24. 学びの町セージビルでの出会い(後)
一通りぐるっと本棚を見て回ってから、植物学の棚に戻ってきた。
ヴァレー地方の植生や葡萄の栽培について書かれた本があればと思って探してみたが、めぼしい本は見つけられなかった。
(やっぱり、特定の地域とか葡萄の栽培について研究する学者って珍しいのかな…)
がっかりしながら、代わりになんとなく気になった「基礎薬草の栽培技術と効能」というタイトルの本を手にとってみる。
著者は「植物学者 テオドア・フィールド」と書かれていた。
近くの席に座り、ページをゆっくりとめくる。
ページは滑らかで柔らかく、どことなくしっとりとした感触だった。
紙ではなく、動物の皮でできているみたいだ。
その本は「基礎薬草」という言葉の通り、古くから効能が信じられている薬草の研究がまとめられていた。
そこには、普段ぼくも料理で使うことがあるガーリックやジンジャーに、そのほかにもエキナセア、カモミールといった薬草が、基礎薬草として紹介されていた。
(へえ、これも基礎薬草だったんだ。知らなかったな。…それにしても、すごくわかりやすいな、この本。専門用語は少ないし、あっても解説が書かれている。著者の手書きなのかイラストもついてるし…。薬草に対応した症状や効能もあって、まさにこの世界における家庭の医学っていう感じだ)
緻密なイラストが多いため一種の美術書のようでもあり、集中して読み進めることができた。
(そこまで細かく書いてはいないけれど、有効性を証明した臨床試験の結果や知見が簡潔にまとめられてる…この世界の学問レベルでここまで研究してこの本を書いた、テオドア・フィールドってどんな人なんだろう…)
読み終わったぼくがそう考えたタイミングで、誰かに呼びかけられた。
「もし、そこの少年」
「え?はい?ぼくのことでしょうか」
声の方を向くと、修道服を着たかなり年配の…それこそおじいさんと呼べる年代の男性が座っていた。
つるつるの剃髪頭に陽があたって、少し眩しい。
「そうじゃ。きみのような年の少年がこの図書館に来ることはめずらしくてのう。しかも何やら熱心に本を読んでおるじゃろう。つい気になってしまってなあ、声をかけてしまったんじゃよ」
「ああ。そうだったんですね。確かに、ぼくみたいな子どもがここにくることは少ないでしょうね」
「ほっほっほっ。なに、悪く思わんでくれ。単なる好奇心じゃ。…ところで、少年はその本を読んでいたようじゃが、おもしろかったかの。ひまを持て余しているじいに、感想を聞かせてくれないかのう」
このおじいさん、好々爺然と笑っているが、なかなかに押しが強い。
問答をして騒ぎを大きくするのも嫌なので、感想を言うしかなさそうだ。
「…おもしろかったですよ。単なる民間伝承ではなくて、薬効の客観的な立証にアプローチしていて、とてもよくまとめられていると思いました。ただ…」
「ただ?」
「えっと、基礎薬草って、ごく普通の村人たちにこそ有用で価値のある知識だなと思ったんです。栽培方法がわかっていて薬効も証明されているなら、日々の生活に取り入れることでちょっとした病気なら防げたり、治すこともできるなって。でも、この本だけだとどう取り入れたらいいか、わからないかもしれないと思いました」
「ほっほっほう!なるほど!そういう観点もあるのう。して、それならどうするのが良いかのう。アイデアはあるのじゃろう?」
所詮、門前の小僧でしかないぼくの生意気な感想にも、おじいさんは楽しそうだ。むしろ、それまでは白く長い眉毛と垂れたまぶたに隠されていた目をカッと見開いて、ぼくをみている。
(えええええ!なんでさらに興味津々になっちゃってるの!?)
ぼくは一人うきうきと興奮しているおじいさんについていけずに、内心だいぶひいてしまっていた。
「うーん…。ぼくなら、基礎薬草を使った料理のレシピをあわせて書きます。日頃の食事でどうやって使うのか、ちょっと体調が変だなっていう時にどんな風に食べるといいとか。薬草茶の作り方やブレンドの配分、淹れ方なんかを載せるのも良さそうです。それで、手順や出来上がりのイメージはこんな風にイラストにして、文字が少なめだと村人でもわかるかなと」
「ほうほう。そうか。確かにそうすれば、ちょっとは試してみようというやつもでてきそうじゃのう」
「はい。レシピをみて”おいしそう”って思うのは十分きっかけになると思うんです」
うんうんと、おじいさんは頷いている。
こんな得体の知れない、初対面のおじいさんに自分の感想を言うなんてと思ったけど、なんとか納得してくれたようだ。
「坊ちゃん、そろそろ…」
それまで、置物のように静かだったブノワが初めて声をかけてきた。
確かに、気がついたら当初の予定していた時間以上に滞在してしまっていた。
もうとっくにリュカはお昼寝から起きて、ぼくがいないと泣き叫んでいることだろう。
そうすると、チボーはまだ上手にリュカをなだめることができないので、ぼくの帰りをやきもきと待ちながら、途方に暮れることになってしまう。
「ブノワ、ありがとう。確かに、そろそろもう帰らないと」
「もう帰ってしまうのかのう。それは残念じゃ。少年とはまだまだ意見交換したかったのじゃがのう」
「すみません。ぼくはひと月はこの町に滞在する予定ですので、また図書館で会った際はぜひ」
「ほう。旅の方じゃったのか。それはそれは。では、次に図書館に来たときは、受付に言ってわしを呼んでくれれば良い。それならば、確実に会えるはずじゃ」
「え。わ、わかりました。えっとぼくはルイ・ヴァレーといいます。その、お名前を聞いてもいいですか…?」
「ほっほっほ。わしはこの図書館館長のテオドア・フィールドじゃ。…その本を書いた著者でもある」
そういうとおじいさん…いや、テオドア・フィールドさまは茶目っ気たっぷりに笑って、ウィンクをした。
(……え?え?ええええええ!!まさかの著者ご本人んんん?!)
あまりの驚きに大きな声をあげそうになったが、寸でのところでここが書庫であることを思い出して、自分の口を両手で塞ぐ。
なんとか声を堪えたぼくを誰か褒めて欲しい。
頭の中が真っ白になり、大混乱の中で、自分が本人とは知らずに言った感想がこだまのように鳴り響いていた…。
──そうして、これがのちに師弟とも呼べる関係を築くことになる、ぼくとテオドア・フィールドさまとの初めての出会いだった。




