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26-4.軍資金泥棒 - アンタはパラディンだろ -

「ガブリエル、その剣を捨てろ。マグダラをこれ以上悲しませたくなかったら、その剣を捨てて投降しろ」

「雑兵がこの俺に指図するなっっ!!」


 怒り狂ったガブリエルは暴れ回った。すぐには俺を片付けられないと判断すると、周囲の護衛兵に刃を向けた。俺も援護をしたが、次々と仲間が斬られてゆくことになった。


 斬られた護衛兵からは(もや)のようなものが現れ、それが黒い剣に飲み込まれていった。


「どう見たって、あの剣はまともじゃない」

「うむ、そのようだな……。あれはホーランド公爵からの賜り物だと、ガブリエルのやつが言っていたが……」


 俺が態度を変えてもリーベル子爵は気付かなかった。状況が状況なので取り乱していると誰も解釈するところだ。


「反乱軍の首謀者、ホーランド公か。あんな剣をガブリエルに持たせるところからして、カドゥケスどころじゃないヤバさだな」

「カドゥ、ケス……?」


 その言葉にガブリエルが感づいた。


 最後まで正体を明かさないつもりだったが、こうしてヤツが乱心した以上その必要もないだろう。俺は臨機応変に対応した上で、最後のダメ押しをした。


「このクーデター、魔軍が関わっているんじゃないか?」

「魔、魔軍だと……? どういうことだ、カーソン……?」


「アレはどう見ても、人間を壊す類の魔剣だろ。おまけに沿海州では、勇者カーネリアが討つはずだった魔将グリゴリが行方不明だ。そのホーランド公っていうのは、グリゴリと繋がってるんじゃないか?」


 俺の言葉はガブリエルの耳にも届いた。一応、ヤツもかつては同じ目的のために戦っていたからな、興味はあるだろう。


「ガブリエル、考え直せ。ホーランド公と組むのは、パラディン・ガブリエルにとって本当に正しいことなのか? 俺たちが倒すべき存在は、そのホーランド公なんじゃないか? もし、アンタがマグダラをまだ想うなら――」


 ヤツが再び動いた。他の連中にはもう一目もくれずにただ俺に向かって魔剣を振りかぶった。異常としか言いようのない手数だった。人間の限界を超えた連続攻撃に、俺も首を落とされかけた。


 ヤツの目にツバを吐きかけて、視界を奪うことでどうにかした。


「貴様ァァァァーッッ!! 盗賊ドゥゥゥゥゥーッッ!!!」

「リーベル子爵っ、決断しろっ、ガブリエルを討てっ!」


 兜を脱ぎ捨て、化粧を拭ってせっかく化けた姿を元の盗賊の姿に戻した。リーベル子爵が乗るかどうかは賭けだ。だが、なかなか分のいい賭けだと俺は思う。


「と、盗賊ドゥ……!?」

「これがアンタが味方した連中の正体だ。一緒に戦ってくれ、頼む」

「貴様さえいなければっ、貴様さえいなければ全て上手くいっていたのだ!! 全て貴様のせいだ!! 殺してやる、殺してやるぞ、ドゥゥゥゥッッ!!!」


 復讐鬼を再び迎え撃った。不意打ちはもう通用しないだろう。実力で勝つしかなかった。


「ッッ……」


 わき腹をやつの剣がかすった。だがこちらは賭けに勝った。隠し持っていたナイフの方でやつの右腕の筋肉を断った。……はずだったんだが、みるみるうちに傷が癒えていった。


「嘘だろ……。その剣、ヤバいぞ……。おいっ、そんな物、早く捨てろっ、ガブリエル! アンタはパラディンだろ!」

「ハハハハハハッ、素晴らしい……! これなら貴様を殺せるっ、貴様を殺せるならもうなんだっていい! 死ね、薄汚い盗賊ごときがっ!!」


 これは俺1人では手に余る。そもそも俺は盗賊、厳密な意味では戦闘職ではない。よってリーベル子爵の後ろに隠れることでことで、彼のケツを叩くことにした。


「邪魔をするな、リーベルゥゥゥーッッ!!」

「ゆ、弓兵、撃てっ、ガブリエルを撃てっっ!!」


 もはやそこにいる男は指揮官でもなんでもなかった。ただの魔剣に魅入られた怪物だった。迷うことなく兵たちは矢を放ち、剣士たちがガブリエルに剣を振るった。


 残念だがその剣士たちはまとめてガブリエルに一閃されることになった。

 半狂乱になって弓兵が矢を放ち、俺が弓兵に飛びつくガブリエルを受け止めた。


「これで、勝った気に、なるなよ……っ」

「そっちこそ元のアンタに戻れっ、マグダラを悲しませるな!」


「マグダラ……俺の、マグダラ……。絶対に、許さん……」


 ガブリエルは消えた。まるで野猿のように跳ねて、天幕を飛び出していった。

 俺たちがヤツの後を追いかけて外に出た頃には、異常な脚力で馬よりも素早く駆け去ってゆくヤツの姿しかなかった。


 復讐鬼ガブリエルは部隊を捨てて、俺たちの目の前から逃亡していった。


「で、俺とラズの処遇はどうする?」

「ま、巻き込むなよっ、お前がまさかあの盗賊ドゥだなんて気付くわけねーだろ、俺がっ?!」


 幸いリーベル子爵の顔に迷いはなかった。


「盗賊ドゥよ、本物のカーソンはどこに……?」

「とある場所に身を隠してもらった。……殺すには惜しかったからな」


 答えるとリーベル子爵はうなづいた。全て納得といった顔だった。

 彼は士官を集め、真夜中ではあったが全軍を召集させた。


「聞け、軍資金泥棒の下手人はガブリエルだった!! ヤツは呪われた魔剣を手に、あろうことか我々を殺害しようとした!! その魔剣を与えたのは、反逆者ホーランドだ!!」


 リーベル子爵は怒り混じりに主張した。


「ゆえに私は決断した!! 反乱軍に大義なし、我らはこれより王党派につく!! だが、立場ある者を責めたりはしない、この決断に反対する者は、我が軍より即刻離脱するがよい!!」


 離脱はごく少数、大多数が同行を決意することになった。この軍の半数が、投降により編入された王都の兵だったのもあるのだろう。


 本当は誰もが王党派に味方したかった。だがその一歩を踏み出す勇気が欠けていた。


 俺は使者として、テンプルナイトとマグダラにこの話を伝える役割を担った。

 ガブリエルの暗殺の方は失敗だ。正直、アレは俺1人ではとても手に負えない。あんな剣はイカマサだった。



 ・



「あら、ドゥ様は帰らないのですの?」

「今日までのは軽い肩慣らしだ。ここから先が依頼の本番だ」


「無茶な要求をする依頼人のようですのね……。差し支えなければ、どちらへ……?」

「……監獄だ」


 これから俺とモモゾウは監獄に収監された諸侯を助け出す。

 東に目が行っている今こそがチャンス。嘘か本当かわからないが、リックソンのこの立案に乗ってみる価値は十分にあった。


 ちなみに本当のカーソンは、俺をあの山小屋で待ってくれていた。俺たちは装備品や服を交換し、それぞれのあるべき世界に帰った。


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