16. 賑やかなはじまり
【第1章のあらすじ】
父マルクが亡くなって、意気消沈する母サラだが、なんとか弟のリュカを出産。
けれど、気力体力が戻らず、リュカは兄のルイとシッターのエミリーが中心となって育てることに。
月日が経ち、徐々に立ち直り始めたサラはお針子の仕事に復帰するが、しばらくして家を空けることが多くなる。
実は、ベルナールという貴族出身・聖職者の恋人ができたのだ!
だが、このベルナール、カルトで霊感商法ときな臭い。サラも祭壇や怪しいグッズを押し売りされていたが、恋に盲目状態だ。
そうこうしているうちに、父の遺産やルイの財産が狙われ始める。
どうしようかと悩んでいると、折よく父方の祖父母から「自分たちの元へ来ないか」という手紙と遣いがやってきた。
ルイはこれはチャンスだと一念発起。情緒不安定の母は女子修道院に預け、リュカを連れて祖父母の元に行くため旅を始めたのだった…。
馬車を走らせてからしばらくして大きな川沿いに出た。
王都内を流れるロート川だ。豊かな水量を誇り、きらきらと穏やかな水面が揺蕩っている。
見える限りずっと先まで道が続いている。馬車はこの川沿いの道をひた走っていくようだ。
出発からずっと泣き喚いていたリュカは、いまは少し落ち着いて声だけで泣いている。
鼻水と涙でドロドロの顔を、優しく布で拭いてあげる。真っ赤なほっぺとお目々がかわいそうだった。
そのまま、ひっつき虫のリュカを抱っこしていると、だんだんと体温が熱くなってきた。朝も早かったし、泣き疲れたから眠いのだろう。
「リュカ、お水飲もうね」
「……あい」
果実水で水分補給をさせ、とんとんしているとリュカはぐっすり寝てしまった。
馬車は思っていたよりゆったりとした広さで、素材にこだわっている感じのソファ座席は柔らかく、3歳児をのせたぼくの下半身を優しく受け止めてくれた。
対面には大男のドニが座っているが、それほど圧迫感も感じない。
中央にある少し低めのテーブル型火燵は暖かく、さらにほかほかの幼児を抱えたぼくは寒さ知らずだった。
「坊ちゃん方、王都を出ましたぜ。起きて、昼にしやしょう」
気づいたら、ぼくも眠ってしまっていたようだ。寝起きに、ぬっとおっさんの顔が映るのはあまり精神衛生上よろしくない。
「…もうそんな時間なんだね」
「よく眠っていやしたよ」
「〜〜〜うにゅー」
「リュカもおっきしよう。ほら、おはよう。ごはん食べるよ」
「…んぅ…ごあん…」
食いしん坊のリュカは、「ごはん」の言葉に反応してやっと起きてくれた。
馬車の外に出ると、田園風景の林道が広がっていた。
清々しい空気に思いっきり背伸びすると、気持ちいい。
3歳児を抱えて眠っていたから、知らず知らずのうちに身体が縮こまっていたようだ。
小用などを済ませると、先に馬の世話をしていたチボーとブノワもやってきた。
この2人は自警団のメンバーだ。騎馬で馬車を先導していたチボーは自警団最年少の20代で、そばかす面の童顔だ。御者をしていたブノワは、もっさりした髭に顔が覆われていて、まるっきり熊だ。
適当な布を敷いて、どかっと座った自警団の3人が取り出した昼食は、しっかりかみごたえのある堅パンのサンドイッチだった。
子どものぼくとリュカには見るからに食べにくそうだったので、ストックしてある柔らかいパンとシチューを食べることにする。
もともと、こう言うことを想定してストックしておいたのだ。
物欲しそうな大人たちの視線に負けて、仕方がないのでとろみのあるシチューは全員に振る舞うことにした。
鍋いっぱい作ったので、5人でも十分食べられる。ありがたく食べてくれ。
「おー!このシチュー、めちゃくちゃうまいっす!まろやかでほくほく野菜がゴロゴロ!食べ応えあるっす!ルイ坊ちゃん、料理上手っすね!良い嫁さんになるっす」
「…うまい」
「おい、チボー!うるせえぞ!馬鹿なこと言ってねえで、黙って食え!」
シチューは熱々のままストレージにしまっていたので、寒い冬にしみるおいしさだった。隠し味にいれたチーズの塩気とコクが効いている。
自警団のメンバーたちもわいわい美味しそうに食べていた。
ブノワは無口無表情で静かだが、その分チボーが喋っていて、突っ込むドニとの掛け合いが賑やかだった。
何気に、家族とエミリーさん以外に手料理を食べさせたことも、こんなに賑やかな食事も今世で初めてかもしれない。
リュカには少し冷ましてからあげたので、必死になってもりもりと食べている。
よっぽどおなかが空いていたのだろう。
(うーん、これだけだとリュカはおなかいっぱいにならないかもな)
大人に近い量を盛ったのだが、案の定、リュカは食べ終わると「おかあり!」と催促してきた。困った。
「腹一杯まで食べさせてやりたいのは山々なんですが、夕方には宿を見つけたいんで、そんなにゆっくりとはしてられませんぜ?」
「そうだよね…」
しようがないので、食べ足りなくて不機嫌なリュカを宥めながらさっと片付けを済ませ、馬車をまた走らせる。
そこでやっとストックの蒸しパンを渡すと、2個も食べてリュカは満足して機嫌を直した。
(本当に、ボロボロ落とさずに手で持って食べられる系のストックを作っておいてよかった…。でもこの調子だと、すぐなくなっちゃいそうだから、こまめに仕入れたり作ったりして切らさないようにしないとだめだな…)
初っ端から、リュカの食欲を恐ろしく感じる旅のはじまりだった。
時折小休憩を挟みながら、順調に道を進むことさらに数時間。
緑と、作物を収穫し終わって寂寥とした畑ばかりが続く景色に見飽きた頃、ちょうどぽつんと見えてきた小さな村…というより集落で宿を取ることにした。
「坊ちゃん方、今日はここに泊まりますぜ」
「…ドニ、ここに本当に宿があるの?」
「へい。まあ宿というより、小屋ですかね。この集落で管理している小屋を一晩借りるんでさあ。狭い上にベッドくらいしかありやせんが、悪くはありませんで。雨風凌げる屋根もありやすし、馬車の火の魔石を取り外して持ち込むんで、暖はとれますぜ」
(この世界のちゃんとした宿の基準って、もしかして結構低い…?)
ぼくは改めて、この世界の常識にカルチャーショックを感じて気が遠くなりそうだった。
「な、なるほど…。でも宿はいいとして食事は?食堂なんてなさそうだけど…」
「そちらも村人に金を払って、作って持ってきてもらうんでさあ」
「ああ。なるほど。…そうしたら、できるだけリュカが食べやすいものを作ってもらえないかな?ポリッジとかミルク粥とかでいいんだけど…」
「へい。わかりやした。頼んでおきます」
「お願い」
「坊ちゃん、今日はここで一泊して、明日も朝から出発しやす。そうすると、少し大きめの村に着けるはずなんで、そこで2泊の予定ですぜ。基本的には、ある程度大きな村では丸1日休養日を設けますんで、そのおつもりで」
「うん。そうだね。休みながらのんびりいこう。急ぐ旅でもないしね」
「へい」
その日借りた宿…というより小屋は掃除はされてはいたが、埃っぽかったので、除塵殺虫殺菌をイメージしてクリーンを重ねがけする。
ベッドも、硬くて薄っぺらいマットレスだったので、ぼくとリュカの分は持参した寝具を敷いてやっと納得した。
そうして食事を済ませ、さっさと自分たちにクリーンをかけて横になったところで意識がない。
思った以上に疲れていたのだと思う。小脇に抱えたリュカが温かくて、朝までぐっすりだった。




