表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/192

・エピローグ1/3 母と弟

 王都が興奮に沸いていた。国王ペレイラがついに解放され、反逆者ホーランドが拘束されたと知ると、市民は今日という解放の日に声を上げて喜んだ。


 商機に聡い者は仕入れや納品のために都を飛び出してゆき、そうでない者は朝から夜まで喜びに騒ぎ回った。町中が酒と肉の匂いで満たされて、浮ついた空気でいっぱいだった。


 東西に展開された反乱軍はじきに瓦解するだろう。俺の仕事はもはや終わったも同然だ。


「ねぇドゥ、本当に会わないの……?」

「ない」


 夕方過ぎ、フードロープを深くかぶって住宅街を訪れた。その日の弟はとても明るく、義父と一緒にボール遊びをしてもらっていた。

 その傍らには幸せそうに微笑む母がおり、それを見ているだけで目頭が熱くなった。


「でも……一声だけでも、声かけたら……?」

「ダメだ。この先も俺はもっともっと多くの人間の恨みを買うだろう。会うのが賢い選択とは思えない」


 いつまでもいつまでも、その姿を見守った。


「ねぇ、ドゥ。盗賊、止めてもいいんだよ……?」

「……10年したらまた同じセリフを言ってくれ、気が変わるかもしれん」


「ボクチンはドゥが心配なんだよぉ……っ」

「俺の家族はジジィとお前だけだ」


 飽きもせずにずっと見つめた。しばらくすると義父が家の前を去ってゆき、母も家の中に入った。弟はまだまだボール遊びに夢中で、夕飯の香りが自宅から漂ってきても独り遊びに夢中だった。


「ねぇ、ドゥ。遊んであげたら……? そのくらいならいいでしょ、お願い」

「……あべこべな頼みだな」


「会わなきゃダメだよっ、ちょっとだけ遊んであげてっ!」

「お節介なヤツだな、お前は」


 正しいとは思えないが誘惑に負けて、俺は弱い足取りで弟の背中に忍び寄った。足音を消さなくてもいいのにわざわざそうしたのは、拒絶が恐ろしいからだろう。


「あっ、あの時のお兄ちゃんっ!!」

「よう、今日は元気がいいな」


「うんっ、あのねっ、お友達! 帰ってくるかもしれないんだって!」

「よかったな」


「ドゥって泥棒さんがねっ、王様を助けたんだって!」


 誇らしい気分になった。兄ではなく英雄としてではあるが、弟が俺のことを誇りに思ってくれている。弟がかわいくてかわいくて、たまらなくなった……。


「勇者カーネリアも一緒だったって聞くぞ」

「違うよっ、ドゥが全部やっつけたんだっ! 本当の勇者はドゥだよっ!!」


「ははは、盗賊が勇者か。ちょっとカッコイイな」


 言葉を交わしながら弟とボール遊びをした。少し話して別れるつもりだったのに、つい楽しくて何度もボールを蹴り返しては言葉を投げかけていた。


「へぇ、ポケットに金貨が?」

「うんっ、前も同じようなこと、あったんだって!」


「きっとそれは、リューンとお母さんがいい人間だからだろう。人に親切にした分だけ、現金な神様が現金で祝福してくれたのかもしれないな」

「お父さんもやさしいよっ」


「ああ、そう見える。でなきゃお母さんもあんな笑顔にはならない」


 弟、リューンの無垢な笑顔を見ていると、自分が選んだ盗賊という道を後悔しかけた。人様に顔向けのできる商売をしていたら、種違いの兄として一緒にいられたのかもしれない。


「お兄ちゃん……? ボール、返してよ」

「ああ……お兄ちゃんはそろそろ行かないといけない。でなきゃ……」


 盗賊ドゥに戻れなくなる。彼らが俺を受け入れるともし言い出したら、葛藤を抱えて生きることになる。盗賊を止めて、一介の市民として生きる。そう思いかけている自分が俺は許せない。


「えーーっ、もっと一緒に遊んでよっ、お兄ちゃんっ!」


 お兄ちゃんと呼ばれるたびに嬉しくなる。だがその分だけ、葛藤が膨らんだ。だが結論は『不可能』だ。俺はもうカタギには戻れない。


「ごめんな、もう行くよ」

「じゃあっ、また遊びにきて! 友達もお兄ちゃんに紹介するから、お願い!」


「……わかった。その代わりに約束してくれ」

「約束? なーに?」


「リューン、強い男になれ。お母さんを守れるのはお前だけだ」


 マジになり過ぎたせいか、リューンは驚いて目を丸くしていた。だがもう8歳で勇ましい男の子だ。頼りがいのある強気の表情で、弟はうなづいてくれた。


「うんっ、約束するっ!!」

「頼んだぞ、リューン。それじゃあな」


 弟に背を向けて、城の方へと歩き出した。弟はこれからどんどんでかくなるだろう。そして誓いを守って、俺の代わりに母を守ってくれる。そう考えると、負けていられなかった。


「ドゥ、待って。追いかけてくるよ」

「弟が?」


「うーうん……お母さん」


 モモゾウの言葉に俺は驚き立ち尽くした。恐る恐る背中越しに後ろを振り返れば、息を乱して賭けよってくる母がいた。母に会う勇気は俺になかったのに……。


「ドゥッ、ドゥでしょ! 私よっ、おか――」


 親不孝者はナイフを鳴らして母を黙らせた。


「言わないでくれ。俺を憎む連中は、百人どころじゃおさまらない」

「そう、そうね……」


「ありがとう、昔みたいに俺の名前を呼んでくれて……。もう行くよ、関わらない方がいい」

「待って、夕飯だけでも、一緒に……一緒に食べましょ……?」


 拒絶されるとばかり思っていたのに、母は俺を夕飯に招いてくれた。今の夫への対面もあるだろうに、俺を家に迎えると言う。熱い涙がこぼれるほどに嬉しかった。


 かびたオートミールに酸っぱい肉、すきま風の吹くボロ屋が頭の中でフラッシュバックした。貧しかったが、父さんが病に冒される前は幸せだった。


「俺は俺の信じた道を行くよ。夕飯に誘ってくれて、ありがとう……。母さん……」

「ドゥッ、待ってっ、ドゥッッ!!」


 前を向いて歩き出した。モモゾウが勝手に袋から飛び出して、俺の代わりに母の姿を見守ってくれた。

 俺の道は悪の道だ。善良な彼らとは決して交わってはいけない道だ。俺は一度も振り返らずに歯を食いしばってその場を立ち去った。


 母が俺のことを覚えていてくれた。

 母が俺の名前を呼んでくれた。

 ただそれだけで十分だ。十分すぎるほどに幸せだ。


 俺は母と弟の幸せを願い、悪を喰らう悪の道へと戻っていった。

 俺は盗賊ドゥ。誇り高き盗賊王エリゴルの息子。傲慢で身勝手なただの悪党だ。


あと2話で章完結となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 器用な生き方ではないですねドゥの人生は… 悪党は他人を喰い物にするから悪党と呼ばれる訳で、人を思いやるドゥは本物の悪党ではないと思います。 でも自ら盗賊で悪党を名乗るということはそれが彼…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ