29-2.死の指輪 - 些細な問題 -
「その指輪、なんだ……?」
全員ではないが、位の高そうな者たち全員が分厚い銀の指輪を人差し指に身に着けていた。
「これですか、これは些細な問題です。この指輪には毒針が仕込まれておりまして、この監獄から逃げれば指輪が締まり、毒針が刺さる構造になっていると説明されました」
ギルモアは平気でそう言うが、全く些細な問題ではない……。アンタたちが死んでしまったら、この計画は大失敗だろう。
こうなっては彼らを監獄に残して撤退するしかない。
「あの魔剣といい……。悪趣味な物ばかり現れる……」
意地の悪いやり方だ。そのやり口は沿海州で体験したあの空城の計や、その後の魔軍の沈黙に似ているような感じがした。
「そうだとも、些細な問題だ!」
「確かに、些細なことかもしれない……」
「必要なのは覚悟……。覚悟さえあれば……」
「ここで朽ちるよりはいい」
だが貴族諸侯たちは動じない。断固として反逆者ホーランドに従わず、ここに収監されることになった頑固者どもは誰1人として動じていなかった。むしろ、輝いてさえいた。
「私が初めにやりましょう。ドゥ殿……そのなんでも斬り捨てる素晴らしいナイフを、少し貸してはいただけませんかな?」
「ギルモア、アンタ、まさか……自分の指を斬り落とすつもりなのか……っ!?」
「民と家族の命、指1本で救えるならば安いものです」
「お、おじいちゃん……でもぉ……」
「……わかった。モモゾウ、お前は袋の中に入っていろ」
ナイフを差し出すと、ギルモアは鉄格子に己の人差し指をかけた。そして――死の指輪を指輪ごと斬り落とした。苦悶の声と血が吹き出したが、鋼の意志がギルモアを黙らせた。
「ッッ、ガ……ッッ!!」
ナイフを受け取り、侯爵もそれに倣った。1本、また1本と死の指輪が斬り落とされてゆき、全員の儀式が終わると血塗れのナイフが俺の手に戻ってきた。
「さあ、これで一緒に行けます……。戦いましょう、この国取り戻すために……。今こそ、やつらに我々の意地を見せてやるのですっ!!」
「ギルモアと義賊ドゥに続け!! 下の近衛兵を解放し、この監獄を制圧するぞっ!!」
俺は貴族のことをまだ見誤っていた。俺はやつらの覚悟に最大の敬意を払い、戦士として先頭に立って下の監獄になだれ込んだ。
見張りの兵たちは半数がこちらに投降し、もう半数が俺たちに無力化された。
「アイオス王子は無事だ。今はアイゼンガルド大橋で反乱軍とにらみ合っている。頼む、俺たちに力を貸してくれ」
「盗賊ドゥ、貴方こそ英雄の中の英雄だ! 喜んで共に戦おう!」
アイオス王子を王都から逃がしたのは親衛隊だ。彼の無事を聞くと、彼らの士気が燃えるように高まっていった。
近衛兵たちの中には、なぜか調理ナイフやフォークで武装している者が多くいた。
「ではギルモア、後は頼む」
「おや、我々をほおってどちらへ?」
「監獄長パーサーを片付けてくる」
「ソイツは最低の男だ!! ソイツにもう仲間が3人殺されている! 遠慮はいらねぇ、やっちまえ、義賊ドゥ!!」
「よい考えです。彼を止めれば、多くの兵がこちらに投降するでしょう」
「そう言ってくれると話が早くて助かる。では、せいぜい生き延びてくれ」
「また洋ナシ食べさせてね、ギルモアおじいちゃん……」
そうと決まり、俺は下の階へと下って監獄を駆け抜けた。
監獄の兵たちは俺を止めなかった。諸侯と近衛兵の決起に監獄は大騒ぎだったし、同じ革鎧を身に着けた俺がまさか敵とは彼らも考えなかった。
「待て、ここは監獄長の――」
「モモゾウ、右を黙らせろ」
「うんっ……! 痺れちゃえーっ!!」
右はモモゾウによる麻痺毒、左の2名は旋風となって俺が斬り倒した。
監獄長の部屋には鍵がかかっていたが、特殊な鍵でもなければ俺を阻めるものではない。カチリッと錠が上がり、俺はただちに監獄長パーサーの前に飛び込む。
「降伏しろ!!」
「衛兵っ、何をやって――」
やつのショートソードをナイフで受け流し、一直線に懐へと潜り込んだ。
「地獄で詫びるよ、パーサー」
「と、盗賊、ドゥ――ウッッ?!!」
監獄長を片付けると、部屋の外に兵士たちが集まってきていた。数は今のところ7名。いや、どんどん増えてゆく。睡眠毒を使えばどうにかなるだろう。
「パーサーは死んだ。それでも戦うというなら、相手をしよう」
「もう戦う必要ないんだよーっ! 悪いやつはやっつけたんだから、ボクチンたちと一緒に戦おうよーっ!」
モモゾウ、それは甘い。そう心の中で突っ込んだ。
だが、時にその甘さが正解になることもある。兵士たちの大多数が身構えていた剣を下ろしてしまった。
「まさか……」
「俺、あの顔、パレードで見たぞ……」
「カーネリア様と、アレしたやつだろ……!?」
「それに喋るモモンガ! 間違いない!」
どんだけだ……。どんだけ、この国の連中は女勇者と盗賊の口付けに注目していたんだ……。
「英雄ドゥ! クロイツェルシュタインの守護者っ!!」
「パーサーの野郎は死んで当然だ!」
モモゾウは盗賊ドゥの証明となって、彼らを味方へと引き込んでいた。よっぽど嫌われていたのか、監獄長パーサーの死体を笑い飛ばすやつが多かった。
「うっ、うむ……まあ、そういう見方もできるな……」
「そうですなぁ!?」
まだ俺に剣を向けている連中は、立場があちら側にあるのだろう。
だがこのままでは隣の仲間に反乱軍の仲間として制圧されてしまう。よってそいつらは剣を下ろし、監獄での決起に加わるしかなかったようだ。
「みんな俺と一緒に戦闘停止を呼びかけてくれないか? 外では情勢が変わり、アイゼンガルド大橋で両軍が膠着状態に陥っている。もう王都を襲った反逆者ども従う必要はないんだ。俺と一緒に戦ってくれ、頼む」
俺からナイフを腰に戻すと、監獄の兵士たちは同じように剣をさやに収めてくれた。
彼らを引き連れて監獄を進み、戦闘停止を求めると、連鎖反応を起こすように戦いが終わっていった。
その終点にはギルモアと侯爵の顔があった。
これにより戦いは完全に終わった。いとも簡単に終わってしまった。俺たちには最初から戦う理由がなく、この不毛な内戦に心よりうんざりとしていた。
盗賊ドゥはあくまできっかけで、俺が介入せずともいずれ同じ結果になったのではないかと思った。
「わははははっ!! 王家がもし断絶しちまったら、この男を新しい王にしようぜ、ギルモアッ!!」
「特に反論はありません。見事なお手並みでしたよ、盗賊ドゥ」
侯爵とギルモアはいたくご満悦だった。不謹慎な冗談を言って、この華々しい結末を笑っていた。だがこれに反論すると屁理屈が返ってくるに決まっていたので、もう諦めて黙っておいた。
こうして日付をまたいだ今夜、ギルモアを中心とする諸侯が監獄より解放された。
親衛隊、バース監獄の兵たちがその決起に加わり、反乱軍たちによる支配に終止符を打たんと独自に動き出した。




