22-2.追撃者 - お役御免 -
復讐者プルメリア・ランゴバルドは瞬きもせずに父の仇を見つめ、女ながらに果敢に相手を睨みつけていた。
高潔さを感じた。彼女を突き動かしていたのは憎悪かと思っていたが、それは揺るぎなき気高さの間違いだったのかもしれない。
「父の仇を討つ前に1つ聴かせてくれるかしら……」
「フッ……あの小さなお嬢様が大きくなったものだ。ランゴバルド卿が復讐鬼となった今の姿を見たら、さぞ悲しむことだろうな」
「わたくしたちを陥れた男に言われても少しも響かないわ。それにわたくしは、わたくしの意思で自分の道を選んだの」
「だが、娘に人殺しになって欲しい親などいるまい……?」
「ムダよ、わたくしは父に代わってあなたを止める。ランゴバルト家の後継者として、あなたを倒し、故郷を救うわ」
「やれやれ、強情なお嬢さんだ……。あの時、君も一緒に消しておけばよかったよ」
プルメリアは強かった。傷口をえぐるような駆け引きをされても、少しもうろたえていなかった。
「殺す前に聴かせて。なぜ、お父様を陥れたの……? あんなに立派な人を、どうして……」
「ランゴバルト卿か……彼はいささか優秀過ぎた。彼はいち早く、私とカドゥケスの繋がりに気付いてしまった。私にとっても、彼にとっても、我々は非常にまずい存在だったのだよ」
「ご立派だこと。だけどあなたは、ただのカドゥケスの犬じゃない」
「左様。当時、私はカドゥケスを利用し、ランゴバルド卿を慕う近隣諸侯を従わせた。彼らは堅物のランゴバルド卿よりも、羽振りのいい私の方が好きだったようだ。薄情な連中だったよ……」
怒りにプルメリアが口元を引き歪ませた。それは父を裏切った近隣諸侯への怒りか、あるいはガラントへの怒りなのかは俺に見分けなど付かない。
「君が私を恨むのは当然だ。だが恨むならば、腐った貴族社会も恨め。裏切ったのは私ではない、やつらだ」
「そう……では、最期の質問よ。父は……誰かに毒を盛られて倒れたの……。あれは、あなたがやったの……?」
問いかけにガラントは口元を歪ませた。
苦しむプルメリアの姿に、やつは狂乱の笑みを浮かべていた。ガラントは良心が欠落しているサイコパスだった。だからオモチャを見るように人が苦しむ姿を笑える。そう思った。
「愚かな男だった」
「毒を盛らせたのは、あなたね……?」
答えを返せば殺される。答えるはずがなかった。
そんな中、ヤツは俺に流し目を向けた。プルメリアを無視して、わき役に注目して彼女を侮辱した。
「お前は、マグヌスのお気に入りの……名は、確か――」
全てを語り終えるよりも先に、血しぶきが飛び散り、プルメリア・ランゴバルドが宿願を果たした。カドゥケスの儀式に加わり、古くより罪なき命を冒涜してきた男は地に倒れ、溺れるように死を迎えていった。
プルメリアは力尽きたように膝を突き、へたり込んだ。
彼女の涙を見たのは初めてだった。
「アンタが斬らなかったら俺が斬っていた。こいつらは人の皮をかぶった怪物だ。モモゾウ、震えてないでプルメリアを慰めてやれ」
「あら、やさしいのね……。だったら、遠慮なく……」
返り血まみれの女にふわふわのモモゾウを渡そうとすると、その女に抱き付かれた。拒む理由もなかったので、モモゾウと俺は彼女を受け止めた。
「お疲れさま、プルメリア……。大変だったんだね……」
「ええ、とっても……。怖い思いをさせてごめんなさいね……」
「こ、怖かったけど……プルメリアはかっこよかったよっ! お父さんだって、きっと喜んでるよっ!」
「本当にやさしい子ね……。相棒がぞっこんになるわけね……」
「えへへ……ドゥは、ボクチンのことが大好きだからねっ!」
勝手なことを言うな。
プルメリアは落ち着くと男の胸から離れて、手の中のモモゾウにやさしく微笑み返した。こういうたくましいところは強すぎてかわいげがない。
「さ、戻りましょうか。本当のアイオス王子の下に」
「ようやくお役御免か。長かった」
「よかったっ、よかったよーっ、またずっと一緒だねっ、ドゥ!」
俺たちは馬の回収をランゴバルト正規軍に任せて、森の中を同じ馬に跨がり立ち去った。
カドゥケスはこの先もこの世界にのさばり続けるだろう。やつらは腐敗と矛盾を住処にする犯罪者たちだ。盗賊ドゥにとって住みよい国は、犯罪結社にとってもそれと同義だった。
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【王党派の重傷・戦死・逃亡者 約1000人
反乱軍の重傷・戦死・逃亡者 約3000人】
【反乱軍の壊滅、投降により約3500人が合流】
【援軍 11000人が合流】
推定兵力差 70800:17500
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