32-2.盗賊伝説の始まり - 本当の英雄 -
「ヒャッハーッ!!」
まずディシムのファイアボルトが敵前列を吹っ飛ばした。立て続けにラケルが矢を放ち、スケルトンたちの隙間をぬってグリゴリを狙撃した。
そこに俺とカーネリアが突っ込んで、敵を受け止めた。少し遅れてソドムさんが追い付くと、六角簿棒がスケルトンたちをまとめて薙ぎ払っていた。
さらにはペニチュアお姉ちゃんが、後列右翼側のスケルトンを死霊術で乗っ取って、グリゴリを襲わせた。俺とグリゴリの相性は最悪だったが、こいつらはその逆だった。
「くっ、こ、こんな……こんなことが……っ」
「モモゾウちゃんっ、出番よっ!」
「任せて、ペニチュアッ!」
さらにはモモゾウまでが攻撃に加わった。空を切ってモモゾウがスケルトンの頭上を滑空して敵背後に回り込むと、モモゾウはとある物を投下して戻ってきた。ミッション完了、すがすがしい顔だった。
かくして突破口が開かれた。
「カーネリア様っ、ドゥさんっ、今です!!」
「行け!」
「くっ――」
俺とカーネリアはその突破口に突っ込んだ。俺が前、カーネリアがその背後だ。あまりに力強い突撃にグリゴリは後ずさった。
「グゲェッッ?!」
でかした、モモゾウ。グリゴリはとある沿海州の名産品を踏んで無惨にひっくり返った。そうだ、バニャニャだ。まさかバニャニャの皮を決戦兵器に採用するとは、さすがはペニチュアお姉ちゃんだった。
尻餅を突いたグリゴリに、俺はナイフを閃かせた。全力の一撃とヤツの杖が激突し、杖は高々と地下祭壇の上空に弾き上がった。そして――
「内戦に散った民の仇っ、覚悟っっ!!」
対魔の力を持つカーネリアの一撃が、俺の攻撃を弾き続けた石の身体を――ぶち壊した。
「盗賊、ドゥ……恐る、べし……」
魔将グリゴリは最期までよくわからないやつだった。ヤツは石の肉体を失い、最期は黒い影となって燃え尽きるように消えていった。
俺たちはクーデターの首謀者を撃破した。
「さて……これはこれで、困ったな……。首を残さずに消えるなんて、迷惑なやつだ……」
「戦い、どうやって、終わらせ、る……?」
撃破したんだが、この内戦を終わらせようにもホーランド公爵の身柄まで消えてしまっていた。
「入れ替わっていたのなら、本人はどこにいるんでしょう……?」
「生かしておくわけがないだろ」
心やさしいラケルらしい疑問に俺は素っ気なく答えた。
「そ、そうなんですか……っ!? 怖いですね……」
「私だったら始末しておくわ、本物に出てこられるとやりにくいもの」
「真顔でそういうこと言う子に育っちゃダメですよっ、ペニチュアちゃんっ!」
「ふふっ……ラケルはそういうところがやさしくて好きよ」
ペニチュアお姉ちゃんは自分を子供扱いしてくれる人が大好きだ。今だってラケルの胸に滑り込むように張り付いて、自分の頬を擦り付けていた。
「ドゥ、君から何かないか? 君はいつだってこういう時、斜め上の解決策を僕たちに教えてくれた」
「生憎思い付かないな。ホーランドに化けようにもヤツの顔が残っていない、無理だな」
今すぐ王城での戦いを終わらせたいのに、その方法が見つからず俺たちは地下祭壇で考えあぐねいた。……いくら考えても答えは見つからなかった。
「待って。何か、聞こえ、る……」
「音だって……?」
「戦闘の、音。切り離して、耳、澄ますと……聞こえる。ドゥ、頼む」
ソドムさんがそう言うので耳を澄ました。剣と剣がぶつかる音、反響する人の叫び声、入り乱れたおびただしい足音、それと――くぐもった声と石の音。
発生源は祭壇の端にある棺のようだった。まさかと思い俺はそこに駆け寄り、やたらに重い上蓋をソドムさんとカーネリアと一緒に持ち上げた。
するとそこには、さっき見た顔が猿ぐつわをされた状態で監禁されていた。
「殺すか?」
猿ぐつわをナイフで斬ってやった。
「ヒィィィーッッ?! た、たたた、助けてくれーっっ、殺されるぅぅーっっ!!」
ヤツは俺たちに取り囲まれて、真っ青になっていた。
「よかったぁ……生きていらっしゃったんですね」
「なーんかつまんねぇなぁ……。おうっ、いっそこのまんま火葬にしちまうかっ!?」
「ディシム、だめ」
「ダーリンがそう言うならわかったよ、ヒャハハッ♪」
「うっ……。さ、触ら、ない、で……」
好色なディシムと可哀想なソドムさんはさておいて、俺は本物のホーランド公爵を棺から乱雑に引っ張り出した。
「降伏するな?」
「クーデターなんてバカなことをするわけがないだろうっ! 頼むっ、私の名誉のためにもこの戦いを止めさせてくれぇぇーっっ!!」
けどアンタ、あのときクソ貴族と結託して国王やギルモアを陥れた側にいなかったか?
と言いたいところだったが今は時間が惜しい。
「OK、国王の命がかかっている。急ぐぞ!」
「フフ……御神輿なら任せて、パパ」
「神輿……? ひっ、ば、化け物ぉぉっっ?!!」
ペニチュアお姉ちゃんが残ったスケルトンを使って、ホーランド公爵を担がせた。なかなか面白い山車だ。俺とカーネリアが戦闘となって道を開かせ、ホーランド公爵を城の激戦区に運んだ。
「戦いは終わりだ! 降伏しろ!」
「ヒャハハーッ、ホーランドは俺たちの手中だぜ! 逆らうならよぉっ、コイツの指を順番に斬り落してやんぞ、オラァーッ!」
「あら素敵♪ だけどやるなら爪からにしましょ♪」
若干、過激なやつもいた。
「戦いは終わった! 頼む、剣を下ろしてくれ!」
「もう戦う必要なんてないんですっ、悪いやつはやっつけたんですよーっ!」
カーネリアの人望が多くの兵がひれ伏させ、スケルトンに拘束されたホーランド公爵の姿に度肝を抜いた。
王の城をスケルトンが闊歩するのは、一般的に許されないことだろう。今だけ許される愉快なお祭りだった。
「おお……勇者カーネリア様、ドゥ殿……。よくぞ……やってくれた……」
3階への階段を登り切ったところに、傷だらけの王が剣を杖にして片膝を突いていた。その周囲を血塗れの近衛兵や諸侯が固めていた。誰もが満身創痍で、死者の方もおびただしかった。
「英雄ドゥ、貴方の奮戦に感謝します……」
「助かった……あと少しで死ぬところだった……」
「勇者様、よくぞご無事で」
だが、その姿は腐りきったこの国の貴族たちとはとても思えないほどに勇敢で、気高く、誇りあるものだった。彼らは命を賭けて王を守りきり、この戦いを勝利に導いた。
「ホーランドッ! 史上最低の裏切り者めっ!」
「許されると思うなよっ、最も惨たらしい方法で処刑してやる!」
「貴様らのためにどれだけの血が流れたか、思い知れっ!」
「ち、違うっ、あ、あれは私ではないっっ! あれはっ、魔将が私が化けたが姿だったのだっっ!」
ま、だいぶぶち切れてもいたが……。
ともあれこれで戦いは終わった。大合戦を待たずして、貴族と王、俺の意地で最悪の内戦をここに終わらせた。
「ドゥ、君が無事でよかった……」
「今さら何を言う、俺を助けてくれたのはアンタ――お、おい、人前で何を……っ、うっっ……?!」
カーネリアという女性は、誠実で勤勉でバカ正直なようで、人前でこういうことをする情熱的な人間だ。
彼女は状況をわきまえずに感情のままに盗賊の胸に飛びつき、感激に人の胸に顔を埋め、それから注目のど真ん中でまたもや人の唇を奪った。
「だ、大胆です……カーネリア様……」
「素敵っ、素敵よ、カーネリアママ!」
「ヒャッハーッ、俺様たちも負けてらんねぇぜ、ソドムゥ!」
「や、め……こ、困、ディシ、ウグッッ?!!」
あっちよりはまあマシかなと、俺は赤毛の勇者カーネリアを抱き締めて勝利の栄光に酔った。
……思えば長い旅だった。旅の終点が、勇者の旅の始まりの地で終わるとは思わなかったが……悪くはない結末だった。
「諸君!! 救国の英雄ドゥと、勇者カーネリア一行に敬礼!!」
世間の連中は盗賊ドゥのことを英雄と呼ぶ。だがそれは違う。英雄の陰には、命を賭して消えていった名も無き英雄たちがいる。
王子を守るために劣勢の中を奮戦して、命を落とした兵士たちがいる。アイゼンガルド大橋を封鎖するために、泳げないくせに大河に飛び降りたがバカがいる。
俺は注目されることのなかった英雄たちがいることを国王に伝え、本当の英雄は彼らだと賞賛した。
内戦は終わった。魔将グリゴリとの戦いも同じくして終わった。
……しかしその一方で、別れの時も近付いている。俺は傲慢で身勝手な盗賊だ。俺は誰ともつるまない。俺に近しい者は、俺に恨みを持つ者に狙われる。
次の目的地を決めておかなければならなかった。




