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25.復讐鬼ガブリエルの追撃

「このご時世に巡礼ね……。ま、無理はしないこった」

「助かった。機会があったら帰りも頼むよ、漁師さん」


「そこは金次第だよ、巡礼者さん」


 巡礼者に化けて、アイゼンガンド大橋下流の大河を渡った。草の根たちがとある情報を俺たちの元に運んできたからだ。

 それは元パラディン・ガブリエル。ヤツにまつわる重大情報だった。



 ・



 その日、俺は応接間に呼び出された。玉座にはアイオス王子がおり、その傍らにイレーネが控え、軍師のリックソンがその反対側に立っていた。


「我々独自の情報網によると、神殿の祭司長とテンプルナイトが王都セントアークより落ち延びたようです。狙いは我々との合流でしょう」

「アンタの相棒の姿が見えないようだが、ヤツはどこに?」

「えっと、それはその……」


「ケンカになってムダな時間を浪費することになるので、ジェイナス王子には席を外していただきました」

「賢明な判断だな。それで、軍師様は俺に何をしろと?」


「彼らはパラディン・ガブリエルに追撃されているようです」

「ああ、ガブリエル……。アイツがらみの話か……」


 ガブリエルは俺とカーネリアのことをさぞ憎んでいるだろうな。あの高慢な男にとって、監獄での犯罪者との共同生活はさぞ苦痛だったろう。


「敵は追撃のために少数精鋭を率いて迫っていると見るべきでしょう。これを妨害して下さい」

「おい、軍の進軍を止めろだと……? 要求がムチャクチャだぞ……」


「そして可能ならば、このガブリエルを暗殺して下さい」

「オレは止めたんです……。でもリックソンさん、ドゥ様のことをとても買っていて……盗賊ドゥならばできるって……」


「まあこれはついでです。作戦終了後は、さらにもう一仕事あちらでしていただけると……」

「リックソン……」


「はい?」

「アンタ、どんだけ人使いが荒いんだ……」


「モモゾウくんも似たような愚痴をおっしゃっていましたよ」

「いや、なんでそんなにモモゾウと親しいんだ……」


 さらに詳しく話を聞くと、確かに俺が適任だと納得させられた。内戦を終わらせるためには、宗教指導者である祭司長と、精鋭であるテンプルナイトは極めて重要な存在だ。

 加えてその後の追加ミッションの方は、俺とモモゾウ以外には遂行不能の無理難題だ。


「無理なら無理でいいんです、断って下さい」

「やるよ。なんとなく、ガブリエルの邪魔をしてやりたい気分になった」

「そう言って下さると思っていました」


 こうして俺はアイゼンガンド大橋付近まで引き返すことになり、巡礼者を装って大河を渡った。


 狙いは落ち延びた坊主どもの支援。死なれるとカーネリアやラケルが悲しむことになるので、何がなんでも大河を渡らせて、アイオス王子と合流させたいところだった。



 ・



 対岸の土地を領地とする諸侯は中立を貫いている。その貴族が所有する馬車駅から早馬を盗み、街道を駆けた。きっと将来的にはアイオス王子に降るので、これはちょっとした前借りだ。


 次の馬車駅に着いたら馬を返し、その信用を使って緊急の伝令があると言い張り、新しい馬を借りた。


「テンプルナイト……?」

「そうだ。あるいは神殿の連中を見なかったか?」


「ああ、神殿の女なら見たよ。仲間と一緒に裏街道の方に入っていった」

「そうか、きっとそれだな」


 大軍勢を率いて逃げている以上、目立つことはわかっていた。

 彼らは追撃に気付いたのか、裏街道を使って攪乱することにしたようだ。


 交易商からの情報を頼りに北部の裏街道に入り込み、舗装が草木に浸食された鬱蒼とした道を馬で歩いた。

 おびただしい数の足がその草木を踏み荒らした痕跡があった。


「待て、そこの女。こんなところで何を――」


 馬を走らせてさらに進むとついに発見した。


「な、なぜ、アンタがここにいる……」

「まあ……っ!」


 確かにそれは情報通り、神殿の女だった。

 しかしそいつは、ガブリエルの従姉妹のマグダラだった……。


「マグダラ……」

「まあ、ドゥ様! あらっ? リアお姉さまはご一緒ではありませんのっ!?」


「リ、リア……? リアって……それはまさか、カーネリアのことなのか……?」

「もちろんですの。凛々しくて素敵ですわよね……ああ、リアお姉さま……♪」


 最初、意味がわからなかった……。

 俺やカーネリアに対する態度が豹変しているのもあったが、マグダラがガブリエルを裏切るという解釈に、なかなか到れなかった。


「アンタら、仲悪くなかったか……?」

「はい、お恥ずかしいことです……。あんなに包容力があって、お美しいリアお姉さまに対抗心を持つだなんて、わたくしはなんて愚か女だったのでしょう……。キャッ♪」


 盛り上がっているところ悪いが、こっちはまだまだ大混乱だった……。


「いや……そうか、そういうことか……。アンタはなんというか、全くブレないな……」


 だが考えてみれば、マグダラという女は元からこういう女だった。


 彼女は依存心がとてつもなく強い。自分というものがない。しかし精神的に依存していたガブリエルは失脚、遠い監獄に収監されてしまった。

 だからマグダラは、勇者カーネリアに依存先を変えたのだろう……。


「まさかとは思うんだが……。祭司長とテンプルナイトの逃亡を幇助した協力者というのは……」

「あらお恥ずかしい。きっとそれは、わたくしのことですわ」

「マグダラッ、よかったぁーっ! ボクチンはマグダラが本当はいい子だって、信じてたよぉーっ!」


「まあ、モモゾウ様!?」

「わぁっ!? モモゾウ様だってっ、ドゥッ!」


 ピッチェといい、マグダラといい、変わり身の早さが見事過ぎる……。

 モモゾウとの再会を喜ぶマグダラの姿は、どうも目を擦らずにはいられないのだが……普通のなんでもない女の子に見えた……。


「その……俺はアイオス王子の命で、アンタたちの逃亡を支援しにきた。仲間に取り次いでくれないか?」

「はいっ、喜んでドゥ様! モモゾウ様っ♪」

「えへへ……何度も言われてもいいねっ、えへへへっ。マグダラ、ほんとーに無事でよかったよーっ」


 俺はモモゾウほど物分かりがよくない。何度目を擦っても、マグダラは清らかな微笑みでモモゾウ様を讃えていた。この女はこの女で理解しがたい……。


 強い我や主義を持った俺やガブリエルとは正反対に、どうやら彼女はどんな色にも染まる水のような人間だった……。


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