番外編 記憶のよすが 〜 ルイとリュカの母・サラ視点 〜
晩の祈りの後。
修道院長のシスター・マリアに呼び出された私は、そっと小包を手渡された。相変わらず、封はすでに解かれている。
その差出人を確認して、私は息が止まりそうになった。
(ルイ……!)
逸る気持ちを抑えながら、退室の挨拶をして、廊下を小走りで駆け抜ける。
飛び込むように自室に戻ると、胸に掻き抱いた小包を、改めて丁寧に手に取った。
ゆっくりと深呼吸をして呼吸を整えてから、紐を緩め、包み紙を破らないように開く。
中身は一通の手紙と、小さな木箱だった。
(どちらから、開けようかしら……)
迷って、私は手紙を開けることにした。
先日、私が初めてルイとリュカ宛に送った、手紙への返信が書かれているはずだ。
(ああ。怖い……!)
ぎゅっと目を瞑ったまま、手紙を開く。いつまでも、そうはしていられない。私は覚悟を決めて、薄目を開けた。
真っ先に目に入った「ぼくもリュカも、かあさんからのお手がみを、すごくたのしみにまっています」の一文に励まされ、やっとしっかりと目を見開いて、最初から最後まで読む。
学のない私でも読みやすいように、丁寧に優しく書かれた手紙だった。
もう十五歳になる息子の気遣いが嬉しくて誇らしくて、私は涙が溢れて止まらない。
手紙の隅には、小さな手形と足形が押されていた。もしかしてと思ったら、案の定、リュカのものだと手紙に書かれてあった。
小さな、手足だ。
そっとインクを擦らないように、私は自分の手を重ねてみる。
リュカの手は、まだこの手の平にすっぽりと収まる。足は、私の手とちょうど同じくらい。
(リュカは、私似だから……。きっと少し小柄なのね)
でも、別れ際に握った記憶の手より、ずっとずっと大きくなっている。
思いがけない形で、四歳のリュカの成長を知ることができた。もうこれ以上の贅沢は、望むべくもない。
そう思った気持ちは、木箱を開けた瞬間、あっさりと覆された。
小さなキャンバスに、繊細な白黒でルイとリュカが描かれている。記憶にあるよりも、成長している二人の姿だ。
(それもそうね……。もう離れて暮らすようになってから、二年近く経つもの……)
ルイの頬に触れようとして、はっと気づいて手を引っ込めた。見るからに、インクで書かれた絵だ。素手ではとても触れない。
せめて絵でいいから、触れたいのに、触れられない。もどかしい気持ちに、まるで祈りのように胸で手を組んだ。
(リュカは……ふふ。ほっぺがまんまるで、突いたらとても柔らかそうだわ)
ルイが赤ちゃんの頃。可愛くて愛おしくて、頬を指先で突いては、昼寝の邪魔をしてしまったことを私は思い出す。
あの柔らかさを、指先はまだ覚えている。
(ルイは、ますますあの人にそっくりになって……。あの人、体の大きな人だったから、きっとルイも大きくなるわ)
小さな絵だろうと白黒だろうと、よくわかる。見るからに仲の良い兄弟だ。健康に、幸せに育っている。
きっともう声変わりをしたルイと、舌足らずもなく喋るようになったリュカ。ずっと覚えていたかったのに、二人の声を忘れ、いよいよ顔すらも忘れてしまうのかと、私は思っていた。
(私の息子たちは、今こんな顔をしているのね……)
幼かった思い出の二人の顔が、私の中で少し成長して、微笑みかけている。
一つ願いが叶うと、もう一つ。もう二つと。欲張りになってしまう。
会って、声が聞きたい。抱きしめたい。許されるなら、やっぱりその成長をずっと傍で見ていたい。
(そのために、私はあの子たちにとって、恥ずかしくないお母さんになりたい……!)
弱いままの私では、いつかまた他人に流されてしまう。そして、不幸を誰かのせいにして、自分は何て可哀想なのだと、浸るのが目に見えている。
自分を変えられるのは、結局、自分しかいない。
日々の静寂な祈りの中で、過去と向き合い、弱い自分を認めていくうちに、私はやっとそのことに気づいたのだ。
目の前の、兄弟二人だけの小さな絵を飽きずに眺める。
(いつか。もし願いが叶ったら。その時は三人……ううん。あの人も入れて、四人家族の絵を描いてもらえるかしら)
目尻からぽろりと溢れ落ちた、涙を拭う。
ルイとリュカに、伝えたい気持ちはたくさんある。けれど、まずはたくさんの「ありがとう」を伝えよう。
まだお手本のように滑らかではないけれど、それでもだいぶ上達してきた手跡で、丁寧に。
リュカの可愛い手形と足形つきの手紙を、ありがとう。
素敵な兄弟の絵を、ありがとう。
お母さんの息子に生まれてきてくれて、ありがとう、と。
■ お知らせ
・【4月17日(水)〜5月6日(月)まで】お休みをいただきます。本編の再開は、GW明け【5月7日(火)から】です。
・お休み期間中は、二〜三日に一回(不定期)、こぼれ話などのSSを投稿予定です。
(さらに詳しい内容は、お手数ですが作者プロフィールから活動報告に飛んで、お読みいただければ幸いです)
毎日更新を楽しみにしてくださっている、読者の皆様には大変申し訳ありません。
再開後はまた毎日更新できるように、しっかり英気を養って準備致しますので、それまでブクマはそのままでお待ちいただければ嬉しいです!




