29.死の指輪 - 諜報員イウルン -
「ねーねー、バレンタインさーんっ、仕事なんて止めて遊ぼうよぉ~、んふふ~♪」
「馴れ馴れしく人に触るな……」
「だーって、いい男なんだもーんっ♪」
「変装解いたところっ、あたしに見せてよ……。ね……っ?」
リステン王国は協力者を用意してくれていた。ソイツはイウルンという名の諜報員で、クロイツェルシュタイン内部での情報収集活動を仕事にしている女だった。
「ふふっ、怒った顔も素敵♪ マジギレするところも見て見たーい♪」
「くっつくな……情報だけを寄越せ」
「あれ、もしかしてホモ? でもパレードでは勇者様とキスしたんでしょ!? ヤバッ、そういうの憧れるぅ~っ!」
酒場で向こうから接触してきたときは真面目そうだったのに、場所を変えて宿の部屋に落ち着くと、御覧の有様だ。キャバレーの女の方がまだ上品だった。
「情報を寄越さないなら独りでやる」
「あ、怒った? イライラするやつってよく言われるんだけど、悪気はないんだよ、あたし?」
「だろうな……」
「あーっ、待った待ったっ、話してあげるから待ちなさいよっ!?」
席を立って、もう一度座り直して、皿の上でナッツと一緒に惰眠をむさぼるモモゾウを俺は羨んだ。モモゾウよりも俺に強い興味を持つ女は極めて稀と言っていい。
「要点だけ頼む」
「盗賊ドゥって、もっとワルだと思ってたけど意外と真面目だなぁ……」
「帰る」
「あーっもう待ってってば! ……監獄の進入ルートは、こちらで用意しておいたよ」
「そこを人任せにするのは不安だな、大丈夫なのか?」
「そうだろね~、でもそこはあたしを信じて。厨房の人たちに話を付けておいたから、食料の納品に見せかけて内部に運ぶよ」
「上手くいくと思うか?」
「思う。あの反乱を快く思っている人なんて、この国にはほとんどっていうか、ほぼいないよ。協力者が裏切ることは絶対ないと思う」
シリアスにそう言いながらも、イウルンは俺にしだれかかって離れなかった。
「ただ、新しい監獄長のパーサーは反乱諸侯の血縁者よ。この男は悪いやつ。虐めや人殺しが大好き。もち、決起を呼びかけても説得には応じないと思う」
「なら排除しよう」
今回の仕事は逃がす人数が人数だ。ギルモア1人を脱獄させたあの時とは事情が異なる。監獄そのものを決起させなければ、全員を逃がすことはできない。
「それがいいよ。あと、これ監獄の見取り図。貴族が一番上で、その下が近衛兵。そこからさらに下は、助けなくても別にいいやつら。参考にして」
「おい……」
彼女は見取り図を胸の谷間から取り出して、人のズボンの中に押し込んだ。
「え、ダメ……?」
「なぜセーフだと思ったのか、逆に聞きたいくらいにNGだ」
「せっかくいい身体してるんだし、ここでストリップしてみてよ?」
「……話は終わりだな?」
彼女をふりほどいて、皿の上のモモゾウをナッツごと袋詰めした。イウルンはだらしなくソファに寝そべったままで、酒でも入っているのか気だるげだった。
「がんばってね、盗賊さん」
「別の部屋を借りる。決行は明日で間に合うか?」
「うん、今から部屋に遊びに行ってもいい……?」
「勝手に入ってきたら刺す」
「残念……♪」
やけに色っぽい女諜報員イウルンと別れた。問題がなければ潜入は明日だ。ベッドに寝そべりながら見取り図を眺め、計画を練った。
・
「本物だ……」
「おぉ……」
「俺、パレードで見たよっ、カーネリア様とキスしてた!」
イウルンを信じて厨房経由で進入してみれば、木箱の中の俺は注目の的だった。俺は箱からソーセージを頭に吊して立ち上がり、外へと出るとさらに多くの人々に囲まれた。
「まぁ……っ」
「あんたっ、あの方々を助けにきたんだよなっ!?」
「親衛隊の食事には気を使っておいた。すぐにでも戦えるはずだ」
「我々も決起の際は一緒に戦います! ここは私たちの祖国ですから!」
イウルンめ、協力者が厨房の連中全員とは聞いていないぞ……。
「無駄話は後にしよう、俺は牢の鍵を開けに行く。騒ぎが起きたら死なない程度に支援してくれ」
「もちろんだ、義賊ドゥ!」
「義賊じゃない、俺はただの盗賊だ。モモゾウ、いつものやつを頼む」
「うんっ、ギルモアのおじちゃん、助けようねっ!」
監獄の構造はもう頭にざっくりと入っている。厨房を離れ、夜の監獄をモモゾウ頼りに進んでいった。空気は冷たく、監獄という性質からして窓がどこにもなくて真っ暗だ。
「ドゥ、兵士さんがくるよ……。明かりを持ってるみたい……」
「数は?」
「1人だけ」
「よし、そいつから盗もう」
ちょうど少し先が曲がり角だった。確かに薄明かりがこちらに近付いている。顔だけを出してうかがえば、フラフラとした足取りの気の抜けた兵士だった。
「うっ、うぁ……?!」
「すまん、少し寝ていてくれ」
ペニチュアお姉ちゃん特製の睡眠毒をひとつまみ。兵士が角を曲がったところで吹き付けた。彼は驚いたようだが、恐ろしいその薬効により倒れるように昏睡した。
「どうだ、モモゾウ?」
「うん、バッチリ。暗いし、人間さんは見分けが付かないと思うよ」
「そうか、ではここから先は堂々と行こう」
服の上から盗んだ皮鎧を身に着けて、兵士を暗がりの中に隠した。
ここはまるで暗闇の監獄だ。俺は鎧姿で巡回の兵たちを全てやり過ごし、第一目標である監獄上層を目指して階段を上っていった。
・
そこに現れた正体不明の兵士の姿に、牢屋の連中は何が目的なのかと声を潜めてうかがっていた。そんな注目の中、俺は盗んだ鍵束を取り出して牢の施錠を解いた。
「よう、こうして会うのは2度目だな。元気してたか、ギルモア?」
「まさか、その声は……。ドゥ殿……?」
「どうした、いつもの元気がないみたいだが……おっと」
「おおっ、ドゥ! 義賊ドゥッ、わはははっ、ついにきてくれたのだなっっ!!」
「侯爵、アンタも久しぶりだな」
その牢屋にはギルモアとあのやかましい侯爵、それにどこかで見たことのある貴族連中が3名収監されていた。
「ドゥだって!?」
「助けにきてくれたのかっ!?」
「おお、神よ、ご慈悲に感謝したします……」
周囲の連中が俺の名を聞いて騒ぎ出した。そこで俺たちは鍵を分け合って、牢獄の施錠を片っ端から解いていった。
しばらくすると最上階の貴族たち全員が俺とギルモアの周囲に集まることになった。
しかしそこまでゆくと、あることに俺は気づくことにもなった。
「その指輪、なんだ……?」
次々回、次々々回の分量が短くなります。




