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22-1.追撃者 - 父の仇 -

 平野を埋め尽くす鈍色の横陣は、ガラント率いる反乱軍に大恐慌をもたらした。

 反乱軍はこれから、数に勝る軍勢に前後からの挟撃を受けることになる。


 もはや勝敗が決したのはどんなバカ野郎の目にも明らかで、また反乱軍には結束の象徴となる存在が欠けていた。


「こ、降伏する!」

「お、俺も……俺ももうこんな戦いは嫌だっ!」

「剣を捨てるっ、頼む撃たないでくれっ!」


 最初は防壁での攻防を繰り広げていた兵士。そこから士官。さらにその上の小貴族たちが武器を捨てて白旗や両手を上げた。あるいは、配下に裏切られて撃たれる者もいたようだ。


「これより我らはアイオス王子に味方する! 反乱軍に大義なし、我らに続け、諸侯たちよ!!」


 戦いは終わった。もはやガラント伯に従う者はどこにもいない。

 白旗が白旗を呼び、次々と貴族たちが反乱軍から離反していった。


「やった、やったなっ、王子様!」

「あんたスゲェよ! あんたがいれば、この内戦は勝ったも同然だよ!」

「共に前線で戦う貴方に、俺たちがどんなに励まされたことか……なんて頼れる王子様なんだ……!」


 俺は剣を腰に戻し、アイオス王子として兵たちからの賞賛を受け止め、勇ましい勝ちどきの言葉を上げた。だがそんな中、馬を駆るプルメリアの姿を目撃した。


 兵たちをかき分けてその進路に目を向ければ、敵本陣から少数の軍勢が離脱して森の方角へと向かっていた。

 遅れてランゴバルド正規軍の騎馬兵たちが、プルメリアを追いかけてゆく。


「ド……じゃなくて、アイオス王子ーっ! おーいっ、こっちだよーっ、オデットーッ!」

「ああよかったっ、ここにいたんだ! お願いっ、プルメリアを援護してあげてっ! 独りで飛び出していったの!」


 そこにモモゾウとオデットまで現れた。モモゾウは俺の胸に張り付き、オデットは馬を降りてこれで追いかけろと差し出した。

 俺は迷うことなく馬にまたがった。


「アイツ、土壇場で頭に血が上ったみたいだな。わかった、俺に任せろ」

「で、殿下っ、追撃は我々に……っ」


 本物のアイオス王子が帰ってきた以上、もう王子を演じる必要もない。

 開放感に心躍らせながら、俺はプルメリアと正規軍を追った。

 幸いか、援軍のリステンも敵の動きに気付いて騎馬による追撃に動いてくれている。


 今逃げ出している連中は、投降できない理由を持つ者だけだ。

 反乱軍に脅されていたのではなく、積極的に反乱に加わっていた諸侯だ。その筆頭がガラントだった。


「お先に」

「お、王子殿下!?」


 森の中を馬で突き進み、ランゴバルド正規軍騎馬隊を追い抜いた。

 森に入ってもスピードを落とさなければ目標に追い付ける。危険だがリスクを支払う価値はあった。


 倒木を飛び越え、水しぶきを立てて沢を抜け、身を屈めて枝葉をくぐり抜けてゆくと、ついにプルメリアを見つけた。

 辺りに馬の姿はなく、ガラント伯爵とプルメリアは激しく斬り結び合っていた。


「下がれっ、プルメリアッ!!」

「何っっ……!?」


 追撃に加わる王子の姿に、ガラントはぶったまげていた。

 その一方でプルメリアの方は反射的に後退してくれた。


 俺はそこに馬を飛び込ませて、王子の剣をガラントに放った。

 ヒステリックな金属音が辺りに響きわたり、馬の加速が加わった強烈な一撃がガラントの剣をはね飛ばした。


 馬を止めて振り返れば、間髪入れずにプルメリアが仇の喉元に剣を突きつけていた。


「なぜ、アイオス王子が、ここに……」

「恩人を助けるのは当然だろ?」


「バカな、何を言って……。アイオス、王子……?」

「プルメリアを見ろ、ガラント。この場において、俺はただのわき役、あるいは水を差した道化だ」


 ガラント伯爵。そう呼ばれていた男に俺は見覚えがあった。きっとカドゥケス時代にお互い知らずに何度か会っていたのだろう。


「お前……」


 年齢は50近いだろうか。茶色いガサガサの髪にはおびただしい白髪が生え揃っている。

 一目で嫌なやつだと感じた。他者に対して侮蔑的な人柄がにじみ出ているとでも言うような、いちいち不快な顔をするやつだった。


「これは驚いた……。お前は、アイオス王子ではないな……?」

「さあな」


 これ以上の会話は無粋だ。俺は素っ気なく返して沈黙した。


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