表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/192

23.軍師と将軍、王子に化けた盗賊

 戦後処理にゴタゴタとしていたので、一度市庁舎に戻ることになった。オデットがプルメリアを心配した様子で迎えると、彼女の瞳からまた新しい涙が流れ落ちていた。


 そっとしておいてやることにして、応接間のソファーに横たわって休んだ。俺も緊張の糸が切れたのか、血塗れの服のまますぐに眠ってしまっていた。



 ・



「起きて、ドゥ。ねぇ、もうみんなきてるよ、起きてーっ」

「ん……。なんだ、モモゾウ……戦勝パーティなら勝手にやってくれ……」


「ムキュッ?!」


 大切な家族を抱き込んで、うるさいので服の中に押し込んだ。ふわふわが肌に触れて気持ちいい。


「これは……例の影武者……? いや、影武者にしてはこう、どこか素行が悪いというか……」

「ドゥ様、起きて下さい。将軍と軍師様に貴方を紹介したいのです」

「将軍……? あ……」


 目を開けるとそこに本物のアイオス王子がいた。

 待っていた……。アンタの帰りを今か今かと俺は待っていた……。ああ、俺の自由の象徴! 感激に俺は王子の腕を引っ張って、ソファの上で抱き締めた。


「ひっ、ひゃぁぁーっっ?! えっえっえっ、ドゥ様ッ、あのっ……お、お義兄さんの前でこういうのは……っっ」

「お義兄さん……?」


 男にこういうことをする趣味はないのだが、今はそういう気分だった。しばらくずっとこの顔に化けていたのもきっとある。


 ところが俺はまだ寝ぼけていたようだ。目の前に両腕を組み、眉をしかめて困り果てている男がいた。さらにその後ろ隣には、長身痩躯の男があごを撫でて面白そうにこちらを見ていた。


「義弟を離してくれないかな、影武者殿。……それでアイオス、彼はいったい何者だね?」

「ぁ……」


 離せと言われたので解放しても、アイオス王子はなかなか胸の上から離れなかった。彼がどこが名残惜しそうに離れるのを待つと、俺も立ち上がって目の前の男と睨み合った。いや、見下ろされた。


 こうして立ち上がってみると、恐ろしくでかい男だった。

 プレートアーマーをまとったずんぐりむっくりとした屈強な体躯は、重戦士ソドムを思い出させた。


「彼はジェイナス・リステン将軍。リステンの王子で、僕の義理の兄にあたります。そしてこちらの軍師様がリックソンさんです」

「よしなに」


 リックソンはメガネをかけた学者風の男だった。自己主張が少ないところが好印象だった。


「君はずいぶんと義弟と親しいようだね」

「ああ、大切な友人だ」

「ほ、本当ですかっ、ドゥ様!?」


「私の義弟に色目を使うな」

「仮にそうだとして、それは俺の勝手だ。アンタの指図は受けん」


「なんだとっっ?!」


 一方で将軍ジェイナス王子の第一印象は、アイオスに馴れ馴れしいホモ野郎だ。

 俺は肩を鳴らして、挑発に玉座へと腰掛けて足を粗暴に組んでやった。


「これはまた、変わった方を影武者にされましたね。しかし、ドゥ、ですか……。英雄の名にそっくりなようですが」

「ドゥ……? ドゥだと!? それは勇者カーネリアと共に魔将を討ったという、あの義賊ドゥのことか!?」


「違う、俺はただの傲慢な盗賊だ」

「し、信じられん……。だがその顔は、義弟そのものではないか……」

盗賊殿下(・・・・)、あまりジェイナス殿下を煽らないで下さい。彼の機嫌を損ねると、援軍がリステンに帰ってしまいかねません」


 イレーネが濡れたタオルを渡してくれた。


「そんなことはせん。戦に私情を持ち込むほど、私は愚かでは――んなぁぁっっ?!」


 そいつで化粧を拭い、髪を散らして、ついでに服装を乱すとだいたい元通りだった。

 ジェイナス将軍は俺の素顔に驚いて、大きな声を上げてくれた。この素直な反応、意外と素朴な性格なのかもしれん。


「あの盗賊ドゥを影武者にして、王子本人はリステンで援軍の交渉を取り付ける。お見事、素晴らしい策です」

「ありがとよ、友人の思い付きだ。アンタはこっちの堅物よりも面白そうだ。もちろん、こっちの王子様もな」

「キャッ……?!」


 当てつけにアイオス王子の背中を抱くと甲高い声が上がった。よくやってくれたと背中を叩くと、ジェイナス将軍はみるみるうちに不機嫌になっていった。


「ぶ、無礼な……っ! 私の義弟に触れるなっっ!!」

「言っただろ、俺は誰の指図も受けん」

「あの……ドゥ様……。義兄さんと仲良くして下さい……」


「……だが、アンタの援軍のおかげで多くの命が救われた。あの大胆な横陣もよかった。数を見せつけた上で退路もふさぎ、敵の投降を促した。見事だ」


 軍師と将軍、どっちの手柄かはわからないが、あれのおかげで救われた命も多いだろう。援軍到着時点で、頼れる連中だとわかった。


「ふんっ、そっちこそ王子に化けて前線に立ち続けたそうじゃないか。人格はともかく、使える人間が味方でよかった」

「ああ、同感だ」


 俺たちは町の不良どものように睨み合っていた。ジェイナス将軍は悪いやつではなさそうだが、気が合うかどうかは別の問題だ。


「あのっ……お願いですから2人ともっ、仲良くして下さいよぉ……っ」

「無礼な態度さえあらためれば、認めてやる」

「ああ、そっくりそのままの言葉をアンタに返そう」


「とにかく義弟に色目を使うな」

「断る。俺に命令していいのはこの世にただ1匹、相棒のモモゾウだけだ」


 しかしそのモモゾウなのだが、応接間を見回しても姿がどこにもない。俺たちが騒がしいので、部屋を出て行ってしまったのだろうか?


「おいちぃ……ありがとう、お兄ちゃん」

「静かに。ご主人様に気付かれますよ」


 いや、軍師さんにちぎった干し果実を餌付けられていた。……何も見なかったことにしておいた。

 ともかく、こうして隣国の軍師リックソンと、おまけの将軍ジェイナスが加わった。


 将軍が加わったことで組織だった動きが可能になり、軍師が加わったことで策略の発想力と情報網が広がった。さらに1万弱の援軍が加わって、ついに反撃のチャンスがやってきた。


「しかし、盗賊ドゥですか……。このカードは嬉しい誤算ですね、将軍」

「うむ。性格がまともならばもっとよかった」

「仕事はするさ。祖国を取り返すまでは俺も下りる気はない」


「もしや、アイゼンガンド大橋を停止させたのも貴方ですか?」

「違う……。あれは、俺ではなく協力者のおかげだ。……泳げないくせに作戦に加わったバカがいなけりゃ、盗みは成功しなかった」


 そう伝えると、ジェイナス将軍の険悪な態度が途端にやわらいだ。


「その者は我が身を犠牲にして橋を止めたのか?」

「ああ、立派な英雄だった。泳げないって聞いたのは、大河に飛び込む寸前だ……」


 ジェイナス将軍はそれっきり黙った。アイオス王子も責任を感じてしまったのか黙った。軍師リックソンは物静かに腕を組み、長い思慮を始めた。


「盗賊ドゥ……最高の潜入工作員、盗みと変装の達人……。おお、このカードがあれば……」


 ブツブツと独り言を始めるところは、なんだか自分を見ているかのようだった。こうして見ると薄気味が悪い、悔い改めるとしよう……。


「殿下、えっと、急ぎご連絡したいことがあります! 入ってもよろしいですかっ!?」

「え、オデットさん……? あ、はい、どうぞ」


 王子が受け答えると、イレーネさんが扉に駆けていってそれを開いた。

 オデットのすぐ後ろにはメイドがいた。メイド服の肩が破けていて、全身泥まみれで、身体のあちこちに擦り傷が走っていた。


 その服のデザインに見覚えがある。それはあのピッチェの屋敷で使われているあざといデザインのメイド服だった。


「うっ、げほっげほっ……」

「大丈夫? 息が辛いなら私が代わりに言うけど……」


「大丈夫よ、オデット……」

「ごめんなさいっ、でも大変なの! この子、私と同じ町の子で……っ」


 人々は痛ましい彼女の姿に心配をした。だが俺の方は少し違う。俺は背筋が凍り付くような悪寒を覚えていた。


「お願い、します……助けて……下さい……。スティールアークで、は、反乱が……傭兵たちが、ピッチェ様に反乱を、起こして……。お願いします……。私の仲間を、助けて下さい……」


 今思えばメイド長がしきりに窓の外を見て恐れていたのは、このことだったのかもしれない。彼女は真実を知っていて、その上で俺に黙っていた。そう考えると納得がいく。


 ピッチェは既に破産していた。

 ヤツは今日までその事実をごまかし続けてきたが、ついに支払いを迫られた。戦争への荷担を依頼したが金はない。傭兵たちが怒り狂うのも当然のことだった。


「ポーション工場」の改稿が忙しく、投稿ペースを落とすか、1話辺りのボリュームを減らすことになりそうです。どうにかこうにかがんばります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ