なかった言葉に、目が点になる。


(前世では、ワインをブレンドして調整するなんて割と一般的だと思ってたけど…)



「わかったら、もう言うんじゃねえぞ」



 そう言い捨て、レオンさんは最後の部屋をすっ飛ばして、地上に上がろうとする。



「あっ、ちょっ、レオンさん!この最後の部屋は何ですか?」

「……古い年代のワインの保管庫だ」

「古いワイン?あの、それを見ることは…?」

「……この部屋は、それこそ目ん玉が飛び出るくれえの代物もある。俺でも旦那様の許可がなきゃ入れねえんだよ。諦めろ」

「……はい」



 そう言って、今度こそ地上に上がってしまった。

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