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21.おっさんに鞭打って凌ぐ市街戦

 夜がきた。敵は戦いを止めて後退し、つかの間の休戦期間が訪れた。

 こちら側はついに防壁の薄い部分を崩されてしまい、現在は突貫工事の修復作業が行われている。


 だが相手は狡猾なガラント伯爵だ。

 夜襲を警戒しながら防備を固めなければならない。守備兵にとっても裏方にとっても厳しい夜となった。



 ・



 朝、散発的な夜襲を撃退したと市庁舎にて報告を受けた。

 昨日、前線に立っていた部隊は今日は後退し、昼過ぎまでの休憩を取ることになっている。


 彼我の兵力差は把握できていない。


「戦況はかなりいいわ。防壁はもうどこもボロボロだけれど、今日いっぱい戦えば敵も撤退を余儀なくされると思うわ」

「アイオス王子のおかげだよっ! 王子が囮になってくれなかったら、もっと酷い被害が出ていたんだから!」


 ならば今日も俺が前に出るべきだろう。身体は疲労でガタガタだが、今日いっぱいで終わるならば奮戦したい。

 ちなみに前回みたいな本陣突撃はもう1度使ってしまった手なので、次は通用しないだろう。


「……なら、今日も俺は前線に立つべきですね」

「えーーっ!? ダ、ダメだよっ……じゃなくて、ダメですよ、王子様!」


 会議室はスカスカだ。大半の貴族や士官はそれぞれの持ち場に回り、現地で指揮を取って敵を受け止めている。

 もし殿下が討ち取られたら元も子もないと、その場の全員に反対されることになった。


「大丈夫です、あのアンドラスさんに護衛をお願いしますから」


 会議室で息苦しい思いをするくらいなら、前線に立った方がずっと過ごしやすい。俺は戦う王子に感動する諸侯や士官たちに生真面目なお辞儀をして、アンドラスが休んでいるはずの兵舎に寄った。


「おい、ドゥ……お前、お前よぉ……お前、頭のネジ飛んでんじゃねぇのか……?」

「あんな盗賊ごときと俺を見間違えるとは無礼な。よしアンドラス、お前は不敬罪で打ち首にさせよう」


「んなぁっ?! そ、その格好で怖ぇぇ冗談言うなっての、このバカ野郎っっ!!」

「俺に同行するならば許そう。さあどうする?」


「お前……。中年の体力ってやつを知らねぇだろ……。曲がり角を越えたらガクンだぞっ!」

「なら俺が討ち死にしてもいいと? アンドラス、黙ってこの王子アイオスに付いてこい。手柄次第ではお前を貴族にしてやろう」


「ははは、嫌なこった……。貴族なんてぜってーーーお断りだっての、ちくしょーがっ!」


 アンドラスのおっさんはベッドから飛び上がって、ヤケクソで皮鎧を身に付けていった。

 今はガチの戦なのでハットではなく、皮の兜をツンツルテンの頭に乗せると、おっさんは渋く顔を引き締めた。


「プルメリアたちの予測では、今夜いっぱいで敵は撤退するそうだ」

「ホントでしょうねぇ、それ……?」


「さあな。そこは俺たち次第だ」


 こうして俺たちは朝から前線に加わった。ここから先は昨日と同じことの繰り返した。アンドラスが近付く敵を斬り、俺が敵を狙撃する。王子さえ撃てば勝てる。そう信じて敵は矢の嵐を俺に放ち――


「はぁぁぁぁぁぁ……っっ、おっさんよぉ、もうよぉ……生きた心地しねぇですよぉ、殿下ぁぁ……っ」


 アンドラスを含む大楯持ちが受け止めた。

 矢というものは尽きやすい。敵の矢を奪うことは敵の攻撃力を削ぎつつ、こちらの攻撃力に変換するも同義だ。


 激しい攻防に両軍は疲弊していった。



 ・



 かくして長い死闘が繰り広げられて、夕方前。とうとう先日に崩された防壁を維持できなくなり、敵軍がエクスタード市になだれ込んできた。市街戦の始まりだった。


「1人で大丈夫ですかい……?」

「アンドラスさんよりもずっと若いですからお気になさらず」


「せいぜい強がってろよ……。無理すんなよ、殿下」

「アンドラスよ、お前には後でたんまりと褒美を授けよう」


「お前な……」


 『偽者が何抜かしてやがる……』って顔が疲れを少しだけ癒してくれた。

 アンドラスのおっさんはランゴバルド正規軍のトップだ。壁が崩れた以上、市街戦のために仲間と合流しなければならない。


 おっさんは仲間の元に。単騎で戦う無謀な王子は、防壁を離れて市街の激戦区へと身を投じた。仲間を奮い立たせて敵を受け止めるためにだ。


 ところが最前線にたどり着く前に、また新たな戦況の変化が起きていた。

 戦場にトランペットが鳴り響き、せっかく市街戦に持ち込んだはずの敵軍が突然に撤退を始めた。


「やったぞ、援軍だっ、援軍がきたぞっっ!!」


 防壁の上で誰かがそう叫んだ。

 こうなってはいくら敵とはいえ、同じ祖国に産まれた者を斬るのは気がとがめる。そこで俺は逃げてゆく敵兵を追い越して、崩れた防壁の向こうまで走り抜けた。


 平野の彼方に大軍がいた。それはとても一目では信じられないほどの大軍勢だった。こちらの想定を超える圧倒的な援軍が、横陣(おうじん)を敷いて反乱軍の背後を包囲していた。


 その横陣は端から端までが敵陣形の5倍ほどもあり、それが大楯を構えながら今もジリジリと敵に迫り寄っている。

 

 あれは俺たちの援軍だ。それもこの戦いを新たなフェーズへと運んでくれる、待ちに待った援軍だ。


「リステンだ……っ、あれは、リステンの重装歩兵だっ!」

「勝った! この戦、俺たちの勝ちだーっ!!」


 ついにアイオス王子は己の重責を果たし、リステン王国の援軍を率いて俺たちの前に帰ってきた。第二次エクスタード市防衛戦は、もはや勝ったも当然だった。


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