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26. 春の雪解け

 自警団のメンバーは忙しそうに準備や挨拶回りなどをしているが、ぼくとリュカはのんびりとセージビルでの滞在を楽しんでいた。


 初めはどうなるかと思ったが、週に2〜3日、リュカは楽しそうに教会に通っていた。


 3歳なので「元気にご挨拶しましょう」とか、「おもちゃを貸してもらったらありがとうと言いましょう」といった簡単なものだが、基本の大切なお行儀を修道女(シスター)たちに教えてもらって、素直に聞き分けていた。


 それに、友達とお話したり遊ぶことで語彙やジェスチャーがかなり増え、自分の気持ちを伝えることが前よりも上手になった。


 一番仲の良いアリスちゃんと遊ぶことが多かったが、他の子の名前もすっかり覚えて話しかける積極性が出てきたし、年下の子たちが泣いているとよしよしと慰めてあげる気遣いも見せるようになった。

 ぼくが褒めると、「りゅー、おにいちゃんだもん」とドヤ顔したのはおもしろかわいかった。



 ぼくも、合間を縫って教会図書館に通った。結局、私塾に通うことはできなかったが、代わりに何倍も価値のある方に教わることができた。


 そう、テオドア・フィールドさまだ。

 最初は変わった方だなという印象が強かったが、交流をするごとに、思慮深く知識豊富なテオドアさまを尊敬するようになっていった。


 テオドアさまは、知識のインプットとアウトプットをセットで行うことを大切にされていた。


 例えば、その日テオドアさまから本を手渡されて、まずはそれぞれで読む。本は植物学だけでなく、哲学や文学、芸術と多岐に渡っていた。

 読了したら、僕がお礼がわりに持参したお茶とおやつをつまみながら、テオドアさまと本の感想や気づきを話す。

 テオドアさまの深い洞察から学ぶことの方が多かったが、前世の記憶があるぼくの意見はテオドアにとっては新鮮に感じることもあったようで、この意見交換はお互いに楽しい時間だった。


 またあるときは、教会図書館の庭園にある薬草園を散歩しながら、実地で栽培方法や効能、採取の仕方を学んだ。

 天気の良い日なんかは、二人並んで植物の模写もして、記録などのコツを直々に手解きを受けた。


 ぼくの事情は打ち明けていたので、テオドアさまは現代の葡萄栽培や醸造についておすすめの本を教えてくれたり、教会に残っていた資料も読ませてくれた。


 昔、ソル王国の教会では、宗教的な儀式での使用や貴重な収入源として、ワインを醸造することが多かったそうだ。

 当時の資料なので今とは違う内容もあったけれど、醸造の流れや歴史、ワインにまつわる人々の生活様式が垣間見えて、興味深かった。



 ひと月半という短い期間だったが、ぼくもリュカにとってもとても良い経験ができた。

 そうして、気がつけば春になり、ぼくは14歳になっていた。



 その日は、セージビルでもちょっと高級な部類の食堂でお祝いをしてもらった。


「「「「坊ちゃん(にいに)、14歳おめでとうございます(おめっとー)」」」」


 今日は正体をなくさないくらいであれば飲んでいいよと許可をだしたので、嬉々として自警団のメンバーはお酒を飲んでいる。

 美味しい食事に舌鼓を打ちながら、滞在中の思い出をおしゃべりして、とても楽しい時間だった。


 それに、思いがけずみんなから誕生日プレゼントももらった。


 ドニからは、柄にリーフ模様が装飾された品の良いレターナイフだった。

 ぼくが手紙のやりとりをしている人が多いことを知って、長く使える良い品をわざわざ探してくれたらしい。

 とてもうれしくて、ぼくにしては珍しく満面の笑みでお礼を言うと、ドニは「喜んでもらえてよかったですぜ」と照れくさそうに頬をかいていた。



 ブノワからは、チーズの詰め合わせをもらった。

 実は誰にも言っていなかったのだが、チーズはぼくの大好物で、特にハードタイプには目がないのだ。

 そのまま食べても美味しいし、料理に入れてもコクが出て美味しい。チーズの使い道はたくさんある。


「ブノワ、いつぼくがチーズ好きだって気づいたの?」

「……勘だ」


 まさかの野生の勘だった。さすが熊だ。



 チボーからのプレゼントは、海塩だった。

 ソル王国は海とは無縁の内陸なので、日々の暮らしで使う塩は岩塩だ。

 海塩は輸入物しかないので、塩にしては高価で珍しいのだ。


 聞くと、先日たまたま見て回った露天でこの海塩を見つけて、「これだ!」と思って買ったらしい。

 一瞬、騙されてない?大丈夫かな?と心配になったので、こっそり鑑定してみた。


 名前:マリンブリーズソルト

 状態:可

 説明:食用可。セーファラーズ海国原産の海塩。ミネラルが豊富。ほのかな甘みがあり、まろやかな塩味が特徴。風味が良い。湿気やすいので保管に注意が必要。


(おお!本物だ)


「チボー、ありがとう」

「へへ、ルイ坊ちゃんは料理がうまいっすからね。その塩ならいつもの料理でも何倍にも美味しくなるって商人が言うもんすから、奮発したっす!」



 そして、最後はなんと、リュカからだった。


 もじもじと恥ずかしそうに、リボンを巻いた絵をぼくに差し出した。

「ありがとう」と受け取って開くと、人の顔らしき絵が描いてあった。


「…リュカ、これはもしかして、ぼく?」

「しょー!にいに〜、おたんどーび、おめっとう!りゅー、にいに、だーいしゅき!」

「……っ」



 ぼくが誕生日を祝ってもらったのは、10歳の時が最後だった。

 あのときはまだ父さんが生きていて、母さんと二人でお祝いをしてくれた。


 今はリュカとドニたちがいて、こうして誕生日を祝ってくれる。


(…この世界に生まれてきて、よかったな)


 僕は、そう心から思った。






 誕生日の日からしばらくして月も半ばになった頃、セージビルは忙しない雰囲気になった。


 アグリ国までの街道が、ついに雪解けで通れるようになったのだ。

 そのため、商人を中心に、僕たちと同じように足止めをくらっていた人たちが、各々の目的地へと向かって旅立ち始めた。


「僕たちはいつ頃出発する?」

「へえ。寒の戻りがあるかもしれませんで、様子を見つつ、七日後に出発しやしょうか」

「わかったよ。それなら、出発の挨拶回りする時間もあるから問題ないね」


 出発準備は自警団のメンバーに任せて、僕とリュカは教会やテオドアさまにそろそろ出発するとお別れの挨拶をして回った。


「にいに、りしゅとばいばい?」

「そうだね。ばいばいだけど、またいつか遊びに来ようね。だから、またねもしよう」

「…わかっちゃ」


 せっかくできたお友達とのお別れに、リュカもしょんぼりしていた。

 僕も、またリュカにお別れを経験させてしまうことに、心を痛めていた。


 けれど、別れ際にアリスちゃんが「またね!」と元気に言ってくれたので、最後はリュカも笑顔で「まちゃね」と返すことができた。

 リュカが泣き喚くことを覚悟していた僕にとっても、アリスちゃん様様だった。



 テオドアさまも僕の出立を惜しんでくれた。


「せっかく、見どころのある弟子と出会えたと思ったんじゃがのう」

「僕ももっとテオドアさまに教えていただきたかったです」


 テオドアさまの教えは僕にあっていて、本当に楽しく学ばせていただいた。

 それに、弟子と言ってもらえて、嬉しかった。


 ひと月半では全然足りない。許されるなら、きちんと弟子入りしたいほどだった。


「ほっほっほ。なあに、学ぶことはどこでもできるものじゃ。本の感想やヴァレーの植生、葡萄栽培。なんでも気づいたことや困ったことを、手紙に書いてくれればわしもうれしいのう」

「テオドアさま…。ありがとうございます。遠慮なく、手紙を出させてもらいます」

「うむ。おお、そうじゃ!時々で良いから、ヴァレーのワインも届けてもらえんかのう。わしはワインが大好物なんじゃ」


 テオドアさまは、茶目っ気たっぷりに笑って言った。


 きっとテオドアさまの教えを、大金を積んでも受けたいという人は多いのではないかと思う。

 そんななか、僕が代金を渡そうとしても、「わしが好きでやってることじゃからの」と受け取ってもらえなかった。


 だから、ワインを届けて欲しいと言われて、僕はむしろ気持ちが楽になった。


「もちろんです。楽しみにしててください!」






 そうして、僕たちはお世話になった人たちに別れを告げた。

 さあ、また旅の再開だ。

1万PV御礼の活動報告を書きました。

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― 新着の感想 ―
[一言] お、リュカがギャン泣きしなくなった。成長したなぁ。一月くらいしか経過してないけど。
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