26-1.軍資金泥棒 - 野営地潜入 -
祭司長とのやり取りは当たり障りのないものになった。
しわ深い顔に笑みを隠し切れないほどに彼は俺の支援を喜んでいたが、祭司長というその立場からすると、盗賊との馴れ合いは困難だったのだろう。
彼らはアリオス王子の奮戦により王党派がガラント率いる反乱軍との戦いに勝利し、さらにリステンからの1.1万もの援軍を迎えたと聞くと、行軍に疲れ果てた顔色に希望の光を灯らせていた。
「作戦を確実にするならば、この話はアンタには黙っておくべきだったんだが――気が変わった」
「あらなんでしょうか、ドゥ様?」
話がまとまると俺はテンプルナイトたちの野営地を離れ、旧道に戻った。彼らは昼に休み、夜に行軍する厳しい逃亡生活を続けていた。
マグダラは野営地を抜け出して、出立する俺とモモゾウを見送ってくれた。
「マグダラ……。これは戦争で、やつらは王と民を裏切った反逆者どもだ」
「そのことならば十分すぎるほどに存じていますわ……。わたくしはお兄様から、神殿の監視を任されていましたから……」
「祭司長から聞いた。大変だったらしいな」
「ええ……。お兄さまを裏切るか、お姉さまと神殿を裏切るか、酷く悩まされましたのよ……」
「だがアンタは自分の意思で決断をして、裏切り者から彼らを守った。俺はアンタのことを見直したよ。いや俺だけじゃないな、みんながアンタの決断に敬意を覚えている」
「あら……」
俺がそう賞賛すると、マグダラは首を傾げてこちらをのぞき込んだ。共に旅をしていた頃は、彼女に清らかさや魅力を感じたことなど、ただの1度もなかった。
マグダラの不幸は、あんな歪んだ従兄弟を敬愛してしまったことだ。今の彼女は尊敬に値する女性だった。
「なんだか変な感じですの。リアお姉さまばかりを見ていた貴方に褒められるなんて、不思議な感覚ですのよ……?」
「い、いや……俺は別にそんなに……。俺は、アンタから見て、そんなにカーネリアばかりを見ていたのか……?」
「貴方が見ていたのはリアお姉さまだけでしたわ。……そういうところが気に入りませんでしたの。わたくしがお姉さまに対抗心を向けてしまったのは、わたくしを女扱いしない貴方のせいでしたわ」
シスター・マグダラは昔の彼女に戻ったかのように、俺へと子供みたいな邪険な顔をした。その顔を見たら、やっと彼女が同じマグダラなのだと納得がいった。
「今のアンタは昔よりずっと魅力的だ。この内戦が終わったら一緒に飯でも食いに行こう。モモゾウだって喜ぶ」
「いいねっ! そうしようよっ、マグダラッ!」
眠っていたはずのモモゾウが腰の袋から抜け出して、マグダラの胸へと滑空した。
マグダラの方はうちのふわふわを両手で胸からすくい上げると、花のように素直な笑顔を浮かべて手のひらの中をのぞき込んだ。
「ええ、モモゾウちゃんとお食事なんて最高に素敵ですの、ぜひ喜んで! あ、ですけど、リアお姉さまは抜きでお願いしますの。どちらに焼き餅を焼けばいいか、わからなくなってしまいますのよ」
「……わかった」
あえて短く返事を返すと、会話がそこで途絶えた。このまま和気あいあいとした空気で別れたかったが、彼女には事前に伝えておくべきことがあった。
俺はモモゾウとマグダラのやり取りが落ち着くまで沈黙を守った。やがてモモゾウが何かを察してマグダラの肩へと上ると、彼女の視線がこちらに戻ってきた。
非常に言いにくいが、ちゃんと伝えよう。俺は今回の作戦を彼女に明かした。
「俺はガブリエルの暗殺を依頼されている。状況次第だが、可能ならばヤツを斬るつもりだ」
さっきまでは子供みたいに微笑んでいたのに、マグダラは激しい苦痛に顔を引き歪ませていった。
あれだけ『お兄さま、お兄さま』と慕っていたガブリエルを、暗殺すると言われたのだ。ショックを受けて当然だった。
「……わたくしにかまわず、お兄さまを斬って下さい」
「マグダラ、いいのか……?」
「これだけのことをしたのならば、いずれ誰かに斬られる運命ですのよ……。それに、ドゥ様と決着を付けられたら、きっとお兄さまも本望だと思いますの……。わからない、ですけれど……」
ガブリエルは俺との決着を望んでいる。ヤツをよく知るマグダラの言葉だからこそ価値があった。
「すまん……」
「ドゥ様は、おやさしくなられましたね……」
「ああ、弱くなった自覚はある。アンタたちと出会う前の俺は、もっと冷淡だった」
「それは、リアお姉さまのお力ですのよ」
「そうかもな……。マグダラ、どうか無事に河を渡ってくれ。ガブリエルから自立したアンタの勇気が、これから万単位の命を救うんだ」
「はい、このマグダラにお任せを……」
「この一行の精神的指導者は祭司長ではない、アンタだ。アンタの決断が彼らを動かしたんだ。彼らを導け、それがこの内戦におけるアンタの役割だ」
別れを察してモモゾウが俺の胸に飛び移ると、俺は彼女に背中を向けて馬の背にまたがった。マグダラからの返事は何もなかったが、モモゾウは俺の肩の上でずっと後ろを見つめていた。
ガブリエルとその軍勢を止めなければ彼らは全滅する。俺はかつての仲間を斬る覚悟を決めて、根に浸食された旧道を馬で駆け抜けた。
・
翌日の昼過ぎ、俺はガブリエル率いる追撃隊を発見した。その数は素人目に約4000名ほどに見えた。重装歩兵であるテンプルナイトとやり合うには装備が心許ないが、兵数は概算で倍もいた。
まずは慎重に相手の様子を陰から観察し、付け入る隙や弱点を分析した。これから俺たちはこの軍勢の進軍速度を盗む。
工作の決行は今夜。今日どうにかしなければ、明日には追い付かれてしまう相対距離だ。テンプルナイト2000名があの大河を渡るには、短くとも3日の時間を要するだろう。
「ぅ、ぅぅ……っ、不覚……」
「すまんが、俺に協力してくれないか?」
今夜の作戦のために斥候の兵士を1人捕縛した。
「ここは……」
「猟師の山小屋だ。さて単刀直入だが、アンタの身の上話を聞かせてくれ」
「な、なぜ……?」
『これが目に入らぬか』と、俺は袋の中からモモゾウを取り出した。モモゾウは熟睡したまま起きなかったが、目の前の斥候にはたったそれだけで意味が伝わった。
「盗賊ドゥ……。沿海州からいち早く帰還し、反乱軍に味方しているという噂は、本当だったのか……」
「悪党であろうと、自分が生まれた祖国を守るのは当然だろ。悪いがアンタに化けさせてくれ」
「ははは……敵の俺を信じるのか?」
「すぐにバレる嘘を吐いてもアンタの信用を失うだけだ。最初からぶっちゃけた方がマシだな」
相手の人柄を理解してからの方が嘘も見分けやすいしな。
「盗賊ドゥ、会えて光栄だ。あの華々しいパレードで、勇者様が貴方に口付けをするのも見た」
「ぅっ……そ、そうか……。まあ、そんなこともあったな……」
「見ているこっちが恥ずかしくなったよ。だが、一目で貴方がいいやつだとわかった」
「つまり協力してくれるってことだな?」
「そう思ってくれてかまわない。俺はカーソン、何が聞きたい?」
「主に軍での交友関係や、最近誰とどんな話をしたのか、その辺りから一通り教えてくれ。それとあの軍の内情も詳しく」
「内戦を終わらせるためだ、喜んで教えよう」
投稿が遅くなりました。申し訳ありません。




