27. アンデッドミンクリスの最期の願い
露骨ではないですが、動物の生死を書いています。
苦手な方はこのお話は飛ばしてください。
セージビルを出発し、アグリ国に通じる街道を南東に真っ直ぐ進んでいる。
日中は春のぽかぽか陽気が気持ち良くて、御者台に座らせてもらうことが多くなった。
新緑の緑と晴れた青い空、それにまだ雪が残る白の山脈。
3つのコントラストが爽やかで、吹き抜ける風と景色を楽しんだ。
日が経つにつれて、鳥などの森に住む動物の気配を感じるようにもなった。
姿は見えないが、そこかしこから鳴き声が聞こえるのだ。
春は繁殖の季節なので、きっとオスがメスに必死にアピールしているのだろう。
とても平和だった。
その日ものんびりと街道を進んでいたのだが、騎馬で先導していたチボーが何かを見つけたようだ。
「止まれ」のハンドサインがあった。
そして、馬車に戻ってきて、少し緊迫した口調で報告した。
「……団長、この少し先に、アンデッド化した獣がいるっす」
「よく見つけたな、チボー。んで、その獣っていうのはなんだ?」
「その、傷がだいぶあってっすね…。たぶん、ミンクリスじゃないかと思うんすけど…」
「?ミンクリスがアンデッド化だと?」
普通、野生の動物はアンデッド化しにくい。
それは、食物連鎖があるので、死骸はだいたい何かのお腹に収まってしまうからだ。
寿命や老衰だとしても、人間のような知性がない限り、あっという間に分解され土に戻る。
しかも、アンデッドはミンクリスらしい。
ミンクリスは人懐っこい性格で、つぶらな瞳とふわふわの毛皮をした、ペットとして人気の高い小型の動物だ。顔や毛皮は前世でいうところのミンク、尻尾はニホンリスに近いと思う。
そんなミンクリスが、なぜかアンデッド化して姿を見せているらしい。
「団長。きた」
御者台に座っていたブノワが、小さな窓を通して、報告してきた。
件のアンデッドが近くに寄ってきたらしい。
「…坊ちゃん方は絶対に馬車から出ないでくだせえ。おいチボー、何があっても坊ちゃん方をお守りしろ」
「はいっす」
ドニはそう言って、外に出た。いつもは腰に佩いている剣を抜く音がした。
固唾を飲んで、膝のリュカをぎゅっと抱きしめる。
腕に覚えのあるドニが、小動物に遅れをとることはないと頭ではわかっていても、初めての事態に心臓が嫌な音を立てていた。
「心配しなくても、団長は強いっすから!ちょちょいのちょいで終わりっすよ!」
「…そうだよね」
けれど、一向にドニは戻ってこない。
痺れを切らしたチボーが、ブノワにどうなっているのか詰め寄った。
「ブノワのおっさん、団長は一体何をしてるんすかっ」
「団長、行く。逃げる。団長、引く。寄る。繰り返し」
おそらく、ドニとアンデッドはイタチごっこな状態と言いたいらしい。
(…なんでそんなことしてるんだろう)
その行動から、アンデッドに攻撃の意思はないように思う。では、なんで?
「…何か理由があるのかな。例えば助けて欲しいことがあるとか、伝えたいことがあるとか」
そんなことをつぶやくと、腕の中のリュカがみじろいた。
「にいに、あのねー。あかちゃん、たしゅけてって」
「えっ。リュカ?」
「?う?」
「…赤ちゃん、助けてって言ってるの?」
「うんっ」
僕には何も聞こえない。けれど、リュカには何かが聞こえたようだ。
リュカは、こんな時に嘘をつくような子でもない。
「ブノワ、ドニに一度馬車に戻るように伝えて」
「(こくこく)」
しばらくして、ドニが戻ってきた。
「面目ねえ、なかなかにすばしっこくて、困っちまいますぜ」
「それなんだけど、リュカが、アンデッドが赤ちゃんを助けて欲しいって言ってるって。ダメもとで、アンデッドに呼びかけてもらえないかな。剣を抜くと警戒されるだろうから、できれば抜かずに」
「へ?まあ、そのくらいなら、大丈夫かと思いやすが…」
「お願い」
そうして、ドニはまた外に出て行った。
どのくらい時間が経っただろうか、ドニが無事に戻ってきた。…懐に、小さなミンクリスの赤ちゃんを1匹抱いて。
ドニが言うには、剣を抜かずに近づくと、アンデッドのミンクリスは時折振り返りながら森に入って行ったそうだ。
そのまるで「ついてこい」とでも言うような行動に、仕方なくドニは後を追った。
しばらくすると、一本の大木の前でアンデッドは立ち止まった。
ここが目的の場所かと、ドニがその木の根穴を覗き込むと、3匹のミンクリスの赤ちゃんがいたそうだ。
このアンデッドは、親なのだろう。
捕食者に食い殺されても、きっと子どもたちが心配で、誰かに助けて欲しかったのだ。
「…赤ん坊たちは動いてませんで、3匹とも事切れてるもんだと思ったんですぜ。そうしたら、こいつだけ動くのが見えやして、慌てて連れ帰ってきたんでさあ」
「そうだったんだね」
ドニから受け取ったミンクリスの赤ちゃんは小さくて、まだ目が開いていなかった。
それに、しばらく餌をもらえなかったのか、弱っていた。
まずは軽めにクリーンをかけて、温かいおしぼりでさっと拭く。
そして、柔らかく暖かい毛布で包んであげた。
何を食べるかもわからなかったが、手持ちの粉ミルクを温めて、布に染み込ませて吸わせる。
(スポイトが欲しい…)
食欲はあるようで、必死に布をちゅうちゅうと吸っている。
ドニはその様子を見るとひとまずは安心したようで、「3匹を弔ってきやす」と言って、また出て行った。
…ドニにはつらい役回りを任せてしまった。
「にいに、あかちゃん、かあいいね〜」
「かわいいね。リュカ。でも、まだ触らずに、見るだけね。赤ちゃん、今はちょっと具合が悪いからね」
「…わかっちゃ!」
横から覗き込んでいるリュカは興味津々で、ミンクリスの赤ちゃんを触りたいようだった。
けれど、まだ力加減ができない幼児が、弱っている赤ちゃんを触ると、さらに悪化させてしまうかもしれない。
注意すると、リュカは両手をぐっと握って、背中に隠した。そんな様子もかわいい。
お腹いっぱいになったミンクリスの赤ちゃんが寝入った頃、ドニが戻ってきた。
表情からは何も窺い知れないが、「ありがとうね」と声をかけた。
しばらく様子を見守っていたが、赤ちゃんは小康状態のままだったので、大丈夫だろうと判断して馬車を出してもらった。
夕方より少し前に、次の村に着いた。
この村には幸運なことに、弱いがヒールを使える村人がいるとのことだったので、ミンクリスの赤ちゃんにかけてもらう。
その甲斐もあって、赤ちゃんは数日で元気を取り戻した。それどころか、目が開いて、活発に動き回るようになったのだ。
これなら注意は必要だが、旅にも連れて行けそうだ。
せっかく、助けた命だ。それに、アンデッドの親からこの子を預かった責任もある。
野に返したり、この村に残していくのも不安なので、僕たちが面倒をみるつもりだった。
リュカは、今日もミンクリスの赤ちゃんにべったりで、とても可愛がっている。
「クククー」
「くくくー」
「ククックー?」
「くくっくー?」
ミンクリスの鳴き声を真似て、リュカも鳴いている。
なんともほのぼのとして、くすっと笑ってしまう光景だ。
(…飼うとしたら、名前をつけてあげないとな)
「リュカ、赤ちゃんの名前だけど、メロディアはどうかな?」
「う?めろちゃん?」
「そうだね、メロちゃんだよ」
「かあいい!めろちゃん!」
「ククー」
ミンクリスの赤ちゃんも、名前を気に入ってくれた…と思う。
そうして、僕たちの旅に、ミンクリスの赤ちゃんのメロディアが仲間に加わった。




