30-2.陥ちた王都にて―― - 弟 -
・盗賊ドゥ
ギルモアからアイオス王子率いる本陣への言づてを頼んできたが、イウルンを紹介して断った。
バースでの短い休息を取ると、俺は北東へと出立した。馬はギルモアたちに譲っての徒歩の旅だった。
多くの障害が道を阻んだ。検問や警備隊、街道の封鎖が旅人の移動を阻み、進めば進むほどそれが厳しくなった。
昼は森や林で眠り、夜は人目を避けて道なき道を歩いた。街道を歩けば警備隊にとっ捕まる。警備網を避けての旅は、考えていたよりもずっと長く困難だった。
「弟に似ていたんだ……。しかしその弟に似た青年が、盗賊ドゥだと知ったのは、あのパレードの日だった……。勇者カーネリア様と唇を――」
「その話はもうよしてくれ……っ。どいつもこいつも、その話ばかりだ……っ」
目的地はクロイツェルシュタイン王国王都セントアークだ。城下町にそびえる高い外壁を抜けるのには、以前お世話になった憲兵さんの助けを借りることになった。
「今まで見てきた中でも、あんなに微笑ましい口付けは他になかった」
「……とにかく助かったよ、憲兵さん」
「弟がね、最近、俺のことを心配をしてくれるんだ……。軍を辞めろって言ってくれるけど、憲兵がいなくなったら町の人を守る人間がいなくなる。弟たっての頼みだったが断ったよ……」
ただ彼はとてもいい人だったが、弟の話がやたらに多いのが玉にきずだった。
「平和になったらまた会おう」
「またな、ドゥくん」
彼と別れて城下町を歩いた。物資不足と厳重な警備に王都の民は困っていたが、今のところは平和だった。中流階層が暮らす住宅街まで行くと、ある一角で俺は足を止めた。
「よかったね、ドゥ」
「ああ……よかったよ……」
母と弟は無事だった。母は食べ物を少しでも確保しようと市場と家を行き来していて、弟は退屈そうに自宅の壁でボール遊びをしていた。
弟は俺に似た黒い髪の少年で、年齢はまだ8歳のはずだった。
かわいかった。父が病にならず、俺が悪に染まらなければ、兄としてこの子の隣にいられた。そう思うと酷く遠いようで、近しい大切な存在に感じられた。繰り返すが、かわいかった。
「ぁ……っ」
立ち尽くして見守っていると、ボールが思わぬ方向に跳ねて俺の足下に飛んできた。俺は震えた。悪漢に囲まれても動じない俺が、小さな子相手にどうすればいいのかわからなくなっていた。
俺はボールを拾い、やってきた弟に機械的に差し出した。
「ありがとー、お兄ちゃん」
「ぅっ……!?」
「え、どうかしたの、お兄ちゃん……?」
衝動的に兄だと明かしたくなった。だが俺は悪党に憎まれる悪党だ。叶わぬ願いだった。
「ボール遊びが好きなのか?」
「うん! あのね、友達がね、急に引っ越しちゃったの……。お兄ちゃん、一緒に遊ぼう?」
「それはできない……」
「どうして?」
「お兄ちゃんは、とても悪いやつなんだ……。悪いやつと一緒に遊んじゃいけないって、お母さんにもそう教わっただろ……?」
「ううん、そんなふうには見えないよっ! あっ、お母さんだっ!!」
「ッッ……?!」
弟が母の名を呼ぶと俺は逃げた。弟のポケットに金貨を入れて、逃げるようにその場を立ち去った。
母はきっと喜ばない。盗賊となった俺は弟に悪い影響を与える。今さら会いたいだなんて、母は欠片も思ってはいないだろう。
俺は王都セントアークに帰ってきた。兵士ではなく、盗賊であり悪党のやり方で戦いを終わらせるために。俺はこの内戦をセントアークでの決戦で終わらせたくない。
もしそんなことになれば、大切な母と弟に被害が及ぶ。それだけは避けたかった。
俺は帰ってきた。この戦いを俺のやり方で終わらせるために。




