20-2.盗賊ドゥあらため、盗賊王子 - 籠城戦 -
ガラント伯率いる連合軍は、エクスタード市の目前まで進軍すると動きを止めた。
しばらくの睨み合いと弓による牽制が続き、こちらが打って出てこないと悟るなり、前回の戦いで削られた西門側に強襲を仕掛けた。
勇敢なアイオス王子は自ら剣と弓を持ち、正門付近の防壁で一兵卒として戦った。
諸侯どころかプルメリアにまで猛反対されたが、そこは無理矢理押し通した。
「アイオス殿下に続け野郎どもっ! 敵はプルメリアお嬢の宿敵だ、蜂の巣にしてやがれっ!」
護衛はアンドラスたちランゴバルド正規軍だ。
全体の指揮をプルメリアとサポートのオデットに任せ、俺は弓に矢をつがえては敵兵を撃った。モモゾウは都市内部での伝令役だ。人間と人間の醜い戦いに、俺はモモゾウを深入りさせたくなかった。
「戦えっ、俺らの殿下と共に戦えテメェらっっ!!」
剣もまともに扱えなかった王子が、弓の達人に変わるなんて話が出来過ぎだと思う。だが今は生きるか死ぬかの瀬戸際だ。王子が才能を隠し持っていたという都合のいいシナリオに誰もが乗せられた。
「「 ウォォォォーッッ!! アイオスッ、アイオスッ、アイオスッッ!!」」
盗賊ドゥに騙されているとも知らずにな。
俺は王子や英雄に生まれ変わったかのような気分で、敵兵を次々と狙撃していった。命中率は5、6割といったところだ。あのヒーラー・ラケルの見事な弓術が恋しくなった。
仲間。俺たちの仲間がもしここにいてくれたら、どんなに頼もしかったことだろう。
撃って、撃って、撃ち続けた。
「ド……ああいやっ、殿下っ、奥のありゃ破城槌じゃねぇですかい!? 止めねぇと、クッソまぢぃですぜ!!」
「だいぶ遠いですが、確かに破城槌のようですね……。では、あれは俺が狙撃します。射程内に入ったら皆さんも援護をお願いします」
敵はどこから破城槌なんて手に入れてきたんだ……?
戦争には詳しくはないが、ああいった城攻め用の兵器は国境に配備されるとばかり思っていた。
俺は弓を引き絞り、狙いを付けて矢を曲射した。
外れ。外れ。関係のないやつに命中。破城槌を引く敵兵に命中。外れ。命中。さすがに遠かった。
「矢倉、作っておくべきでしたね」
「問題ありません、だいぶ当たるようになってきました」
「マジっスか、殿下……。おお、すげぇ、バタバタ倒れていってらぁ……っ」
「それよりもアンドラス、敵の背後に部隊が増えていることに気付きましたか? やはり籠城が正しかったようですよ」
敵は破城槌をとこからともなく手配し、兵を伏せて野戦を誘ってきた。これまでの相手とは異なり、今回の敵は抜け目ない。
カドゥケスとつるんでいるなら、そっちの手先が現れる可能性もある。
人攫いのマグヌスに喜ばせるようでしゃくだったが、あのとき盟主を斬っておいて正解だった。
足下の敵はハシゴを防壁にかけては、こちらに登ってこようとしている。それを弓兵が射抜いて、最前列の剣士が迎え撃つ。
今のところは防衛に成功していたが、どこか一カ所でも制圧されれば決壊の危機が訪れる。そう古強者のホワイトレイ伯爵が会議にて解説してくれた。
「殺せ、アイオス王子を殺せ! 王子さえ殺せばこの内戦は終わる、殺せ、殺せっ!!」
「はははっ、そうはさせねぇよ! 大楯、前へ!」
矢の斉射が俺1人だけを狙って防壁を上ってきた。
ソイツを大楯を持った近衛兵たちが受け止めた。それでも敵軍はアイオス王子さえ殺せば悪夢が終わると信じて、矢をこちらに集中砲火させた。
「やりましたぜ、殿下。矢の補給がこんなに!」
「ええ、それにスリルがあってなかなかいいですね」
「ハハハハハッ!!」
『そんなこと王子は言わねぇよ、ドゥ!』とアンドラスは言いたそうにバカ笑いをした。
偽りの王子が囮になれば、それだけ被害を抑えることができる。防壁の崩壊までの時間を稼ぐことができる。
ガラントは確かに狡猾な切れ者かもしれないが、まさか王子が偽者だとは夢にも思ってもいないはずだ。
「お……見て下さいよ、殿下! おっとっと、危ねぇ、死ぬところでしたわ、わははっ!」
「どうかしました?」
「ありゃ、ホワイトレイ伯の陣地ですな。火矢を破城槌に放ってやす。そんで、破城槌が燃えてやすぜ!」
今も大楯に矢の嵐が次々と突き刺さっている。その楯の隙間から一瞬だけ顔をのぞかせると、確かに破城槌が火矢に激しく炎上していた。
「アンドラス」
「へいなんでしょうか、殿下」
「破城槌という物は……燃えるのですか?」
「普通は燃えやせんね。しかしどうもありゃぁ……間に合わせのガラクタだったみてぇでさ」
破城槌は国境から運んできたのではなく、急場しのぎの間に合わせの物だったようだ。
「殿下、そろそろ場所を変えやしょう。楯がハリネズミみてぇになってまさ」
「バカ正直にここ一カ所に留まるのは賢いとは言えませんね、そうしましょうか」
俺たちは防壁の各地を転々と移動しながら、戦って戦って戦い続けた。
流れ弾に肌を引き裂かれても、血糊が目に入って視界を奪われても、仲間が叫び声を上げて酷い負傷をしても、前線を離れることは許されなかった。
アイオス王子が最前線で戦い続けている。その事実が、一兵卒から貴族将校、民草まで全ての者を奮い立たせていた。




