26-2.軍資金泥棒 - 居直り強盗 -
カーソンと共に山小屋にこもり、彼になりすますための準備を進めた。彼は田舎から出てきた元労働者で、王都でのクーデターでは上官が反乱軍に味方したがために、あの軍に編入させられてしまった。
兄が2人、妹が1人、部隊での1番の友人はトムという画家志望の若者。好物は塩辛くしたベーコン。人柄は生真面目で、上官には信頼されている。補給部隊のラズに約10万クラウンの借金がある。
「ラズには10万クラウン金貨を渡しておこう」
「おお、いいのかっ!?」
「少ないが前金だ。後金が欲しければ後日、王党派の本陣を訪ねてくれ。それと5日後には猟師の男がここを訪ねてくる。悪いがそれまではおとなしくしていてくれ。つつがなく計画が進んだのなら、俺が直接ここに現れる。アンタが今着ている服を返してもらいにな」
カーソンの装備一式と交換で、自分の服を彼に貸した。もしカーソンが裏切ってガブリエルに報告をすれば俺が詰むが、きっとそうはならない。
「完璧に成り済ますなら、俺を殺すべきじゃないか?」
「俺はそんな外道じゃない。それに盗賊王もこう言っていた。『胸くそ悪い仕事はするな』ってな。成り済ましのためにいちいち人を殺していたら、そのうち狂ってしまうに決まっている」
「だが……」
「大丈夫だ、アンタは裏切らない」
「なぜそう思うんだ? なぜ俺を信用する?」
「詐欺師の直感だ」
「ドゥ、貴方は詐欺師ではない、英雄だ。戦が終わった後に、俺は今日この日のことを家族や仲間に語り継ごう。英雄ドゥの救国伝説の1ページにこのカーソンがいたってな」
「ありがとう」
なら好きなだけ話を盛ってくれと言い掛けて止めた。そう約束した男は死んでしまって、縁起が悪い気がしたからだろう。俺はカーソンと別れて山小屋を出た。
斥候兵カーソンに化けて、軍の行軍速度を盗むために。
・
山小屋を出た頃にはもう日が沈んでいて、カーソンに化けて反乱軍に合流した頃には夜だった。
なまじ相手が精鋭であるために、強行軍で襲いかかるには分が悪かったのだろう。こちらの都合通り、夜はしっかりと休むようだった。
「カーソン、心配したよ」
「すまないトム。敵に襲われて、身を隠すだけでやっとだったんだ」
「無事ならいいよ。早くこんな戦争、終わればいいのに……」
「故郷に帰ったら絵に書いてくれよ、俺の勇士をな」
「身を隠している姿をか?」
「ははは、人が悪いぞ、トム」
成り済ましの方も上出来だ。誰も俺を疑わなかった。カーソンは嘘を俺に伝えて、仲間に俺のことを間接的に密告することもできたが、どうやらその気はなかったようだ。
「ところでラズはどこに?」
「おい、カーソン……ラズと付き合うのは止めろよ。アイツに5万の借金があるんだろ……」
「10万だ」
「じゅ、10万って……っ。えっ、それっ、金貨かっ!?」
「敵から奪った。これで借金はチャラだ」
繰り返す、誰も俺を疑わなかった。俺は補給担当のラズと会い、金貨を爪弾いて彼に返済した。このラズってやつは、俺の嗅覚によると小悪党の臭いがした。
「おい、どうしたんだよ、この金?」
「斥候中に敵と戦いになったんだ。その時、奪った」
「へぇぇ……ついてるなぁ。けど借金はあと1万クラウンあったはずだろ?」
「そんなにない。俺が借りたのは10万だ!」
「そうだったかもなぁ……悪い悪い、別のやつと勘違いしてたわ」
ここはカーソンを信じて正解だった。この守銭奴の引っかけに素直に乗ったら、正体を疑われたかもしれない。
「おいっ、ふざけるなよ、ラズッ! あのバクチだって、どうせお前がイカサマしたんだろっ!」
当事者ならばここはキレるところだろう。剣に手をかけて怒れるカーソンを演じた。
「怒んなよ? イカサマ? 証拠はあんのかよ、田舎者」
「証拠はないが……っ。いいか、とにかく金は返したからな!」
「へへへ、毎度。いいカモだったぜ、お前」
そういうアンタもな。俺は怒って突っかかるカーソンを演じて、ラズから鍵を盗み取った。
次の目的地は荷駄隊だ。夜の陣地の中を堂々と歩き回り、物資の集積地点に忍び寄る。
「ドゥ、干しリンゴがあるよ、干しリンゴ、ちょうだい……?」
「静かに食えよ……?」
「わーいっ、大好き!」
物資の大半は食料だ。この食料を盛大に焼くというプランもあったが、今回はもっと効果的な手を使うことにした。今回のターゲットは、軍資金だ。
カーソンの話によると、資金は砂金や宝石の状態でここで保管されている。その荷馬車は鉄張りで、アクセスには先ほど盗んだ鍵が必要になる。
「火事だっ、誰か手を貸してくれ!!」
「な、なんだとっ!?」
「あっあああっ、なんてことだっ!! リーベル子爵様にどやされるっっ!!」
陣地にはかがり火があちこちにあった。そいつを拝借して、物資の詰まった荷馬車に密かに投げ込んでおいた。鉄張りの馬車には見張りがついていたが、まんまと狙い通りにそいつらは消火活動に飛び出していった。
「もったいないなぁ……」
「札束を燃やすより悪いことをしている気分になるな。モモゾウ、砂金は――」
「あったよっ」
「でかした、お前の夜目はちょっとした魔法だよ」
「ドゥの盗みもね……っ」
もちろん俺は鍵を使って荷馬車を開けた。手早く砂金を盗んで鎧の下にくくり付けると、施錠はせずに扉を元通りに戻した。
次の目的地はガブリエルの天幕だ。これから俺は、砂金泥棒の罪をガブリエルに擦り付ける。
「む……外が騒がしいな」
「大変です、荷駄隊の馬車で火事です!」
「な、なんだと!?」
「何をやっているっ、リーベル卿! すぐに消化させろっ!」
「りょ、了解だ!! おのれ、誰の仕業だ!!」
すまん、俺だ。
天幕にはガブリエルとリーベル子爵とやらがいた。今回はこの2人に仲違いをしてもらう。
この追撃隊は指揮系統がいびつだ。ガブリエルはクーデターの立役者の1人だが、ヤツはもうパラディンではない。身分の上ではただの脱獄囚で、貴族の分家のせがれだ。
リーベル子爵はそんな男の副官にされたことに、内心でうながっているとの噂だ。
そんなガブリエルの天幕、その寝室に俺は砂金袋を置いた。合わせて袋5つ分、概算で500万クラウン分と鍵を置くとその場を離れた。……外では消火が終わったようだった。
「大変だっ、誰かきてくれっ、砂金が盗まれたーっっ!!」
それから暗がりに隠れて、声で2回目の火を放った。
ガブリエルの信用に放火した俺は部隊に戻り、カーソンの振りをして逃げずにこの反乱軍に居座った。




